Act.06 本当の君は
「ひとまず、ミツキリチア様の件は陛下へ報告させていただく」
騎士団員であるイオの言葉に、ハリアはわかった、と頷いた。
それはリーストたちがユナと合流する前の出来事だった。
ミツキリチアの末路は下手をすればビーストウェア国との戦争の火種になりかねない。だが、クレアリーフのトップも命を落とし、彼らを殺害した相手も行方がわからない。
最高指導者を失ったクレアリーフは、再びロマネスク国に属することになっており、故にミツキリチアの件もロマネスクの預かりになるという。
陛下の心労が増えるな、と密かにため息を吐いたイオは、もう一つの懸念事項にも思考を巡らせた。
(“黒髪のエルフ”……か)
ミツキリチアの墓参りがしたい、と申し出たリサにハリアが快諾し、埋葬されているという墓地へと案内される。
イオはその後ろを歩きながら、ハリアから齎された情報に内心頭を抱えたくなった。
(ユナはこの街のことを知らなかった。しかし……)
森の奥にあったエルフの里の件が、イオの脳裏を掠める。
(……本人を問いただすべきか……?)
「――イオくん、怖い顔してるよ」
不意に思考を遮るように、リーストから声がかかった。
視線を僅か下に向けると、困ったように笑う彼がいた。
「ユナくんのこととか……考えることいっぱいなのはわかるけど。
そんな顔見たら、リサちゃんもユナくんも怖がっちゃうと思うな」
「……そうか。そうだな……悪い」
ゆるゆると頭を振って、イオは深呼吸をする。
それから気を取り直したように前方を向いた……その時だった。
「あっユナくーん!」
気が抜けるような、それでいて明るい声で、リーストがユナを呼んだ。
イオが視線を巡らせると、共同墓地の先にある丘の上に、フードを慌てて被るユナと見知らぬ少年の姿が見えた。
「もう、ユナってば! 突然いなくならないでよ!」
「あはは……その、ごめん」
苦く笑いながら坂を降りてきたユナに、リサが手を腰に当てて頬を膨らませる。
そんな彼女をまあまあと宥めて、リーストはユナに状況を説明した。
「僕たち、リサちゃんの家族……ミツキリチアさんの話聞いて。
それで、ここに埋葬されてるって聞いたから……案内してもらったんだ」
「そうだったんだな」
そう話す二人を横目に、イオはハリアを見やる。
彼はユナの後から降りてきた少年と面識があるらしく、そちらはそちらで話をしていた。
(彼もレジスタンスの少年、ということか。……こんな幼い子まで、レジスタンスとは……)
不健康そうな細い体、ユナよりも小さな身長。
そんな少年が置かれていたであろう境遇に、イオは知らず眉を顰めた。
(……いや。我が陛下も小柄でいらっしゃるし。見た目で判断するのは良くないな)
「……イオ? どうした?」
「っ!!」
しかしそんな思考の渦を、ユナの一声が切り裂いた。
イオが慌てて視線を戻すと、手が触れるほどの距離に彼はいた。
フードの中から覗く黒曜石のような黒い瞳が、じっとイオを見ている。
「いや……何でもない」
驚いた自分を隠し、イオは首を振った。
不思議そうなユナに薄く笑んで、幾分か低い位置にあるその頭を撫でた。
「それにしても……お前の目、綺麗だな」
「はあ!?」
話を逸らすためではあるが、紛れもない本音を伝えれば、彼は顔を赤くしてイオの手を振り払った。
意味がわからない、と口を尖らせる彼は、年相応か……あるいはそれよりも幼く見えて。
(……不思議な奴だな、こいつは)
黒い髪を持って生まれたことで受け続けている仕打ち。
それによってどこか他人を寄せ付けず、諦観しているように見えて……リーストやリサを大切に思う優しさや、先ほどのような幼さも見せる少年。
