第3話 トイレ

ボンッ


 阿鼻叫喚の地獄絵図とは、おそらくこういったものを言うのだろう。


 俺は黙って換気扇のスイッチをオンにする。俺にできることはそのくらいだった。脳幹を吹っ飛ばされた人間は痛みを感じることもなく事切れたのがせめてもの救いか。


 辺りには鮮血と肉片が飛び散り、得も言われぬ臭気を漂わせているのだろう。オペレータルームにいる俺にはそれをはかり知ることはできないが。


 静寂の中、女の泣き声だけが聞こえている。


「ぅ……ひっく……よくこんな……残酷なことができるわね」


 犠牲者、四名。これで生き残りは十二名となった。何の因果か、非常口を見つけたおかっぱの少女、確か名簿には牧村と書かれていたが、彼女は生き残ったようだが。


「人の命を、いったい何だと思っているのッ!!」


 お前や。


 いやホンマお前やぞ。


 よくこういうのであるけどさ。「お前の判断が仲間を死なせたのだ」とかさ「お前が殺したようなものだ」とかさ。厭味ったらしく悪役が言う奴ね。


 これそういうんじゃないから。


 ガチのマジでお前のせいだから。


 俺言ったよね? 非常口行こうとするとセンサーで首輪が爆発するってさ。なのに周りをけしかけるように非常口に殺到させて、結局四人も死んでんのよ?


 しかも言い出しっぺのおかっぱは生き残ってやんの。


 悪魔かこの女。


 本当は逃げようとする奴がいても一人爆殺するだけで終わらせる予定だったのに、みんなが殺到したせいで四人も被害者出してんですけど? こんなことなら遠隔で非常口にカギかけられるようにしておくべきだったわ。


 ついでに言うなら三人はセンサーで首輪が爆発してるけど、一人は非常口に人が殺到したせいで将棋倒しになって圧死してんのよ。


 ゲーム開始前に十二人て。まだなんもしてへんのに五人も死んでるてどういうことやねん。


 いかん、落ち着け。俺。


 ここで心の中で関西弁で切れても何も解決しない。


 とりあえず、こいつらの扱い方というのは今のでよく分かった。こいつらを人間だと思うな。ピク〇ンかレミングスだと思え。ちゃんとケアしてあげないとどんどん死んじゃうぞ。今までどうやって生きてきたんだこいつら。


『いったん休憩挟みます』


 マイクとモニタをオフにして覆面を脱ぎ、ふう、と大きくため息をつく。どうしてこんなことになってしまったのか。


 俺は確かに、金で雇ったエージェント(実際ヤクザ)に「消えても社会的に影響の小さい人物を拉致しろ」と指示した。


 指示したが。


 指示したが、まさかこんな粒揃いのバカが集まるとは思ってもみなかった。少々危険を冒してでももっとまともな人間を集めるべきだったか。どちらにしろこのゲームが終わったら俺は捕まるだろう。ゲームを勝ち抜くものが出れば、俺はルールに従ってここを脱出させるつもりだ。


 仮にプレイヤーが全滅してしまったとしても、もう一度ゲームを開催するほどの資金力は俺にはない。プレイヤーとゲームマスター、どちらの勝利に終わってもここでデスゲームと、俺の人生の幕引きにするつもりだったんだが。


 だが、こんな終わり方は絶対に嫌だ。だってまだ1ゲームもやってないのに三分の一近くが死亡してるんだぞ。一応第5ゲームまで予定しているが、この調子だとおそらく第2ゲームくらいで全滅して終わりだ。


 俺は別に人が死ぬところが見たいわけじゃない。


 いやそれも見たくはあるけど、本当に見たいのは協力し合っていた善良な人々が、猜疑心と利己的な心を抑えられなくなって葛藤の末に他人を陥れ、そしてかなうことならそれでも最後には手を取り合って巨悪(俺)に立ち向かう、そんな姿を見たかったんだ。


 決してレミングスの集団自殺が見たいわけじゃない。何とかしてこのゲームを成立させなきゃいけない。


 そのためには、とりあえず休憩だ。俺はマイクだけをオンにしてアナウンスを始める。


『非常口の反対側のドアを通れるようにした。そこに軽食とお茶が用意してある。とりあえずはそこで休憩してくれたまえ。休憩後、第1ゲームを始めよう』


 はぁ……まだ第1ゲームなんだよな。プレイヤーたちはブツブツと文句を言いながらも五人もの死体がある部屋にもう居たくなかったこともあるのだろう。次の部屋へと移動を始めた。


 よかった。こいつらのことだから全員一気に移動しようとしてドアに挟まって圧死したらどうしよう、とも思っていたが、そこまでのバカじゃないようだ。次の部屋は前の部屋と全く同じサイズで、中央には大きなテーブルと椅子が並べられており、サンドイッチとコーヒーポットなどが用意されている。本当は第1ゲームの後で食べてもらおうと思ってたものだけど、とりあえずは奴らに落ち着いてもらうのが先決だ。休憩して冷静になれれば、少しは生存率も上がるだろう。


「ふう……まさか、デスゲームなんかに巻き込まれることになるなんてな」


 まだデスゲーム始まってないけどな。最初に席についてサンドイッチを口にしたのは一番初めに目を覚ました男、田中だった。中肉中背の若い男性、まだ二十代前半ってところだろう。


「このサンドイッチ、毒が入ってたりしないかな……」


 田中の向かいに座ったのは小柄なおかっぱの少女、牧村。こうやって見てると気弱そうな普通の女の子なんだけど、とんでもねえイカれた女だ。


 食事に毒を入れてから解毒剤をめぐって争奪戦とかも考えたんだけどね。それやったらお前ら絶対全滅するだろ。


 二人がサンドイッチを食べ始めると毒を警戒していたのか、テーブルから少し離れて様子を見ていた奴らも徐々に席について食事を始めた。


さて、俺の方も軽く食べるとするか。マイクをオフにしてからコンビニのおにぎりと緑茶を開封する。俺も緊張状態で麻痺してたが、相当おなかがすいていたみたいだ。昆布のおにぎりの甘辛い優しさが身に染みていく。


「コーヒーか……お茶はないのかな」


 よしよし、自然な形で会話が始まってるな。ちょっと予定が狂っちゃったけどとりあえずは自己紹介でもして仲良くなってくれ。殺し合いをするにしてもある程度相手を知ってた方がドラマが生まれるからな。

 ホントはゲームを進める中で自然にやってほしかったんだけどな。


 なんかこうやってみてると普通に公民館とかで老若男女が飯食ってるだけだな。実際まだ殺し合いもしてないんだから仕方ないけども。


 それにしても……


 俺はモニターをよく見る。プレイヤーは他愛もない談笑をしている。何か予想外の事態が起きるような気配もない。


 ……うんこがしたくなってきた。


 モニターに映るプレイヤー達は食事をしながら自己紹介だとか、連れてこられる前に何をしていたかとかを話しているようだ。これなら、何も起こらないだろう。


 何かあるとすれば、例えば突然さっきの部屋に戻ってもう一度非常口からの脱出を試みて死ぬ、とか?


 いや、あり得ないだろう。あれから何か状況が変わってもいないのにそんな分の悪い賭けに出る理由がない。


 大丈夫だ。トイレに行く時間くらいはある。ちょっと目を離した隙に死んじゃうとか、まさかそんなことはないだろう。乳幼児じゃないんだから。


 大丈夫。大丈夫だ。


 よし。今のうち……五分だ。五分で戻ってくる。トイレ行って来るだけだからな。すぐに戻ってくる。


 すぐにだ。

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