CHAPTER:วางมือของคุณในลำคอของงูเห่า

惨授ざんじゅ…それが俺に与えられたリングネームだった。



 
だったというのは過去の話だ。



 
ラゾートと呼ばれる陰謀論いんぼうろん退屈たいくつで、喧嘩けんかに明け暮れて過ごした日々も、試合で戦い続けたあの日々ももう過去だ。



 
俺は二〇二二年の今年で二十歳はたちを迎える。



 
若いのに苦労が多いって?
 じゃあその分俺を楽しませてくれるのか?



 
若い内の苦労なんて買わなくてもするものだ。
 俺とタメの友達だった奴も、昔は良い意味で何の変哲へんてつもない生物好きだったのにインフルエンサーになって生物を殺して食って結婚した。



 
もう関わりたいとも思わない。

 俺はもう金をどう使うかすら忘れている。



 
そしてどう使って贅沢すれば良いかすら。
 

ファイトマネーも恵まれない人達の為に全額使った。



 
別に良い人ぶりたいとかじゃない。


 あの友のように好きだった筈の大切な命を金に変換するくらいなら、俺はその金で命を守ることに決めた。



 
結局俺はどう生きていけばいい?
 

すると殺気を感じた。
 

あれは試合でたまに格闘家が見せる勝利への欲望を彷彿ほうふつとさせる。
 

しかしそいつは橋でだらしなく川を見ているだけだった。


 
ため息をつきそうでつかない気だるさ。
 しかし近づけば誰かを殺めそうだ。
 だがこのまま居座いすわられると俺が通れない。


 
俺はそいつに声をかけた。



「おい!あんた変な殺気さっき出しすぎだ!他の通行人つうこうにんが通れないだろう」



 するとそいつは「ああそうか」と言って動きもしない。


 
俺は言ってやった。



「あのさ、大の男がへこむ理由はいくつもある。だったら泣けばいい。今はらしさにこだわる時代じゃない。年寄りもらしさを捨てて働かないと年金だけでは暮らせない。
 今はもう変な幸せや悩みにこだわる時代じゃないんだ。あんたこのままやさぐれてどうするんだ! 」



 おっと。
 知らない人間に対して俺はなんてお節介せっかいを。


 
まあこれだけへこむには事情がありそうだ。
 

少なくとも誰にも解決できないたぐい。
 仕方ない。


 何故なぜ俺もこんなことをするのか分からないが手を差し伸べた。



「ちゃっと食ってかねえか?今時いまどき、チェーン店も個人店も美味いとこは美味い。俺は元格闘家だからさ、飯の大切さは知ってるんだ」



 するとそいつはやっと振り向いてくれた。
 

怖いなあ。


 
俺だから平気だけど。
 

これで安心して通行人もこの橋を渡れる。
 

自動車で通る人達には関係のない話だが。




 ◆




 いい雰囲気だろう?
 

食べ放題ってのは一人じゃ行けないからちょうどこいつがいて良かった。



 
金があっても誰か連れてこいなんてケチなことするよなあ。



 
けど、俺一人の要望ようぼうなんか聞いていたら店はつぶれる。



「どう?美味おいしいか? 」



 こいつは黙って食べている。


 少なくとも不味まずくはないらしい。


 
俺がおごったとは言え随分潔ずいぶんいさぎよく味わうなあ。



 
見てるこっちは美味しそうに見える。



「あんたさ、何かあったのか? 」



「ああ。あったさ。物語の主人公のように誰もまもれなかった。俺は強いはずなのに。俺は強いのに」



 見たところこいつは俺と同い歳だ。



 
しかし抱えるのには重すぎる荷物を背負っている。



 俺は成人式を迎える前に人間関係を失った。
 

いや、そうせざるを得なかったわけだが俺の話はすぎた話だ。



 
せっかくのタメが愚痴をこぼしている。



「話なら聞くぜ。だが俺はそっちの趣味は無い。あんたがとびっきりの褐色美女かっしょくびじょだと認識しながらちゃんと聞くよ」



 そういうとこいつは話を始めた。



 名前、これまでの仕事。


 そしてついこの間か弱い命を護れなかったという本題。



裂獲ざえる…だっけ?あんたのような人をうつけ者って言うんだ。まあマイルドな織田信長おだのぶながかもな。このクソルールを押し付けられた世界にあんたはたよられて行動している。上手いことは言えないが、俺はあんたの行動に間違いはないと思ってるぜ」




 すると裂獲ざえるは食いついてきた。




「それは倫理感りんりかんもとづいて遠回とおまわしに否定しているのか?」




 面倒めんどうな奴だな。


 
 俺はちゃんと話す必要がありそうだ。



「別にくるってもしたがってもいねえよ。裂獲ざえる裂獲ざえるの意思で動いているんだろう?頼まれているってことは実績じっせきがある証拠しょうこだ。まあこの店で話せることじゃないことを話してくれたその勇気に俺が感動したって話。その珠羅みらって子も力を振りしぼってあんたの味方になったんだろう?それ以上の答えはいるか?」