リーストには「一目惚れか」とからかわれたが……あながち、間違いではないのかもしれない。
放っておけないのだ、この男は、本当に。
「ユナ……」
「おーい二人とも。イチャついてないで、そろそろ行くよー」
何となく彼の名を呼びかけたイオだが、しかしリーストの呆れたような声がそれを遮った。
二人してハッと辺りを見ると、墓地の入口でリーストとリサ、そしてハリアたちが待っていた。
「……行くか」
「あ、うん……」
ため息を吐いて歩き出したイオの後を追うユナ。
イオは横目でちらりと彼を見やり、密かに眉間にシワを寄せる。
(泣いた跡があるな。問い詰めるべきか……いや。下手をすると拒絶されるだけか……)
濡れた瞳と、赤い目尻。あの銀髪の少年との間に何かがあったのは明白だが……今のイオには、それを問い質すだけの
二人の距離は、まだ遠い。
+++
五人が街に戻ると、何やら門の辺りが騒がしかった。
ハリアが近くにいた街の人間に話を聞くと、どうやら騎士団の人間が来ているらしい。
「黒い髪のエルフを探してるって話だそうだ。なんでも他の街に魔物をけしかけたとか……」
ハリアが知り合いから集めた情報をユナたちに話すと、彼らは一斉に顔を見合わせた。
「……ハリア。あの門以外に、街の外に出られる場所はないのか?」
「……ねえな」
イオの問いにあっさり答えたハリアに、リーストとリサは明らかに落胆する。
リーストはイオの紫色のマントを引っ張った。
「イオくん、おんなじ騎士団でしょ? ちょっと出てって何とかしてよ」
「そうだな……リサ嬢の“設定”を使えば、あるいは。
だが……そのまま本当に“護送”になりそうだな」
イオの回答に、リーストは「だよねえ」と肩を落とす。
相手が民間人だけならば、リサが考えた“騎士団員であるイオが黒い髪のエルフ・ユナを護送し、リーストとリサは重要参考人である”、という“設定”が通じるが、今の相手は騎士団だ。
騎士団員であるイオが説明することにより真実味が増すのも今は逆効果で、他の騎士団員たちによる“ユナの
(王都に行くには確かに最短ではあるが。
しかし……道中、それから到着したあとのユナの扱いを考えるとな……)
イオは今にも「街の人たちにこれ以上迷惑をかけたくない、自分は構わないから」などと言い出しかねないユナに視線を向ける。
彼は案の定街の門を見て、口を開こうとしていた。
「……なあ、イオ……」
「ユナ」
しかし彼の発言を、少年の声が遮る。
街に戻るまでの間にメモリア、とイオたちに名乗った少年は、ユナの腕を引いて踵を返した。
「は? え、メモリア?」
「こっち。どのみち、そこにいたらいつか見つかる」
今は街の人たちが騎士団員たちを止めてくれているが、と付け足して、彼はずんずん歩いていく。
イオとリースト、リサは思わずハリアを見た。
「構わん。お前らが訳ありなのは理解した。
リアについていけ。匿ってやる」
三人は一瞬視線を交わし、それからハリアに頭を下げ、ユナとメモリアを追いかけてそっと歩き出したのだった。
+++
「め、メモリア! ちょっと、どこに……!」
大通りを抜け、狭い裏路地を歩いた先にあったのは、増改築を繰り返したような建物……ユナ以外の面々が先ほど招かれた、ハリアたちの家だった。
「騎士団たちが去るまでここにいろ。
あいつらは、兄さんたちが追い払ってくれるだろ」
困惑するユナたちをよそに、メモリアは家のドアを開ける。
ユナは慌てて彼の肩を掴んだ。
「い、いやいや! 流石にこれ以上迷惑かけるわけには……!」
「言っただろ、ユナ」
申し訳無さそうなユナの手をやんわりと掴んで離し、メモリアはくるりと振り返る。
眼帯をしていない方の青い目が、ユナを見つめた。
