第2話 憤死

「し……死んでる」


『え?』


 うそやろ。


 俺はモニター越しに部屋の様子を凝視する。思わず覆面を取って確認しようとしてしまったが、慌てて思い直した。別に参加者の中に俺を知っている人間がいるわけじゃないが、こういうのは雰囲気作りが大事だからな。俺は最後まで『謎の人物』でなくてはならない。そのためにもなるべく人間臭さは消し去らなければ。


 そう思ってはいたんだが、しかし俺は目の前で起こっている事態に驚きを隠せなかった。


 どうやらデスゲーム参加者、総勢十七名は全員目覚めているようではある。しかし苦しそうに胸を押さえて倒れてしまった、その男だけがピクリとも動かない。


 本当に、死んでいるのか?


 参加者のうちの一人が彼の首筋に指をあてて、無言で首を横に振った。マジで死んでるの!? ドッキリとかじゃなしに? まだゲーム始まってもいないんですけど?


 なんで? 俺がデスゲームの主催者だって自己紹介したことにショックを受けて、怒ってはいたみたいだけど……憤死ふんし? 嘘だろ? 憤死なんてカノッサの屈辱くらいでしか聞いたことねえよ。


 一番最初に起きて俺を会話していた男、田中が倒れた男の見開いた眼を指でゆっくりと閉じさせてから、モニター越しに俺を睨む。


「人の命を……なんだと思ってやがるんだ!!」


 それもっと終盤で言うセリフだろ。こんな序盤の、まだゲームも始まってないチュートリアルの、そのさらに前で言わないでくれよ。


 っていうか俺か? 俺が悪いのかこれ?


 いやまあ確かにデスゲームを開催するためにこいつらを集めて部屋に閉じ込めてたのは俺なんだけどさ。え? 憤死て。これ俺の責任?


「北村さん……安らかに眠ってくれ……俺たちは、必ずこのくそったれなゲームをクリアして、狂ったゲームマスターをぶちのめしてやる!!」


 それ最終回で言うセリフだからね? それも打ち切りエンドの。


「まだ俺達のゲームは始まったばかりなんだからな!!」


 いやまだ始まってもねえよ。


「マジか……」


 一旦モニターを静止画に切り替え、覆面を取って椅子の背もたれに体を預ける。


「ほんっとマジか」


 頭を抱えて天を仰ぐ。まさかいきなり躓くとは思わなかった。そりゃある程度のトラブルはあるだろうと思ってはいたが。


 俺はこのゲームに人生をかけていたのに。


 俺のいるオペレータルームには8つのモニターと4台のパソコンが動いている。普段は株価と為替のチャートを映しているそれは、今日は各ゲームルームの様子と、設備が正常に動いているかのモニタリングのために稼働している。


「いや……俺の夢をこんなところで諦めるわけにはいかない」


 そうだ。これは俺の夢だったんだ。


 小さい頃見たデスゲーム映画に影響を受けて、いつか俺もこんなことがやりたい。それも主催者側で。その夢だけを頼りに遮二無二頑張った。わき目もふらずに勉強し、一部上場企業に就職し、さらに仕事の傍ら株取引に邁進し、ある程度原資をためてからはデイトレードでアホほど稼ぎまくった。


 その額、500億円。


 その全てをつぎ込み、人を集め、ようやくデスゲームの開催にまで漕ぎ着けたっていうのに……それがこんな不整脈のじじい一人のせいで頓挫とんざしてたまるか。


 確かに部下には「社会的に影響の小さい、いなくなっても誰も気にしないような人間を集めろ」とは指示した。健康状態については特に指示はしなかったのが裏目に出たか。


 ハッと気が付き、俺は慌てて覆面を被ってからモニターをライブに切り替える。


『おい! この中に持病を持ってる人間は他にいないだろうな! 透析が必要だとか、インスリンが無いとまずいだとか……あと、あれだ。ぜんそく! 大丈夫だろうな!!』


 同じミスは二度もしない。俺は手元にある参加者の名簿をめくりながら早口でまくし立てる。名簿の方には持病はない。というかさっきのじじいの名簿にも何も書かれてはいなかった。クソが!! さらに言うなら名前も北村じゃなくて生田だった。あいつは何を根拠に北村とか言ったんだ。


「あの……それで、私たちは何をしたら出してもらえるんですか」


 恐る恐る発言したのはおかっぱ頭のおとなしそうな小柄な女性。年はまだ高校生ってところか。言われてみて冷静になったが、そういえばまだほとんど何もアナウンスしてなかったわ。ていうかホントに持病は大丈夫なんだろうな。


『コホン……君達には先ほども言った通り、ここで殺し合いのゲームをしてもらう』


「君達……? どういうことだ?」


ん? なんだ? 何か気づいたのか? 迂闊な発言はしてないはずだが。


「さっきは『あなた達』って言ってたのに……」


 うるせーなそこは別にどうでもいいだろうが。俺もまだ自分の中でキャラが定まってねえんだよ。


『くれぐれも、ゲームに参加せずに逃げようなどとは思わず、おとなしく指示には従うことだ。首につけられているを爆発させたくないならね』


 本当に。


 本当に指示にはおとなしく従ってほしい。


 なぜならもう余裕がないから。


 ここに集められた男女は総勢十七名。なんか中途半端な数字だなーって、思うよね。俺も思うよ。


参加者には全員小さな首輪がはめられている。無理やり外そうとしたり、こちらがコマンドを送ると、いつでもその首輪は爆発し、参加者の命を奪うことができる。本当ならここで一人見せしめに爆殺する予定だった。


 いきなりこんなところに集められたっておとなしくデスゲームをするはずがない。絶対にイキって逆らう奴が一人や二人いる。そういう奴を見せしめに一人殺して、現実を思い知らせる。


 そういう予定だった。


 予定だったのに。


 何もせずに一人勝手に死んじゃったせいですべてが水の泡だよ。


 十七名が一人見せしめに殺されて十六名。最初のゲームは一対一のカードゲームを考えてたからそれでちょうど偶数になる。


 でも現実には開始前に一人死んじゃったから、すでに十六名。もう誰も死なせるわけにはいかない。だから。お願いだからおとなしくしていてくれ。頼む。


「ふざけないで! 首輪が爆発するだって? 嘘に決まってるわ!!」


 おいおかっぱ。お前そんなキャラだったのか。


「そうだそうだ! 誰がおとなしく殺し合いのゲームなんかするか!!」

「どこかに脱出口があるはずだ。探せ!!」


 いやお前らちょっと冷静になれよ。すでに人が一人死んでんねんで。さっきのおかっぱ少女が煽ると部屋にいたほぼ全員が大声を上げて反旗を翻した。お前ら元気良すぎるだろう。


 実を言うと、脱出口は、ある。


 というかご丁寧に『EXIT』マークもついた扉がある。さらに言うならカギもかかっていない。なぜならそこは通ろうとするとセンサーで首輪が爆発するからだ。万引き防止のユニク□の出入り口みたいに。


 当初は「逆らう奴」が出るか、もしくは「逃げようとする奴」がいれば見せしめに爆殺する予定だったからな。


 でも今はそれはできない。もう人数がギリギリだから。今十六人だから、ここからさらにもう一人死ぬと十五人。奇数になってしまう。一対一のファーストゲームが成立しなくなる。


「見て! あそこに非常口があるわ!!」


 おかっぱ。おいやめろ。それ見つけるな。


『ま、待て! その非常口にはセンサーを仕掛けてある!! 通るとボンッだぞ! ボン!!』


「とつげきぃ~ッッ!!」


 やめろおかっぱ!!

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