逆デスゲーム
@geckodoh
第1話 最初の犠牲者
「さあ、ゲームの始まりです」
薄暗い部屋の中、唯一の高原であるモニターを前にして男の声が静かに響く。
「……違うな」
男はくい、と首を傾げた。オフィスチェアに背中を預けて天を仰ぎ、しばらく上体をぐらぐらと揺らして何やら思案していたようだったが、姿勢を正すと両手を広げて妙に演技が勝った口調で再度口を開く。
「みなさんには、ちょっと殺し合いをしてもらいます」
しかし言った直後に腕組みをしてまた何やら思案し始める。
「いや、ダメだな……こういうのはそれまでの日常のやり取りがあって際立つものだから。違う違う。そうじゃない。そもそもパクリだからダメなんだ。なんかもっとオリジナリティのあるやつにしないと」
またしばらく思案したのち、男は白い覆面を頭からすっぽりと被り、パソコンの操作を始めた。
――――――――――――――――
その部屋には老若男女十数人の人間が倒れていた。
「ぅ……ここは?」
そのうちの一人、若い男性が目を覚まし、上体を起こして辺りをキョロキョロと見まわす。使い古した薄暗い蛍光灯の光には部屋の全容が映る。
「モニター……?」
コンクリート打ち放しの部屋には特に目に付くようなものはなかったが、唯一天井に近い壁にかかっている巨大なモニターだけが異彩を放っていた。
男が
『おはよう。ゆっくりと眠れたかね? 君は……確か田中君だったかな』
モニターに映ったのはKKK団のような頭頂部のとがった覆面を被った白装束の男。周りに倒れている十数人の男女といい、この覆面男といい、これが尋常な事態ではないことはその青年、田中にも容易に理解できた。
「ここはいったい……あんたいったい何者なんだ? 俺はどうしてこんなとこにいるんだ? 俺に何をするつもりだ」
自分の状況が理解できず矢継ぎ早に質問を投げかける田中。覆面の男は顔を背けて困ったように鼻で笑った。
『そう一度に質問されては私も何から答えたらいいのか迷ってしまうな。まあ落ち着いてくれたまえ』
「う、頭が痛い……」
「どこなの? ここ……」
「なんだこりゃあ?」
二人の会話がうるさかったからか、床に寝転がっていた人々が次々と目を覚ます。誰もが一様に、やはり自分の置かれている状況を理解できていないようである。
『何度も説明するのは面倒だ。どうせなら全員が起きてから話すとしよう』
「なにっ? いったい何様のつもりだ? ここはどこなんだ? 俺は何をすればいいんだ!!」
ぴたりと覆面の男の動きが止まる。
(こいつ……『後で説明する』って言ってんのに同じ質問を)
言葉の表現は少し変わっているものの、田中の吐き出した言葉は確かに最初に浴びせかけた質問と全く同じ内容である。
少し面食らった覆面の男であったがすぐに冷静さを取り戻し、静かに話しかける。
『まあ待て、周りを見てみろ』
その言葉を聞いて田中は辺りを見回す。言われたことはやる。素直な男である。
『まだ起きてるのは半分くらいだ。今説明するとまだ起きてない奴にもう一度説明することになるだろう? 全員起きてからちゃんと説明すると言っているんだ』
「なにっ!?」
その言葉を聞いて田中はもう一度辺りをぐるりと見まわした。
「本当だ……まだ半分くらいしか目覚めていない」
『ん?』
この田中の行動に覆面の男は激しい違和感を覚えた。
(最初に辺りを見回した時にまだ半分くらいしか目覚めてないのは目に入ってただろ? じゃあなんでもう一回確認したんだ? まさかとは思うが最初は『周りを見ろ』って言われたから見ただけで、そこで何が起きてるかは全く理解してなかったってことか?)
