第8話 矛盾点

 いやおかしいだろ。


 何でそんなことになるんだ。


 ゲームを進めていくうえでおかっぱこと牧村香の気づいた「ある事」……その仮説を披露しようとしているところに、爆発音が聞こえた。


 俺はてっきり、その場にいる全員が、このゲームの中核となるそのシステムの「矛盾」の指摘に注目しているものだとばかり思っていたのだが、真実は違った。


 なんと、俺とおかっぱが話している横で、勝手に第4試合を進めている者がいたのだ。そして、いよいよおかっぱがその「矛盾」を話そうとしたところで、ちょうどチップがなくなり、首が吹っ飛んだという寸法である。


「寸法である」じゃねえよ。なんだよこれ。何勝手に初めてんだよ。こちとらゲームマスターだぞ。ゲームマスター無視して勝手にデスゲーム進めていいと思ってんのかよ。俺もまさかそんなことされるとは思ってもみなかったわ。


「や、なんか長くなりそうだったんで、時間もったいないから進めとこうかな、と」


『何をそんなに急いでんだよ。お前の命以上に大切なものなんかあるのかよ』


「このゲームにはある大きな矛盾を抱えてるんです」


 まだ話の途中だったが、おかっぱが無理やり話を差し込んできた。ハート強いなこの女。というか全体的にみんな「空気を読む」ってことをせずに自分本位で話を進めるところがあるな。


 「空気を読む」とか「忖度」だとか最近の日本だとまるで悪い事のように語られている事柄ではあるが、こいつらと話してると「それはそれで大切なことなんだよ」ということを実感させられる。


 誰もが相手を思いやらない社会というのがこのカオスな結果を生み出してるとしか思えない。それはそれとしておかっぱこと牧村香の意見を聞こう。


「このデスゲーム、実は結果をプレイヤーがコントロールできるんです」


 来た。


 来たよ。そこだよ。気づいちゃったか、おかっぱ。


「……ということは、それを利用すれば毎回確実に勝利することができる、ということか」


 そんなわけねえだろがバカが死ね。じゃあ互いにそれやったら勝負が決まらねえじゃねえかよ。ちょっとは考えろ。今はおかっぱ以外喋るな。


「この『数比べ』ゲーム、自分のカードを相手に教えることができるんです」

「ということは……つまり、どういうことだ?」


 何も分からないのに合の手を入れるな。


「つまり、意図的に引き分けにできるんです」

「なに!? それは……いったいどういう意味だ?」


 いい加減にしろよ足引っ張るなよ男ども。なんで分かんねえんだよ。


 しかし、これでようやくわかったはずだ。その意味が。「お互いの信頼関係があれば」という前提付きではあるものの、引き分けを狙うことはできる、と。


「…………?」

「?? ……!! ……?」

「???? ……?」


 なんか言えよ。


 なんなんだよ、さっきまで必要もないくせに無駄にくっちゃべってたくせに。いざとなったら声すら出せねえってどういうことなんだよ! 理解したのかよ!? 理解できなかったんならちゃんと聞けよ!!


「……いや、引き分けになったらさ……勝てなくない?」


 何を言いたいのかはなんとなくわかるものの、しかしいまいち要領を得ない発言。おかっぱ以外は全員ゴミ知能だな。


「確かに。全てのゲームを終わっても、誰か一位を決めないと、チップの換金はできないって話でしたよね?」


 その通りだ。よく覚えてたな。


「ですが、この先のゲームも意図的に引き分けにできるかは分かりませんが、もしそうなら、この調子で全員が引き分けを続ければ、誰も死なさずに、ここを生きて脱出することができます」


 そう。それがこのデスゲームの本質なのだ。


 誰もが欲をかかずに、ただ生き延びることだけを考え、みなで協力することさえできれば、このデスゲームはかなりの高確率で全員が生きて脱出ができる。


 数比べなら相手の手札と同じ数字が出るまでカードをチェンジし続ければいい。チェンジのために支払ったチップも、ゲームが引き分けなら元の持ち主に戻ってくるシステムだ。


 ただ、これには大きな落とし穴がある。


「お金……欲しいんだけどなあ」


 誰が言ったのかは分からないが、声が聞こえた。


 しかしそれが本質だ。


 確かに自分の手札を相手に教えることはできる。しかしそれが本当とは限らない。相手を陥れるために嘘をつくかもしれない。ほんの少しうそをつくだけで何億、何十億という金が簡単に手に入る。最終的に一位にならなければいけないものの。


 そういった状況の中で疑心暗鬼になり、野心のないものまでが相手の嘘を勘繰りだす。


 そんな中で本当に自分だけでなく、他人の命までも助けるため、欲を捨てて協力することができるのか? それがこのデスゲームの本質なのだ。


 ……本質だったのだ。


 そう。「だった」のだ。


 ぶっちゃけて言えば、すでにその均衡は崩れている。


 すでに十人の死者が出ていて、チップが大量にプレイヤー間を移動して、挙句の果てにはプレイヤー同士殴り合いをして死者まで出してる。


 この状況で協力なんて成り立つのか?


「みんなが欲を捨てて力を合わせることができるのか、それがこのゲームの本質なのよ!!」


 よりによって、そう発言してる牧村香が、第一試合不戦勝で無傷でチップ二十枚を手に入れてるんだから始末が悪い。


 自分が圧倒的に有利な状況で、普通そんなこと堂々と言うか? この状況で他のプレイヤー達が協力して引き分けたところで、このおかっぱ女を倒して一位から引きずり降ろさないと生きて帰ることはできないんだぞ? そしておそらく他のボンクラどもは、この女を倒すことはできない。一方的に狩られるだけだ。


「……あ、あのさあ」


 軽く手を上げながら発言をしたのは田中イクサだ。


「すでにチップの枚数がみんな違うわけじゃん? 引き分けにしてくれるの?」


 するわけない。基本的にこの手のゲームは、チップが多い方が有利だ。第1ゲームでもそう。相手より強いカードが出るまで延々とカードをチェンジし続ければいいんだから。そしてそのゲーム傾向は今後も続く。だから「チップがたくさんある」ってのは圧倒的な強者なんだ。


「チップを譲渡することも、ゲームマスターには禁止されてないわ」


 お? 意外なことを言い出したぞ。


「チップを分けてくれるのか?」

「ええ、もちろん」


 マジか。この女、本当はいい奴なのか?


「全てのゲームが終わった時点で、私はチップを同じ枚数に分けることを提案するわ」


 いや……それじゃ意味ねえんだよ。


 各ゲームの開始時にチップが同数ないと力の優劣が発生しちゃうだろうが。っていうか全ゲーム終了時にトップの奴だけ換金してやるとは確かに言ったけれども、2位以下の連中だって金がもらえないだけで生きて帰れるからな。


 おかっぱは当然そんな事分かったうえでこれを言ってるんだろうけど、他の奴らは分かってるのか? この発言が何の意味もないことを。


「マジか! 牧村さん、だっけ? あんた優しいんだな!!」


 ダメだこりゃ。

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