 裂獲ざえるが握りしめているパワーストーン。



 
赤く血のように輝いている。



 
俺がさわると燃えそうだ。
 そんな形見かたみたくす程には独特な関係が生まれたようだ。



「せっかくだ。食べるだけじゃ物足りないよな。野郎やろう二人だがアトラクションでもどうだ? 」




 すると裂獲ざえるが返事をしてくれた。




「ああ。少しでも気がまぎれるなら助かる」




「そこは通じてくれるのか。なんか、憎めないなあ裂獲ざえるって」




 それから近場の遊園地で成人男性二人が遊びまくった。



 
まあ、俺も暇だし。


 裂獲ざえるはあまり多くは語らなかったが俺と似ている。


 
 一人で戦って、グレないように多数派を大切にする。
 

そして弱っている誰かをみると手を差し伸べたくなる。



 
更に金が大嫌いなところも。


 一通り遊び終えた後に俺と裂獲はパンチングマシーンへと辿り着いた。



「最高300点のマシーン。俺は元格闘家で喧嘩もした事がある。喧嘩はほぼ不可抗力ふかこうりょく反撃はんげきほとんどなんだけどな。 俺の名言を教えるよ。『先に手を出した方が悪い』ってね」



 そういって俺はパンチングマシーンに拳を叩き込んだ。



 
壊さない程度の加減なんて俺にとっては簡単な話だ。



「点数270点…か。」



「なんだよ裂獲ざえる完璧主義者かんぺきしゅぎしゃか?加減してこの点数だ。こういうのを及第点きゅうだいてんって言うんだよ」



 なんだか久しぶりだ。


 裂獲ざえるもそこそこ金があったのかアトラクションで遊んだ後、度々たびたび俺に金を渡してくれた。


 
別にいいって言ったのに。


 暗い話題を話して悪かったと。
 

だからかトラウマを振り切って欲しいと思った。


 
こいつは強い。


 俺よりもずっと。
 

だからこれから仲良くなりたかった。




 ◆




 夜まで遊んで結局行く予定のなかった居酒屋まで言って話し合った。



 
裂獲ざえるインキャラのように口数が少ない。



 
まあ、陽も陰も俺にとっては関係はないが不思議とやりにくいことはなかった。



 
ああ。
 

裂獲ざえる、本当は人間を愛しているんだな。
 

ほおって置けない奴だ。

朝方あさがた、今度は喫茶店を二人で探しながら歩いていると明らかにあっち方面の人達が二人現れた。




 
しかし様子がおかしい。
 

まるでゾンビのような動きだ。


 影がまとわりついている。
 

それだけならまだしも俺だけが察知できるのか、しかし裂獲も俺でしか分からない臨戦態勢りんせんたいせいに入っている。



 
戦えるのは本当だったか。



『いやあ……まさか再び出会うとはね……俺の影はGPSのように出来ると言ったでしょ?倒されることも計算に入れてあちこち君の行きそうな場所へ解き放っていたのさ。また誰か連れているけど別にいい。ここで死んでもらうよ』



 みょう因縁いんねんつけて追い回すのは人間以外も一緒ってことか。



 
このヤクザ達は生気がない。
 恐らくこの影に殺されている。



 
遠慮えんりょなく俺たちでなぐらせてもらう。



「本当の化け物は理性すら自覚しない貴様らの方だ! 」




 裂獲ざえるは怒った。
 俺の知らないドラマがあったんだな。




 
だがいきどおる気持ちはわかる。


 せっかくの気分をぶち壊してくれた礼を俺たちはした。



 戦って戦って、戦いまくった。


 朝方だが他に人が集まりそうな程に。
  しかし影が俺達だけをドーム状の空間に包んで移動した。



 
そのおかげで存分に殴り会えたが裂獲ざえるが圧倒していた。




 
俺は一人のヤクザゾンビを抑えている。

負けてたまるか!
 

せっかくのタメだ。
 

俺が役に立てなくてどうする!




 ずっと俺たちは戦い続けた。


 するとヤクザゾンビは立ち上がることもせず、影の主もカロリーが減ったようだ。



「しつこい、しつこいしつこいしつこい!しつこいんだよてめえら!行く先々で困らせているのに。そんなに理想郷が憎たらしいか! 」



 訳の分からないことを。


今更何処いまさらどこへ逃げればいい?




 
金か?


 
コネか?



 
改善点なんていくらでもあるだろうが。
 それを…




「お前一人の理想郷の為に、大勢おおぜい犠牲ぎせいを出すな! 」




 俺はそういって影に焼きをいれる。




「ぐはっ」




「お前はそうやって裂獲ざえるを苦しめたんだろう?中学生の少女達まで殺して何が理想郷だ!たまにそういうジジイもいるから世界は救えないよ。だが俺はお前を殴ることが出来る!それだけだ! 」



 何故なぜ俺もここまで裂獲ざえるに肩入れするのだろう。



 
孤独が怖いのは俺も例外ではなかったからか?


 いや、それだけじゃない。



 
それだけじゃないんだ!



 しかし影もタダではやられなかった。




 
 影の腕が俺の腹を貫通かんつうした。




「あっ…ぐえっ…」




 鍛えた腹筋も人外じんがいには無力だったか。




「ざ、惨授ざんじゅ! 」




 俺の身体が水色に輝いた。

 
やや紫を帯びているといっていい。


 なんだよ。




 
俺にも…あんじゃ…ねえか!

 俺は貫通した影の腕を掴んで輝く身体と共に最後の力で顔を殴る。



「ま……また……か」




 そうか。珠羅みらって子もこうやって裂獲ざえるを助けたんだな。




 
 俺も……裂獲ざえるがどうやってかっこつけて君を助けたのか……あの世で聞けそうだ……





 もう意識は無いが俺は影を離さず殴った。


 そして蹴りをお見舞した。




 いつ以来だろう。




 格闘家としての魂を蹴りに宿すなんて。

 俺はもう一人じゃない。
 独りじゃない。



 
この輝きを裂獲ざえるに渡すよ。

 俺はこれから先の話を知ることはないだろう。

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