「オレは……オレたちは、この街は、ダークエルフに対して偏見なんてない。
お前がそうだろうとそうでなかろうと……オレたちは、お前を受け入れる」
「――ッ!!」
迷いのないメモリアの言葉に、ユナはヒュッと息を呑む。
動揺するユナを置いて、メモリアは中に入っていった。
リーストはそんなユナの手を引き、とりあえずここに立っていても迷惑だし、と後に続く。
「……リアくん! どこに行ったのかと……って、お客様ですか?」
すると、部屋の中からひょっこりと顔を出した金髪の子供が声を上げた。
どうやらこの家の住民らしい。
「ああ。訳ありで……少し、匿うことにした」
「……なる、ほど。わかりました、そういうことなら」
メモリアの説明に、子供はひとつ頷いてその身を現した。
白を基調とした清楚な服。しかし、その背には。
「……翼……!?」
「君……“天使族”なの!?」
そう、子供の背には純白の翼が生えていたのだ。
驚くユナたちに、子供は曖昧に笑む。
「その……僕は“天使族”ではないです。この背なの翼に関しては……どうか、ご容赦を」
“天使族”。“神族”と並び、この
彼のような白亜の翼を持つと言われているが……彼が“天使族”ではない、と言った以上、ユナたちはそれを受け入れる他なかった。
申し訳無さそうな子供に、ユナたちはそれぞれ無礼を詫びる。
(この子も“訳あり”ってことか)
きっとここには、そんな“訳あり”の子供たちが身を寄せ合って暮らしているのだろう。
何となく、ユナはそう感じた。
「えっと……申し遅れました。僕はミカエル・ルクス。
よろしくお願いしますね」
ぺこり、と頭を下げた子供に、ユナたちもそれぞれ自己紹介をする。
それが一通り落ち着いた頃、やり取りを黙って見ていたメモリアが傍らの階段を指差した。
「部屋へ案内する。そこで休んでいるといい」
簡潔に告げ歩き出した彼の後を、ユナたちはついていく。
背後でミカエルが、「お飲み物をお持ちしますね」と声を上げていた。
+++
案内された部屋で、イオはユナと向き合っていた。
リーストは「散歩してくる」と言い、飲み物を持ってきたミカエルやメモリアを連れて去ってしまった。
リサもリサで、この家に住む女の子たちと別室で談笑をしているという。
残された二人は、何をするでもなく時間を潰していた。
「……騎士団、どうなったかな?」
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、ユナが控えめに声を出した。
イオは窓の外を見て、「わからないが」と答える。
「ハリア氏が上手く追い払ってくれた……と信じよう」
「……なんか……申し訳ないな」
特に気にする様子も見せないイオに対し、ユナはベッドの上で縮こまってしまった。
「オレのせいで……みんなには迷惑かけっぱなしだ」
「だからといって、一人で行こうとするなよ。
言っておくが、オレは気配には敏感だからな。就寝時を狙っても無駄だ」
今にも「一人で行く」と言い出しかねないユナにそう釘を刺す。
しかし彼は顔を上げて、「行かないよ」とゆるく笑った。
(……相当精神的に参っているな……)
その笑顔が泣き出しそうに見えたイオは、内心で独り言ちる。
「……まあ、今日のところはハリアたちの好意に甘え、休むとしよう。休息も大事だ」
「……うん、そうだな」
気を取り直したようにそう提案したイオに、ユナも頷く。
けれど、心ここにあらずな彼の態度に、イオは眉を寄せた。
「……ユナ。何か気がかりなことでも?」
「……えっ。い、いや……なんでもないよ」
声をかければ慌てて取り繕ったように笑うユナ。
イオは軽くため息を吐き、彼の瞳をじっと見た。
「……昼間、なぜ途中でいなくなった?
