Act.11 絶望する心

「……そうだね。私は確かに、【魔王】のことを識ってるよ。

 【魔王】。神としての正式な名は、【神族・魔王】……あるいは【破壊神】。ヘル・ローゼリア。

 ……私の、双子の弟だよ」


 女神……【創造神】アズール・ローゼリアからもたらされた、一つの真実。

 ……それは、【魔王】ヘルとアズールが双子の姉弟だという、事実だった。


「そ、そんな……じゃあ私たち、【魔王】を倒してはいけないの?」


「……そもそも、アズール様。魔物の増加と【魔王】の復活は何か関係があるのでしょうか」


 困惑するリサとイオが、アズールに問い質す。

 彼女はゆるゆると首を振って、「順番に説明するね」と微笑んだ。


「――事の始まりは、今から……そうだね、だいたい三千年ほど前。

 私と【魔王】ヘルは、ここではない異世界……神々の国“天界エル・エクノリアムス”で生まれた。

 ヘルは……神々を殺す【破壊神】として生を受けたが故に、他の神々から疎まれて育ったの」


 神々から愛される【創造神】の姉と、疎まれる【破壊神】の弟。

 姉はそれでも変わらず弟を愛し続けたが、傷つけられた弟の心は修復されることはなく……――


「ある時ヘルは、自分を虐げていた【神】の筆頭だった【全能神】ゼウスの子……ディオスを殺してしまった。

 それをきっかけに、反ゼウス派の神々とゼウス派の戦争が始まったの」


 そのチカラと権力を振り翳し、神々を支配に近い形でまとめていた【全能神】に反発していた一部の神々は、ヘルを英雄として祀り上げ【全能神】に戦いを挑んだ。


「最終的にゼウス派が勝ち、反ゼウス派の神々は粛清され、ヘルは逃亡した。

 そしてゼウスは……私に取引を持ちかけたの」


 “反逆者”ヘルの姉として責任を問われたアズールは、ゼウスと婚姻すればヘルの罪を軽くしアズールも不問とする、と持ちかけられた。

 神々から愛される【創造神】を我が物にすれば、反ゼウス派は二度と生まれないだろう……【全能神】はそう考えたようだった。

 けれど。


「私はそれを拒絶した。弟が罪人だと言うのであれば、姉である私も罪人。

 私は、自らの手でヘルを倒すと言い、“天界”を出たの」


 そうして彼女は弟を追って自らが生み出したこの世界……“ナイトファンタジア”へと転移したのだと言う。

 明かされた神々の争いに、リーストたちは絶句する。


「この世界に赴いた私は、ヘルを見つけて倒そうとした。

 だけど……家族の情かな。情けないことに、私は弟を眠らせることしかできなかった」


 ぎゅっと胸元で手を握り締めるアズール。

 彼女は「言い訳になるけれど」と前置きし、“天界”から逃げる際に【全能神】を眠らせ、そして弟……【魔王】ヘルにも同じ眠りの魔法をかけるだけで精一杯だったと語る。


「私はヘルと違って戦闘向きの【神】ではないし、ゼウスやヘルを眠らせるので随分チカラを使ってしまったし。

 ……なんて言い訳を続けていたけれど……ヘルは目覚めてしまったし、被害が出ているから。

 イオ。君の言っていた魔物の増加も、確かにヘルの影響だよ。……だから」


 女神はそこで一度区切り、すっとユナたちを……否、ユナを見据えた。

 リーストと同じ薔薇色の瞳が、黒髪のエルフを捕える。


「私に力を貸してほしい。【魔王】ヘルを、討伐するために」



 +++



 返事は明日でいいよ。

 そう告げた女神に一礼し、一行は彼女の部屋を出る。

 女神の部屋は城内の最奥に存在し、国王と許可を得た者しか立ち入れないのだ、とユナたちを客室へ案内しながら、リーストは語った。

 そんな彼は客室へ到着するや否や、王としての仕事がある、と一息つく間もなく退室したのだが。

 そうして残されたユナたちは、顔を見合わせたあと各々適当な場所に座ったのだった。


「まさか女神様にお会いするなんて……」


