第5話 しゅばさあ
『それでは、第1ゲームを開始する』
「くそっ、あんなことがあったのに、まだゲームを続けようってのか」
いや、その『あんなこと』はお前らが勝手に殴り合いして死人を出しただけの話で、俺には関係ないからな。
正直こいつらのペースに合わせてはいられない。というかこいつらに自由にさせてるとどんどん人が死んでくから、もう人数が減る前にデスゲームを始めるしかないというのが実情だ。
「上田さん……安らかに眠ってくれ。あなたの分まで、俺たちは生き延びてみせる」
いや上田
もうあいつらの言葉は無視だ、無視。粛々とゲームを進めよう。俺はモニターに対戦表を映し出す。
『第1試合は
マジか、あのおかっぱの名前、牧村香っていうのかよ。シティハ〇ターじゃん。ていうかいくら好きだからって安易に漫画の登場人物の名前つけるなよな。槇村香、続編のエンジェル〇ートで死んでんじゃん。そういうとこが親からして本当に考え無しなんだよなぁ。
「おい……なんだ今のリアクション。もしかしてこの女、ゲームマスターの関係者……スパイなんじゃないのか?」
「言われてみればこの女、ずっと怪しかったぜ。拷問して白状させようぜ」
『ストップストップストップ!! 待て!! ちょっと待て!! 全然違う! 知らない奴だから!! ちょっと知ってる人と名前が似ててびっくりしただけだ!!』
ホントこいつら暴走機関車だな。ちょっと目を離すとすぐとんでもないことしようとしだす。今止めなかったら絶対拷問の結果おかっぱが殺されてたぞ。「目が離せない展開」ってそういうことじゃないからな。
まあ確かにセンサーの仕掛けられた非常口にプレイヤーをけしかけたり、怪しい動きしてたけどさ。でも俺が知らないんだから絶対スパイじゃねえよ。
『え~、牧村香と、木村
キラキラネームの博覧会だな。名前つけたときはまさかコロナウィルスが世界的に大流行するなんて思わなかったんだろうな。「木村」と「太陽」の字づらも似ててバランス悪いしさあ。センスがねえよ。
『中央にある小さなテーブルが見えるな? そこにトランプが用意してある。開封しろ』
テーブルの上には未開封のトランプが8セット。本当はここまでに十六人残ってるはずだったからな。まあいい。すんだことを悔やんでも仕方ない。
「あっ……」
ん? なんだ? カードを開封してたおかっぱが小さな声を上げた。
「封が上手く破けなくって、中のカードに傷がついちゃった」
『いいよもう。傷ぐらいついてても。ゲームを始めるぞ。まずトランプの隣にある小箱から一人十枚チップを……』
「ダメよ。イカサマが無いように新品のカードを用意してるんだから。幸いカードはまだあるから新しいのを開けるわ」
いや、バカのくせになんでそんなことだけ詳しいんだよ。ていうかルール説明をさせろ。別にカードに傷がついてても今からやるルールなら問題ねえんだよ。とか考えているうちにおかっぱは新たにカードを開封し、そして失敗した。
「破けちゃった……まあいいわ。カードはまだある」
『いやいやちょっと、もういいから。そのカードでいいから。ちょっと聞いてる? ルール説明するからね? おい開けるな。開けるなって言ってんだろ。話聞いて? いったん手を止めて。おい!!』
俺の言葉を無視して、おかっぱは次々とカードを開封して、そしてその全てで失敗した。後に残ったのは見るも無残に折れ曲がり、傷が入ったカードと、びりびりに敗れたカードケース。いくら何でもぶきっちょ過ぎない? こんなことならカードは開封して置いておくんだった。
「これじゃ……ゲームができないわね」
この女、わざとゲームを妨害してるのか?
『いや……別にカードに傷がついて目印になってもできるから。いい? とりあえずルール説明を聞いて? まず小箱の中のチップを』
「じゃあとりあえずカードをシャッフルするわね。どんなゲームにしろカードのシャッフルは必要でしょう?」
いや聞けよ!! なんなんだよこの女。自信満々にシャッフルするとか言ってるけどお前がぶきっちょなのはもう分かってんだよ。と思ってたら案の定しゅばさぁ……と音を立ててカードを床にぶちまけた。もう本当になんなのこの女。帰れ。
『いい? とりあえず話を聞いて。カードはそのままでいいから。小箱の中にチップがあるでしょ? それを一人十枚取ってね。十枚ね? 数え間違えないようにね』
「うっ……うう……」
あれ? ……なんか、おかっぱが泣き出したぞ。
「カードの開封も、シャッフルもできなくって……私、みんなの足を引っ張ってばっかりで……」
なんなんこいつ情緒不安定か。
『大丈夫。大丈夫だから。とりあえずカードのことはいいから。後で拾おうね? 今は僕の話を聞いて。ね? 小箱の中からチップを一人十枚取り出して。いい? 分かるね? 一人十枚だよ』
なんで俺幼稚園の先生みたいな喋り方になってんだ。
なんか変な空気になりながらも全員が小箱の中からチップを取り出す。カジノとかで使われてるコイン型のチップだ。全員がチップを手に取ったのを確認して俺はアナウンスを続ける。調子を戻さなきゃな。ゲームマスターらしくしなきゃ。俺は保育士じゃないんだ。
『いいか。そのチップが、これからのゲームで君達が争い、奪い合う、このゲームのすべての価値となる。そのチップ一枚が、一億円だ』
「いっ、一億円!?」
プレイヤー達がざわつく。ようやく状況が理解できたか。
もしすべてのゲームをクリアして地上に戻れた時、チップを現金と交換して後の人生は悠々自適な生活を送れるということだ。この魅力に抗えるものはいまい。そのチップをめぐって、お前らは醜く争いあうのだ。
「……このチップ……一億円もするんだ」
しないよ?
それはただのプラスチックだよ? 理解してる?
「気を付けて扱わないとな……傷がついたら、価値が下がっちまう」
下がらないよ?
そのチップ自体はせいぜい百円くらいだよ? それを一億円と交換してあげるって話だよ? 本当に理解してる?
すごく不安になってきた。こいつら絶対理解してない。でも「理解してるか」って聞くと絶対自信満々に「当たり前だ」とか答えるんだろうなあ。そして何回説明しても理解してもらえなさそう。
戦々恐々としている参加者の一人、おかっぱの対戦相手の男、木村太陽がよろめいて後ろに一歩下がった。
「うわっ!?」
不幸にも、彼が足を置いた場所には先ほどおかっぱがぶちまけたカードが散乱しており、太陽はそれを踏んづけて足を滑らせたのだ。
ゴッ……
鈍い音が部屋に響く。足を滑らせた太陽が床に思いきり頭を打ち付けた音である。
おいおい、まさか……
転んで、ぴくりとも動かなくなった太陽の脈を、田中が確認する。
「し……死んでる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます