第8章: 危機

 秋の訪れと共に、二人の関係に暗雲が立ち込めた。紅葉が始まり、キャンパスが色鮮やかに彩られる中、思わぬ事態が起こった。


 ある日の午後、舞の元恋人・真紀が突然大学に現れたのだ。久美子は研究室の窓から、中庭で激しく言い合う舞と真紀の姿を目にした。


「舞! 私たちやり直せないの?」真紀の声が風に乗って聞こえてくる。


「もう終わったことよ、真紀」舞の声には動揺が混じっていた。


 久美子は胸が締め付けられるような思いだった。動揺する舞を見て、複雑な感情に苛まれる。嫉妬? 不安? それとも……。


 一方、大学では二人の関係が噂になっていた。廊下を歩けば、学生たちの視線を感じる。そして、ついに学部長から呼び出しを受けた。


「久美子先生」学部長は厳しい表情で切り出した。「あなたと沢田さんの関係について、問題提起がありました」


 久美子は背筋が凍るのを感じた。


「先生と学生の関係として不適切です。大学の評判にも関わる問題です」


 その言葉に、久美子は言葉を失った。頭の中が真っ白になる。


 舞は真紀との間で揺れ動き、久美子との関係も不安定になっていく。メールの返信も遅くなり、会う機会も減っていった。


秋の肌寒い午後、久美子は図書館へ向かっていた。黄金色に染まり始めた銀杏並木を抜けると、赤レンガの図書館が見えてきた。しかし、その瞬間、彼女の足は止まった。図書館の裏手、人目につきにくい場所に二つの人影が見えたのだ。


 久美子の心臓が早鐘を打ち始める。その二人は……舞と真紀だった。二人は抱き合っていた。真紀が舞の髪を優しく撫で、舞はその腕の中で泣いているようだった。


 その光景は、まるで久美子の心を引き裂くかのようだった。目の前の現実を否定したい気持ちと、動けなくなった体。そんな中、思わず声が漏れた。


「舞……」


 かすれた、震える声。しかし、その一言で舞は気づいてしまった。


 舞が振り返る。その目には驚きと罪悪感が浮かんでいた。真紀の腕から抜け出し、舞は久美子に向き直る。


「先生、これは……」


 舞の声には焦りと後悔が混ざっていた。彼女は何か説明しようとしたが、言葉が続かない。


 しかし、久美子は舞の言葉を最後まで聞くことができなかった。胸を刺すような痛みが全身を駆け巡る。まるで全ての感覚が麻痺したかのように、周りの音が遠のいていく。


 久美子は踵を返した。早足で、そして次第に小走りになりながら、その場を立ち去った。後ろから舞の声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。


 銀杏並木を抜けると、冷たい風が久美子の頬を撫でた。落ち葉が舞い、彼女の足元で踊っている。心の中では、舞への思いと現実の厳しさが激しくぶつかり合っていた。


 久美子は空を見上げた。灰色の雲が低く垂れ込め、まるで彼女の心を象徴するかのようだった。目から涙がこぼれ落ちる。しかし、久美子はそれを拭うことなく、ただ歩き続けた。


 秋の冷たい風が久美子の頬を撫でる。落ち葉が舞い、久美子の足元で踊っていた。心の中では、舞への思いと現実の厳しさが激しくぶつかり合っていた。


 これが、二人の終わりなのだろうか――。


 久美子は重い足取りで研究室に戻った。窓の外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。

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