 はあ、とため息を吐いたのは、ソファに腰掛けたリサだった。

 髪と同じ亜麻色の猫耳は、ぺたりと垂れ下がっている。


「しかし、彼女の助力を断る理由はない。

 むしろ、願ってもやまない提案だろう。……騎士団として、正式に魔王討伐を果すべきだろうな」


 人々の暮らしを脅かす魔物たちの増加が、魔王の仕業だと判明したのだ。

 イオは騎士団長に連絡を取るため伝書鳩を飛ばす、と部屋を出ていく。


「イオ……」


「……すぐに戻る。リサ嬢、ユナを頼みます」


 縋るようなユナの視線にゆるく笑んで、イオはリサにそう告げ足早に去っていった。

 騎士団長……エリーシア・デュ・フォーマルハウト。明るい髪のエルフの女性。

 身分も、身元も、性別も、種族でさえも・・・・・・、ユナとは違うヒト。


(きっと、彼女のような人こそイオの隣に在るべきだ)


 じくじく痛む胸を隠すように、手を胸元で握り締める。

 知らない、知りたくない。その感情の、名前なんて。


「騎士様も大変ね」


 呆れたような声音で、リサが息を吐く。

 それにハッと我に返り、ユナは彼女へと視線を向けた。


「ひどい顔してるわよ、ユナ。……女神様の話……じゃないわね、その前からだもの。

 ……イオと、何かあったの?」


 囁くようなリサの問いかけに、「それは」と言葉を詰まらせるユナ。

 彼女は自身の横に座るようユナを促し、やれやれと首を振った。


「イオが貴方のことを気にかけていたのは知っているわ」


「……知ってたのか」


 大人しく彼女の隣に座ったユナに、リサは「ええ」と頷く。


「見ていればわかるわよ。案外わかりやすいもの、あの騎士様。

 ……それで? 私の予想だと、告白でも受けたのかしら?」


「……まあ」


 得意げに笑う皇女に、気恥ずかしさから視線を逸らす。

 何とも言えない居心地の悪さが、ユナを襲った。


「ユナはどう? イオのこと、好き?」


「……わからない」


 首を傾げたリサに、俯いてぽつりと答えるユナ。

 そう、と相槌を打った彼女は、青年の頭をそって撫でた。


「……そうね。ユナはきっと、その答えをもう知ってるわ。

 でも、知らないふりをしてる。……知りたくないのね」


「……そう、なのかな」


「さっき、イオが騎士団長様と連絡を取ると言ったとき顔が曇ったもの、貴方。

 ……貴方が何を考えているかまではわからないけれど……少しは自分に素直になったらどう?」


 優しいその手つきに、ますます俯いてしまう。そんなに優しくされたことなんて、ない。

 優しさを、愛情を、受け取るのは……怖い。


「……むりだよ」


 口から漏れたのは、思いの外幼い声だった。

 どうして? そう問うリサに、ユナはぽつぽつと話し出す。

 姉のような彼女には、なぜか簡単に心を開いてしまう。


「だって、怖いよ。……愛とか、恋とか、知らない。

 蔑まれて生きてきて、今更……そんなもの、どうしたらいいのかわからない……」


 昨夜イオに吐露した時よりは落ち着いた心で、ユナは語る。


「……オレが、イオにそんな感情を向けていいのかもわからない。

 ……わからない、けど……」


「けど?」


 続きを促すリサに、ユナは一瞬躊躇し……結局、想いを吐き出した。


「……イオのぬくもりは、嫌いじゃないなあって。

 他人の体温なんて、今まで知らなかった。怖い、だけだった。

 でも、イオは暖かくて……離したく、ないの、かも」


 ……せめて、死ぬまでは。

 浅ましい最後の言葉は飲み込んで、ユナはそう締めた。

 途端、リサは嬉しそうに破顔する。


「ユナ……!」


「わ!?」


 そうして感極まったように、彼女はユナに抱きついてきた。

 突如触れた少女のぬくもりに、青年は困惑する。


「ああ、もう! 心配しなくても大丈夫だったわね!

 なんだ、貴方ちゃんと自分の気持ちに気づいているじゃない!」


「……自分の、気持ち?」


 知りたくない。知ってしまったら、きっと……辛くなる。

 そんなユナの心に気付くことなく、彼女は笑った。


「ユナ、イオのこと好きなんでしょう?」


 冷水を浴びた心地だった。

 ……いや、他人イオのぬくもりを心地よく感じていた時点で、すでに答えは出ていたようなものだが。

 知ってしまった。この気持ちに、名前がついてしまった。


「……すき」


 どうしてその想いが告げられるだろうか。

 自分は死ぬ。もう、間もなく死ぬのだ。望んでいた“終わり”を、手に入れるのに。

 彼の気持ちに答えることなく、死にゆくつもりなのに。


「……すき、なんだ」


 とめどなく溢れるこの涙の意味は、何だろう。

 リサの気遣いが、導きが、ひどく残酷なものに思えた。


 +++


 しばらくして帰ってきたイオは、泣き腫らしたユナの片目に眉を顰めた。


「……リサ嬢」


「なんのことかしら。私、貴方に怒られるようなことはしていなくてよ」


 咎める視線に、姫はツン、とそっぽを向く。

 それにはあ、とため息を吐き、気まずそうに視線を逸らすユナを見やるイオ。

 

「とりあえず、騎士団長には連絡を入れておいた。返事は明朝になるだろう。

 それと、道中で陛下……いや、リーストに会った。戻れそうにないから、食事も用意させるので先に休んでいてほしいとのことだ」


「どれだけお仕事溜めていたのかしら……まあ私も他人事ではないのだけれど」


 はあ、と何度目かのため息を吐いたリサに、イオは苦く笑う。


「……イオは仕事とか、大丈夫なのか?」


 彼は躊躇いがちに問いかけたユナの側に歩み寄りながら、「問題ない」と頷いた。


「オレの今の仕事は二人の護衛だからな」


「なるほど」


 リサの隣に座るユナの横に立ち、その頭をフードの上から撫でる。

 そんなイオを呆れたように見やったあと、リサは徐ろに立ち上がった。


「リサ?」


「確か、隣の部屋も貸してもらえているのよね?

 私、そっちにいるわ。食事ができたら呼んでちょうだい」


 ユナのことは応援してるけれど、目の前でいちゃつかれるのはごめんだわ。

 そう言い残して、「案内を」と言いかけたイオに断りを入れ、彼女は部屋を出た。

 残された二人を包む静寂。

 イオは軽く息を吐いて、先ほどまでリサが座っていたソファへと腰を下ろした。


「それで」


 口を開いたのは、イオだった。


「リサ嬢とは、何の話を?」


「……何でもない」


 視線を逸らすユナの頭を自身の肩へと無理やり押し付ける。

 イオ、と抗議の声を上げたユナに、イオはぽつりと吐き出した。


「……オレは、思いの外嫉妬深いらしい」


「……は? 嫉妬?」


 きょとん、と見上げるユナのフードをそっと取り、現れた黒髪に唇を落とす。


「っ!?」


 途端に朱に染まる頬に、イオは柔らかに笑んだ。


「リサ嬢と随分仲がいいんだな」


「……別に、そんなんじゃ……。ていうか、嫉妬ってまさかリサに?」


 艶やかな黒髪に頬を寄せ呟かれた言葉に、ユナは戸惑いを隠さず問う。

 ああ、と短い肯定の後、頭から肩へと回された手に力を込めるイオ。


「言わないのなら、次は唇に……」


「い、いやいや! オレ別にお前のこと好きとは言ってないけど!?

 それとリサとはお前のこと話してただけだし!」


 自身を引き離しながら真っ赤な顔で拒絶するユナに、イオは落胆する。

 けれどすぐに気を取り直し、「オレのこと?」と首を傾げた。


「そ、そうだよ。リサ、お前がその……オレのこと……ええと、き、気にかけてたの知ってたって。わかりやすいって」


「まあ、隠してはいなかったしな」


 むしろユナが鈍すぎるのでは、とは口には出さなかった。

 今もなお赤い顔のユナを傷つけるだけだ。

 愛されてこなかったから、愛に気づけない。

 自分に向けられる感情に、彼はいつだって怯えている。


(その心を癒やしたい。……オレを、選んでほしい)


