CHAPTER:無駄

 自己紹介した方がいいかな。



 
なんだか夢に語りかけている感覚で気味が悪いけどね。



 
永久渡綱とわひきつなってのが俺の名前ってね。




 
 いつものどかわくように作曲したいんだよねえ。




 
 まあ、俺は音楽初心者なんだけど音符や歌詞の事を知ると燃えてくるんだ。




 
ゲームやフィギュアにオタクがえるのも燃えるのも俺には分かるんだ。



 
動かされる思いがあると俺の場合は音楽にしたいのかもしれない。




 
ライオンが肉を食うのと、シマウマが群れながら野草を食うみたいな……なんというか本能の過程には逃げる為にも立ち向かう為にも頭を使うのが必要だよって感じで。




 
しっかし、熱くなるのはいいもののパッションとエモーションがないとものづくりは難しい。
 どれだけ時間があっても足りないというのは絶望だ。




 
なんかインスピレーションが湧いてくるといいのだがね。




 
なかなかかない。




「うわあああああ!」




 何だ?




 
こんな街中で?とお思いの方もいるだろう。




 
だが俺は人付き合いが嫌で、なんとか街と山と海の真ん中で暮らしている。




 
つまり、この場所で人がいるのは少ない。
 

クマはもう絶滅ぜつめつしてしまったから、確実にあの声は人だ。




 
俺は外へ出かける。


 怖いもの見たさって奴だ。


 うん。




 
男性の弱点だね!


 まあインスピレーションが得られるのならそれでいいさ。




「俺はっ!俺は結局誰も救う事が出来ない!どれだけ犠牲ぎせいをしいれば…気が済むんだ! 」




 英雄症候群えいゆうしょうこうぐんの子供……では無さそうだ。




 
 見たこともない剣で空間を切っている!?



 
草木や人、動物にダメージを与えずに?




 
誰も傷つけずにあたっている?




 
そんな高度な事が出来るなんて。


 もしかしてラゾートとか……あそこの住人?




 
いんやそれとは違うな。


 うわさとか都市伝説というのはいつの時代も変な奴が伝播でんぱさせるもの。




 
しかしこの慟哭どうこくは俺は知っている。




 本物の苦痛くつうを知っている人間の音だ。




 
絶対音感ぜったいおんかんとかそういうのは俺にはないんだけどなあ。




 
なんか通じあえそうな気がしてしまう。
 しかしこの状況怖すぎる。



 
あの人間にどうやって近づけばいい?
 いや、近づく必要はないか。




 
この周辺の主として堂々どうどうと話せばいい。





「あのお、あんた」





 人間は攻撃をやめて俺をにらむ。
 おいおい。





 
野郎やろうにらまれてもキュンなんてしねえよ。


 むしろ怖いんだけど。





「悪かった」





 おや?


 話が通じるタイプで安心した。


 って、物分かり良すぎじゃない?





 
普通こうもっとなんか暴れそうな感じなのに。


 いや、これでいい。




 
これでいいがつかみどころがないので怖い。

 はぁ。また無駄むだなことやっちゃったなあ。

 俺の人生無駄ばかりだ。




 
絵を描きたくて習い事をはじめたら上手いやつと下手なやつで派閥はばつができてそれを俺が




「そんな格差かくさやめろよ!絵師えしじゃあるまいし」




 なんて言ったら両方から笑われた。




 
きっとあいつらが上手いとか下手とか関係なく自分の居場所が確保出来れば才能を高めて努力するなんてしないんだ。





 
運動もそうだったなあ。


 何処どこへ行っても比べられる。




 
だからDIYでこの場所に住んで、苦手な役所対応や仕事も始めて粛々しゅくしゅくと生活してたのに。




 その無駄で俺は寿命が縮む。


 今日はきっとその日だ。




 
これでやっと無駄から開放される。



「これ、お礼だ」




 へえっ?

 変な声が出た。




 
よく見るとオレンジジュースの缶にコーラ瓶だ。




 
いつの間に用意したんだ?




「あんな状態の俺に声をかけてくれる人が居るなんて。まだまだ世の中捨てたもんじゃないな」





 重いセリフだ。


 どうやら、俺以外にもいるみたいだ。





 
必要な犠牲に強いられ、無駄を知る者。


 俺は自己紹介してみた。





渡綱ひきつな永久渡綱とわひきつな。この辺の地主さ。年齢は…01年齢生まれといえば伝わるかな? 」





 すると彼は心を開いた。
 俺のかんが告げた。
 彼は一つ歳下だと。




 
別に縦社会たてしゃかいがどうとかでは無い。


 なげきに慣れていなかったからな。





 ◆





 俺は彼を家に連れて音楽の練習をした。
 その方がいいだろう?



 
辛い出来事もうれしい出来事も、一つの組曲くみきょくにしてしまえばいい音色になる。


 そしてすぐに終わってくれる。




 
素敵な恋と音楽はすぐに終わるからいいんだ。


 だから、せめて彼の辛さがいやせないか。




 
俺に出来ることがないかを模索もさくし始めた。





 
あのエゴイストの俺がこんな理由でいきなり誰かに音楽を教え合うなんて思わなかったよ。


 まあ、普通に過ごしてりゃ分からないさ。


 俺に少し似ている。





 
距離感が上手くいかなくてずっと苦しんでいたあの痛み。




 
勿論もちろん、同じじゃない。
 分かり合うことはないかもな。




 
だが俺に音楽があって良かったと思わさせてくれる人なんて今後現れない予感がしたからさ。


 ま、空間を切り裂くなんてヤバいこと出来る奴だけど何処も傷つけない攻撃の仕方が出来るのも人間らしいなって…俺の感想である。




 それからしばらく共に行動をした。
 流石に街中じゃ、あんな暗いオーラは出さなかったからいい気分だ。




 
俺は内心思っていたのさ。




 
『独り善がりの芸術には誰も力寄らない』って。


 そんな俺の趣味を理解してくれそうな彼の表情の曇を一緒に減らせば、武道館行けちゃったりするかもしれない。





 
 そんなおとぎばなしくらいは許して欲しい。




 ポツン。





 水溜まりに波紋はもんが現れる。
 雨か。





 
俺は雨は好きだが、今日は晴れて欲しかったなあ。





 それから喫茶店で彼から話を聞いた。




 
依頼をこなして様々な罪を犯したこと。


 二人の理解者をまもれなかったこと。




 
そして初めて俺という先輩が出来たこと。


 なんか、可愛い奴だなあと。


 変な意味では無い。





 
話を聞いて、素敵な恋が長引き過ぎた結果を現れてしているのかもしれない。
 幸せというのは実に多用的だな。





 
でも、彼は彼で満たされているからかわいてるわけでは無さそうだ。

 すると彼は俺に本音を吐いた。





「親も子も。愛を育てる為に子をもうける訳じゃない。実感さえしていれば見せる必要も無いからだ。俺は憎む。幸せや不幸が実感できないならそれでいい。しかし、性別も年齢も関係なく素直に涙が流せないというのなら……むなししいだけじゃないか。俺のやってきたこととは一体何だったんだろうな。自己満足というのなら酷いジョークだ」





 だから俺は伝えようと思った。



裂獲ざえる。ありがとな。俺の音楽を認めてくれて。必要のない無駄が新しい見解をくれる。俺にとって音楽は必要がなかったのに、実際はこうして関係が出来ている。あのまま山と海に引きこもって街の悪口を言う人生も良かったけど、これはこれで新しい道だ」





 俺は裂獲ざえると握手をしようと手を差し伸べる。




 
すると店が破壊された。




裂獲ざえる!」





 彼はあの時の殺気さっきまとって武器を出した。





 影が集まり、周りを破壊し、人間の形となった。





「いやあ、やっと見つけられたよ。今日が雨で良かったなあ」





 なんだ?この化け物は?


 人間の形をしているが俺には分かるぞ。
 こいつはあぶねえ。




「本当に君はあの依頼からラゾートの事を忘れたんだねえ。こんな目に会ってもえんが出来て、立ち上がって…そして俺にはばまれる。」





 裂獲ざえるはなんだか分からなそうな顔をしていた。





 
 ラゾート?
 今、ラゾートと言ったのか?



 
あれはSNSによるデマじゃないのか?





「また仲間が出来たみたいだから言ってやろうか。俺はな、お前が最初にラゾートの使命を受けて殺したインフルエンサーの家族に頼まれて生まれたのさ。名前を言い忘れてたよ。フリート……それが俺の……ラゾートの新たな使者だ! 」





 そしてフリートは俺の目の前に現れて刃を突き刺した。

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