CHAPTER:イキトシイケルモノ

 Larsort.
 

通称ラゾートと呼ばれる何かがある。

 
詳細は不明だ。



 それが理想郷りそうきょうなのか、それとも何をさすのか。


 
もしかしたら動物とか植物かもしれない。
 

それとも人間?それはありえないか。


 
珠羅みら鉛筆えんぴつを回しながら授業じゅぎょうを聞いている。


 
何故この国は態々わざわざ学校に行って退屈たいくつ教養きょうゆうを植え付けられているのだろう。


 
私の親は兄に酷いことを言った。
 

兄は志半こころざしなか就労しゅうろうあきらめた。


 
大学にも姉しか行かせなかったくせに兄に対して


「お前はなまけ者だ!」


 と言った。


 なら「権力者けんりょくしゃの為に搾取さくしゅされないで何をしている?」と言えばいいのに。


 
馬鹿な父だ。

 
姉も姉で馬鹿な女だ。

 
大学で遊びほうけてばかり。


「あ~あ。私も分かってて勉強しているから馬鹿なんだろうな。まあいいか」


 他人事たにんごとだと思われるかも知れない。

 
しかし大好きな兄も、大嫌いで許せない父や姉とも本当は住みたくなかった。


 
そして兄を庇えなかったつみつぐなう為に勉強をしている。

 時にサボるが。


 私には友達がいた。
 

男子一人、女子二人。
 名前は何だったかな。

 
スクールカーストなんてものが出来てから下位にいる私たちはかっこうのいじめの対象だった。


 
辛くて、辛くて、四人で耐えるのが精一杯だった。
 いじめていた奴の正体はつかめなかった。


 
取り巻きに追い詰められた友達は次次と自殺をした。

 
私だけ生き残ってしまった。
 

家庭にも学校にも居場所がなかった。

 私は学校を彷徨さまよっていた。

 
アニメみたいに屋上なんてないし、便所飯べんじょなんて絶対に嫌だったのでただ秘密の場所を探していた。


「ま、待って!私は何にもしていない。だからっ……」


「女の子だからといって悪行あくぎょうを許すと思ったか?一体誰に対して命乞いのちごいをしている?相手を間違えたな。」


 え?
 

な、何?突然の事で私は口を閉じた。

 気配を殺して。


「確かに私はいじめをした。でも、私いがっ…あぁぁぁぁ……」


成程なるほど。そいつがトップか。間違いはないようだ」


 からびた女子は壁に叩きつけられた。

 
その人は私に気がついたのか動きを止めた。
 

やばい!こっちに来る!

 
私は半ばあきらめて降参こうさんのポーズをした。


「ごめんなさい。降参しますから。」


 
こうなったら積極的せっきょくてきになってしまおう。

 
これで友の元へ行ける。


「君が高石珠羅たかいしみらだね? 」


 その人は私の名を呼ぶ。
 名前を知っているのも怖いがもう考えるのをやめた。

 
しかも敵意てきいもなさそうだし。


「君の友達から話を聞いている。奴らを俺が始末する」


殺気さっき立っているからか人の話を聞かずに話を続ける。


 私は恐る恐るたずねた。


「あ、あのお……私、友達はもう死んでいて……今は誰とも私は距離を置いているのですが……」


 よく見たら独特どくとく革製かわせいの服装に身を包んでいる。

 
年齢はいくつだろうか?


 
中学生の私よりは歳上だが成人は超えていなさそうだ。


 
人を見る目の無い私には判別はんべつしかねるが。


「そう言えばそうか。実は、亡くなった君の友達の親族から頼まれていてね。首謀者しゅぼうしゃを始末しろと」


 いつの間にそんなことになっているのか。
 

本来誰かを殺されたらそう思うのがスタンダードなはずなのに。

 
私はいつの間にか一人に慣れてしまっていたのだ。

 
親しかった筈の人達の名前や活動を忘れてまで私が中学生活を送る理由は何なのだろう?


「貴方は…何者なんですか? 」


 
恐る恐る聞いてみる。


裂獲ざえる。覚える必要は無い」


 それなら大丈夫そうだ。
 私、今もあの三人のことを忘れているから。

 薄情はくじょうな女。
 それが私。

 
するとオレンジジュースを裂獲という人から手渡された。

 
いつの間に!


「オレンジジュースが売られている自販機は数少ない。炭酸かコーヒーかお茶か水。今の日本は経済が崩壊していてオレンジジュースは貴重品だ」


「もしかして、おんを着せるつもりですか? 」


「いいや。独り言だ。嫌いなら別の飲み物にする」


 この人はいい人なのだろうか?