 再度抱き寄せたユナは、今度はイオを拒まなかった。



 +++



 城の者が用意した豪華な食事を取り、夜も更けた頃。

 “彼”は、人気のない廊下を歩いていた。

 蝋燭の心許ない明かりだけが、“彼”の行く先を照らしている。


 やがて辿り着いたのは、薔薇の扉の前だった。

 ひとりでに開く扉を、“彼”は迷い無く潜り抜ける。

 その先にいた彼女は、薔薇のステンドグラスから降り注ぐ月明かりを一身に受け、侵入者を出迎えた。


「……待っていたよ、■■」


 柔らかく微笑む彼女……女神アズールは、“彼”に動じることなくそう話しかけた。


「……ああ。久しいな、■■■」


「ふふ、その呼び方。……まだ私のことを、■と思ってくれてるんだね」


 愛しげに目を細めるアズールに、“彼”は眉を顰める。


「貴方こそ」


 “彼”の紅い、紅い両目が、アズールを映す。

 血のように紅い“彼”の瞳、薔薇色を宿したアズールの瞳。

 似た色をした二人の瞳が絡み合う。


「あまりにも無防備では? “オレ”が貴方を殺すかもしれないのに」


 言いながら、“彼”はすらりと抜き放った剣を彼女へと突きつける。

 しかし女神はそれに動じることなくカラカラと笑い返すだけだった。


「■■■」


「あはは、ごめんね■■。でも無駄だよ、わかるでしょう?

 ここには結界がある。君は私を殺せない。

 ……君の性質……“破壊”のチカラを使ったとしても」


 結界が壊れれば城の兵士たちが駆けつける。

 そもそも、この部屋に張り巡らされた結界の中では何人たりとも女神を傷つけることは出来ないのだ。

 眉を寄せたまま彼女を呼んだ“彼”に、アズールはそう説明する。


「……まあ、いい。貴方に言いたいことは山ほどあるが」


「ふふ。さっきの……私たちの話のこと?

 私、間違ったことは何も言ってないよ」


「……そうだな。貴方はいつだって正しい。

 それで? 今ここで、“オレ”を殺すのか?」


 壇上に立った女神を睨むように見上げる“彼”。

 女神もまた、笑みを消して“彼”を見た。


「……それは、出来ない」


「ほう?」


「私は……君を殺す、■■。でもそれは、今じゃない。

 ……私ひとりでは、を救えない」


 そっと瞳を閉じて告げられた言葉に、今度は“彼”が笑い出す番だった。


「は――……はははっ!! 救う? この期に及んで?

 “オレ”一人救えない貴方が! を救うと!?」


 そうして一頻り笑った後、“彼”は残酷な事実を叩きつける。

 ……が知らない、知りたくもない事実を。


は“オレ”の影だ。“オレ”を殺せば……コイツ・・・も死ぬ。

 ああ、貴方は誰も救えない。救えないのだ、アズール・ローゼリア!」


 高らかに宣言する“彼”に、アズールはゆるゆると首を振る。


「……そう。そうかもしれない。私は君を見捨てた。殺すと決めた。

 でも……それでも、は救ってみせるよ、■■」


 すっと“彼”を見据えて、決意を口に乗せるアズール。

 “彼”は忌々しそうに舌を打ち、くるりと踵を返した。


「……どちらにせよ、コイツ・・・は絶望する。その絶望こそ、“オレ”の糧だ。

 救いなど、不要だ。コイツ・・・はすでに死にゆく運命を覚悟している。

 貴方の救いも、イオルド・ライトの想いとやらも、コイツ・・・を堕とす道具に過ぎない」


 せせら笑う“彼”に、アズールは手を握り締める。

 しかし次に、何かに気付いたようにハッと顔を上げた。


「まって……待って、■■。もしかして、は今の話を聞いて……!?」


「……ふ。ふふ、ははははは!! 今更気づいたのか女神よ。

 そうだ。コイツ・・・はずっと聞いていた。“オレ”の……我の中・・・で、ずっとな?」


 心底楽しい、と言いたげに笑う“彼”は、そのままアズールの部屋を後にする。


「ごめん……ごめんね……ユナ……――」


 閉まる扉の音と嘲笑が残響する。

 一人残された部屋の中で、アズールはぎゅっと瞳を閉じた。




(――そうか。ああ、そうだったんだ)


 別人格の言動を見聞きしながら、ユナは心の中で崩れ落ちる。

 やっと理解した。自分自身が、何者であるのかを。


(……


 堕ちる。堕ちていく。絶望が、黒髪のエルフを襲う。



「イオ……」



 呟いた名前に求めるものは、何だったのか。

 少年にはもう、わからなかった。




 Act.11 Fin.

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