何も言わずにどこかに行かれると、心配するだろう」
「……ッ!!」
結局イオは、彼を問い詰めることにした。
なるべく刺激しないように、あくまでも……何気ない質問のように。
しかし彼は思った以上の動揺を返した。
「えっと……それは……その」
「……なぜあの丘にいた? ハリアが言うには、あの丘は街の人間も滅多に寄り付かない場所らしいが」
「な、眺めが……良さそうだなと思ってさ……」
あの丘は墓地に面していること、崩壊したとはいえ長らく支配の象徴として聳え立っていた政府塔がよく見えることから、街の人間は寄り付かないのだそうだ。
それを踏まえ尚も言葉を重ねるイオに、ユナの視線が泳ぐ。
「……ユナ。お前、この街に来たことがあるのか?」
それは核心に迫る問いだった。
本人の言動から、この街に来たのは初めてだとわかる。
しかし……見ず知らずの土地で、地元の人間もほとんど行かない場所へ行ったこと、何より……政府の生き残りが“黒い髪のエルフ”を見た件など、不可思議な点も多々見受けられた。
(……否定してくれ、ユナ)
それでも、「そんなことない」と笑ってほしい、とイオは願ってしまう。
この街に現れた“黒い髪のエルフ”は全くの他人だと……そう、否定してほしい、と。
……けれど。
「――どうしてイオが、そんなことを聞くんだ?」
降り注いだのは、冷めた声。
普段の彼の温かなそれとは違う、温度を感じさせないような声だった。
「……ユナ……?」
「なぜ、オレの行動を気にする? なぜ、この街に来たかを確認する?
騎士団としての任務か? オレを“ダークエルフ”として捕縛したいのか?」
淡々と言葉を重ねる“ユナ”に、イオは絶句する。
光を喪った瞳が、真っ直ぐに自分を貫いた。
「……っオレはただ、事実確認をしているだけだ。
お前のことは信じたい……だが」
「オレの行動が、そうさせてくれない、と?」
黙ってしまったイオに、“ユナ”はニイ、と微笑んで立ち上がる。
窓辺に立った彼は、くるりとイオの方へと向き直った。
「オレがこの街に来たことがあるとして……何が問題なんだ?」
「……半年前、この街……政府塔内部で、“黒い髪のエルフ”を見た、との話を聞いた。
そいつが政府トップだったユウナギ・ロストとその妻ミツキリチア・パルンシアを殺害した、と」
明らかに普段のユナとは違う彼に、イオは意を決して包み隠さず情報を開示する。
けれど、“ユナ”は低く笑うだけだった。
「そんな妄言など、何になる? 適当に犯人を“黒い髪のエルフ”に擦り付けたという可能性も、幻覚を見たという可能性もあるだろう」
「そうかもしれない。だからこそ……お前に聞いたんだ。
否定しないなら……お前をミツキリチア様殺害の容疑で拘束しなければならない」
言いながら、イオは傍らに置いていた弓を手に取った。
ユナを射貫くような真似はしたくない。しかし、自分は騎士団の人間なのだ。
嫌な汗が、垂れる。
「……
たっぷり時間を置いて、“ユナ”が告げたのはそれだった。
イオはキッと彼を睨む。
「お前……」
「まあ聞け。少なくともその時、“
「は……?」
次いで放たれた彼の意味深な言葉に、訝しげに眉を寄せたイオ。
そんな彼の顔を見て、“ユナ”はクツクツと笑う。
「随分な間抜け面だな、イオルド・ライト」
「お前……お前は、誰だ」
異質な空気。重圧感。
イオはその手に持った愛弓を“ユナ”へと向けた。
「もう一度問う……お前は、誰だ!」
イオをじい、と見つめる、漆黒の瞳。
だが、イオには一瞬その色が紅く染まったように見えた。
「
もうひとりの、“ユナイアル・エルリス”だ」
もうひとりの、ユナ。
目の前の冷酷な青年に、イオの背筋を冷たい汗が流れていった。
Act.06 Fin.
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