第5章: 葛藤の渦
梅雨の季節。久美子は研究室の窓から、霞んだキャンパスの風景を眺めていた。雨粒が窓ガラスを伝う様子が、彼女の心の揺れを映しているかのようだった。
久美子は自分の感情に戸惑い、舞との距離を置こうとしていた。研究室での面談を最小限に抑え、電話にも出ないようにする。しかし、舞からのメールは途絶えることがなかった。
『先生、論文の進捗についてご相談したいことがあります』
『先生、今日の講義とても興味深かったです。もっとお話を聞きたいです』
『先生、お元気ですか? 最近お会いできなくて寂しいです』
一つ一つのメールが、久美子の心を掻き乱す。返信しようとしては、途中で止めてしまう。そんな日々が続いた。
梅雨明け間近のある日、突然の来訪者があった。
「先生、私のこと、避けていますか?」
舞が研究室に現れた。久美子は言葉に詰まる。舞の瞳には、悲しみと決意が混ざっていた。
「私には分かります。先生の目が、私を見つめる時の……」
舞が一歩近づく。久美子は後ずさりしながらも、舞への想いが溢れそうになるのを感じた。
「だめよ、私たちは……」
久美子の言葉を遮るように、舞が抱きついてきた。その腕の中で、久美子は自分の心の壁が崩れていくのを感じた。
研究室の静寂を破るように、二人の息遣いが響く。久美子と舞は、本棚の陰に身を寄せ、互いの存在を確かめ合うように見つめ合った。
久美子の目には、舞の姿が美しく映る。舞の黒髪が柔らかな光を受けて輝き、その瞳には深い愛情が宿っている。久美子は舞の唇に自分の唇を重ね、その柔らかさと温もりを感じる。
舞は久美子の髪に指を通す。その感触は絹のように滑らかで、舞は久美子の存在に心を奪われる。久美子の肌から漂う香りは、舞の心を癒すバラの香りのようだ。
久美子は舞の首筋に顔を寄せ、その香りを深く吸い込む。舞の体から立ち上る甘い香りは、久美子の心を揺さぶる。それは春の花々を思わせる芳香で、久美子の全身を包み込む。
二人の身体が寄り添い、互いの温もりを感じ合う。その瞬間、世界は二人だけのものとなり、周囲の全てが霞んでいく。二人は愛おしさと情熱に身を任せ、互いの存在を全身で感じ取る。
研究室に満ちる二人の吐息は、まるで甘美な音楽のよう。その音色は二人の心を一つに結び付け、深い絆を感じさせる。
時が経つのも忘れ、二人は互いの中に溶け合うように寄り添い続けた。研究室の窓から差し込む夕暮れの光が、二人の姿を優しく包み込む。その光景は、まるで絵画のように美しく、二人の愛の深さを物語っていた。
しかし、突然の足音に二人は我に返った。慌てて身支度を整える。ノックの音。
「久美子先生、いらっしゃいますか?」
同僚の声だった。久美子は深呼吸をして、扉を開けた。
その日の夜、久美子は自宅で長い間鏡を見つめていた。鏡に映る自分の姿に、戸惑いと後悔、そして抑えきれない喜びが混在しているのが見えた。
窓の外では、梅雨明けを告げるかのような星空が広がっていた。
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