 ◆



 私達は夕暮れを山で過ごした。
 裂獲って人が私を乗せてくれた。

 
運転中、彼のひとみ宿やど微笑ほほみから安心感が生まれ、怖さはもう感じなくなった。


「こんな山があったなんて。私は視野しやせまいなあ」


「視野はある程度広がるだけでいい。君はそれでいいんだ」


 それでいい…か。
 友の名前も忘れた私。

 
覚えてるのはラゾートに対する渇望かつぼうだけ。

 
そんな中学生、敬遠けいえんされるに決まってる。


「私は貴方に首謀者しゅぼうしゃ抹殺まっさつを頼んだ親族の子供と友達だった。でも、今の私は彼や彼女らと過ごした記憶がないの。きっと生き辛すぎて記憶にふうめた。私はそういう女なの」


 すると裂獲は拳を強く握りしめて何かを呟いた。


「俺たちは教育と労働、金銭に殺された。全ては人間の浅ましさが引き起こした苦痛だ。これからは俺が統制とうせいする。素晴らしい世界にはしない。崩れない永遠の為に俺は力を使う」


 ああ。
 それであの女の子を殺せたんだ。

 
首謀者に対する憎しみを強く感じた。
 きっと裂獲ざえるは、この世に生きる人間を愛しすぎて許せないのかもしれない。


「貴方って不思議。大抵たいていはなれもしない金持ちに憧れたり、異性とか人によっては同性に愛を求めて幸せを得ようとする。そうやって私たちをみ台にしていびつな幸せという名のレールに乗っていく。そんな世界を貴方が変えるの? 」


 友を忘れた私に言える資格など無い。
 これは単なる裂獲ざえるへの質問だ。


「俺は君を守る。君が友の事をを忘れているのは君が非情ひじょうだからじゃない。それは……」


 すると拍手をしながら影を纏った誰かが現れた。


「いいねえ、青春だねえ。俺の部下を殺しておいて幸せを語る!まさ傲慢ごうまん矛盾むじゅんはらんだ素晴らしい存在だよ君達は。」


裂獲ざえるが私を隠す。

 
一体誰?

 
裂獲ざえる戦闘態勢せんとうたいせいに入る。


「限られた存在のみが得られる快楽。人はそれを天国といった。バカバカしい話だろう?とっくに死んだ先人せんじん二次創作にじそうさくいまだにお前ら人間は信じている。それがラゾートだ。俺はそのために犠牲ぎせいを強いている。偽善ぎぜんよりもはるかに正義だとは思わないか?」


 じゃあ、こいつが私の友を間接的かんせつてきに殺した奴?


「ラゾートか。SNSで拡散されているメタバースに次いで人類が行きたがっている理想郷りそうきょう


淡々たんたんと語る裂獲ざえる

 
そうだ。

 そこに行きたいから私も生きているのだ。
 そもそもラゾートは本当に居場所いばしょなのだろうか?

 
私もずっと妄想もうそうしていたけど、結局この謎の人間がそこへ目指す為に私たちを生贄いけにえにした。


「なら理想郷りそうきょうへ連れてってやるよ。どの道お前に辿り着くまで全ての部下は殺すつもりだった。はやく目標に辿り着けるならそれに越したことはない!」


 謎の人間も影をまとって一瞬で動く。
 しかし裂獲ざえるの方が速い!


「ふ……ふ……ふふふふふふ……! 」


「勝負は着いた。高笑いはあの世でしろ」


 私は胸に痛みを感じたので恐る恐る見ると、刃が刺さっていた。


 え?私も死ぬの?


「な、何故なぜだ!まさかお前の狙いは最初から? 」


 殺られている筈の謎の人間は余裕を見せた。


「いやあ、部下であるガキを利用すればその女も自殺してくれるのかなあと思ったらお前が現れたからね。悠長ゆうちょうに振る舞う時間が無くて直接出向いたのさ。お前が殺した女の子?か男の子?に影で作ったGPSを付けたとも知らずに」


 じゃ、じゃあ……最初から私を殺す為に?


「その女の子は記憶を失っている。PTSDピーティーエスディーたぐい?かは分からないがこちらにとっては都合が良かった。
 これで俺の計画も達成出来る」



 私の身体が輝きはじめた。
 誇張こちょうではなくそのままの意味で。

 
赤く光る私の身体。


「今日も虐められたけどさ、次はなんとか皆で乗り切ろう! 」


 え?


「ギークで何が悪いの?割り切って生きていかなきゃやっていけない」


 これは?

珠羅みら、一緒に闘おう。」


 そうだ。
 そうだった。

 
皆の事、忘れていたのは……


 グアアアアアア!


 私は一心不乱いっしんふらんに首謀者を攻撃する。


「な、何だと!まさかこいつって……」


 裂獲ざえる加勢かせいし、首謀者を倒す。

 
首謀者は息もえだが何処かへ姿を消した。


「お前……た……ち……理想に……殺され……」


 謎の断末魔だんまつまの叫びを残して。


 あれ……私ももう駄目かな……

 
私の身体が血に染まり、更に光り輝く。

 そして裂獲ざえるたくした。


「そ、そんな! 」


「いいの……これが最初から私の望み。貴方のせいじゃない。受け取って……そしてラゾートの事を……教え……て……」


 誰かを助けるなんて初めてだ。
 でもごめんなさい。

 
命の恩人おんじんである裂獲ざえるにこんな仕打しうちをしてしまって。

 
こうしている内に夜が明けてしまった。ラゾートより、この山ではしゃぎたかったなあ。

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