5合目 滝の音を聞きながら一休み

(ザクザクと地面を踏みしめる音)


「登り始めて30分くらいでしょうか。この辺りはまだ傾斜もきつくないですね」


「先輩大丈夫ですか? ちょっと疲れてきました? もうすぐ河童滝に着くので休憩しましょっか」


「よいしょ、よいしょ。足もと気を付けてくださいね」


「あ! 耳を澄ませてみてください。滝の音が聞こえますよ!」


(ザアアッと滝の音)


「もうひと頑張りです。行きましょう!」


(ザクザクと地面を踏みしめる音)


「河童滝に到着です! 見てください! あそこに滝がありますよ」


(ザアアッと滝の音が大きくなる)


「わぁ! 滝の近くに来ると涼しいですね。汗が引いていきます」


「ちょっと休憩しましょうか。あそこに座れそうな岩がありますよ」


(後輩が岩まで走る足音)


「この岩、ちょっと小さいですけど二人で座れますかね? 半分こしましょっか」


(後輩が岩に座る音)


「よいしょっと。……ほら、先輩も隣に座ってください。遠慮しないでいいですよ」


(後輩がとんとんと岩を叩いてから、主人公が遠慮がちに座る)


「あははー、やっぱりこの岩、ちっちゃいですね。背中もお尻もくっついちゃう。近付すぎてちょっと恥ずかしい」(距離が縮まって声が近くなる)


「大丈夫ですか? やっぱり私退いた方が良いですか?」


「ん? このままで良い? ……分かりました。じゃあこのままお隣失礼しますね」


「少し休憩しましょうか。汗かいてるんで、水分補給した方がいいですよ」


(リュックから水筒を取り出し、ポンと水筒の蓋を開ける。ゴクゴクと後輩が飲み物を飲む音)


「はああ、生き返る~」


「あ、先輩、塩飴食べます? 塩分の補給ができますよ」


(かさごそとリュックから飴を取り出す)


「はいどうぞ。……あ、いや、ちょっと待ってください」


(飴の袋を開ける)


「えーっと、その……はい、あーん」


「えへへ。実はこういうの一回やってみたかったんです」


「でも、実際やってみると恥ずかしいですね……あはははー……」


「やっぱり普通に食べていいですよ。開けちゃった方は私が食べるので」


「え? 口を開けて、どうしたんですか? もしかして、付き合ってくれるんですか?」


「先輩、ありがとう。じゃあ、その優しさに甘えて……」(恥ずかしそうに)


「はい。あーん」


(からんと飴を食べる音)


「食べてくれてありがとうございます。ふふふっ、こんなの学校じゃ絶対できないですよね。誰もいない山の中だからできました」


「この飴、すっぱくて疲れた身体に沁みるでしょう? グレープフルーツ味だから、すっきりして美味しいんですよ。私も食べよっ」


(からんと飴を食べる音)


「んー! すっぱくて美味しい」


(ザアアっと滝の音)


「どうですか、先輩。ここまで登ってきた感想は?」


「思ったほどきつくない? ふふっ、そう言ってもらえて良かったです」


「登山ってハードなイメージがありますけど、自分のペースでのんびり登ることだってできるんですよ」


「一緒に来た人とお喋りしながら、山の自然を堪能するのって、最高に贅沢な時間だと思いませんか?」


「お家で身体を休めることも大事な休息ですが、こうやって外で身体を動かしてリフレッシュすることも休息にもなるんですよ」


「こういう休日も、たまにはいいでしょう?」


(遠くでカサカサと物音がする)


「え? 何の音? 動物?」


「先輩、下がって。危険な動物だったら大変ですから。慌てず、騒がず、落ち着いて様子をみましょう」


(カサカサと動く音)


「はっ……あれ、カモシカですよ。珍しい!」(声を潜めて興奮気味に)


「わぁ! 二匹いる。夫婦かな? 目がくりくりで可愛い~。あ、こっち見てますね」


「びっくりさせないように、遠くからそっと観察しましょう」


「カモシカに会えるのはレアですよ! 先輩、運がいいですね!」


「知ってます? カモシカって一夫一妻制なんですって」


「広い森の中でたった一人のつがいを見つけて、一緒に縄張りを守っていく……。素敵だと思いませんか?」


「はあ……私の番はどこにいるんだろう? 早く見つけてほしいなぁ」


「……ここ、笑うとこですよ? 黙らないでくださいよ。恥ずかしくなるじゃないですか」


「……え? 案外近くにいるかもよって? ……だと良いんですけどね」


(会話が途切れ、ザアアッと滝の音)


(ポスンと後輩が背中に寄りかかる音)


「ねえ、先輩」


「もうちょっとだけ、くっついていてもいいですか?」(耳元で囁く)


(ザアアッと滝の音)

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