言われたことはやる。しかし何のためにそれをやるかまでは考えない。ゆえに行動が二度手間、三度手間になる。
世間的にはいわゆる『無能』と呼ばれる人間によくみられる行動である。
(いや……考えすぎだ。それに、参加者は十七人もいるんだ。そんな奴が一人くらいいても仕方ないさ)
しばし沈黙が訪れる。どうやら発言の意図は理解してくれたようである。しかし田中は他の人々が目を覚ますのを待つ間、なんだかもじもじとして辺りを見回し所在なさげに腕を組んだり、立ったり座ったり。落ち着きのない様子である。
「あの……アレだよな……薄暗い部屋だよな」
『ん? ……うん』
「いや、別に明るくしろとかそういうこと言ってるんじゃないんだけどさ。まあ……薄暗いよね」
薄暗いのは十分に分かった。だから何だというのか。
「こう薄暗いとアレだよな……爪とか切るとき大変だよな」
『あ、うん』
覆面の男は何となく理解した。いわゆる『間が持たない』状態なのだ。話す内容は特にないが、『何か言わなきゃ』という気持ちに駆られて出た会話が『部屋の明るさ』なのである。
(いや確かにお前が最初に起きたから話しかけたけどさ……だからって無理して会話の間を持たせようとしなくても。中学生のデートじゃねえんだから)
「こんな薄暗いとアレだよね……何をする部屋なんだろうね、ここ。あっ、そうだ、結局あんた誰なの? 俺にここでなんかしてほしいってこと?」
結局間が持たなくて最初の質問に戻るのである。覆面の男ははあ、と大きくため息をついた。
モニターを見る限りではまだ全員ではないものの、ほとんどの人が目を覚ましているようである。これならもう説明を始めてもよいだろう。まだ起きてない人には、申し訳ないが参加者同士で補完してもらう方がいい。
すう、と大きく息を吸って深呼吸をする。緊張の一瞬。この覆面の男にとっては悲願のひと時でもある。
『おはよう、諸君。私はこのデスゲームのゲームマスターだ。これからあなた達には殺し合いのゲームをしてもらう』
「なにっ!?」
「なんだと!?」
「デスゲーム?」
ようやく自分たちの置かれている状況を理解できた参加者たちはにわかにざわつき始める。しかしそれでもまだ半信半疑といったところだろう。怒りの表情を浮かべるものもいれば、へらへらと笑っている者もいる。
『状況には個人差があるだろうが、あなた達は日本中からこのデスゲームに参加させるために集められてきたのだ。睡眠薬や、催眠ガスを使ってね……覚えている人もいるだろう』
自分が意識を失う直前の状況を覚えている人間もいる。いよいよこの状況が尋常の物ではないと分かり、ある者は青ざめ、ある者は怒りをあらわにする。
「ふざけるな!! デスゲームだとぉ!!」
頭髪に白いものが大分混じった、一人の高齢の男性が声を上げた。彼のように怒りの表情を浮かべてる人間も少数ではなかったが、しかし彼はその中でも一際強い怒りを覚えているようだった。
「ゲームだと!? ひ、人の命を一体何だと思ってるんだッ!!」
『あなたは確か、生田さんだったかな? 落ち着いてくれたまえ。そんなに怒ると血管が切れてしまうよ?』
相手を気遣うようなことを言いつつも、その慇懃無礼な態度は相手の怒りを増幅するだけである。そしてこのゲームマスターは、そんなことは分かっていて、わざと挑発しているのだ。
人の怒りを、感情を観察して楽しんでいるのだ。
「ひとにッ殺し合いをさせて、それをゲームだ、なんて……っん……」
『今更君達には何もできんよ。おとなしくゲームに参加して、生き延びることでも考えるんだな』
「ひっ……人を……ぅ」
どさり。前のめりにその生田老人は倒れ、それきり動かなくなった。すぐさま異変を感じ取った、近くにいた女性が彼の様子をうかがう。
「し……死んでる」
『え?』
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