やおよろずの魂

現場作業、解体業。そう壊しているのだよ。

漠然と憧れていた建設業にやっと就けたものの思っていた業務と違う。

俺は建設業に就いたのだ。何か建物を作り上げる作業に従事したい。就いたからにはなにか作れる思っていたのだ。

何故作るどころか壊しているのだよ。


・・・


週が明けた。

空はまだ暗い。でも始発電車に乗って事務所へ向かう。

ホームには酔っぱらった始発待ちの学生達。これから家に帰るのか。同じ電車に乗るというのに俺と目的は大きく違うんだな。

そして俺の背後には死んだ顔のリーマン。ウサギ小屋の様な家から出て来てこれからブタ小屋の様な会社に向かうのだろうか。


賑わう繁華街を歩いていたって、ここまで何か「差」を感じる事も早々無い。

恍惚とした表情をした若者の傍ら、暗黒を具現化した様な表情のまた若者。

格に違いは無くても、置かれた立場ひとつでここまで違うものなのだろうか。さして歳も大きく変わらないだろうに。

...つって俺も暗黒側だけど。太陽にも月にも成れないんだよ。


妙な気分で電車に揺られる。気持ちが悪い。

早朝の電車。車両内からひと足先に日差しを浴びてしまった所で事務所の最寄り駅に着く。

薄暗い駅前ではカラスと共に飲食店のゴミを物色するおっさん。あなた達仲良さそうだな。

ついでに何だか気楽そうだ。

残飯食って何でそんな微妙だけども幸せそうな笑みを浮かべているんだよ。


そして事務所到着。

点呼。社訓の音読、上からの有難きお話。

少年時代、校における週明けの「朝礼」が嫌いだった俺にとっては当時以上の地獄だ。


中身の無い社訓、つまらない社長の自慢話。

そして締めは失態を犯した社員の激励こと公開処刑。

朝っぱらから20人前後の前で怒鳴られ、損失を出してしまった理由について社長の納得のいくまで反省の弁を述べる。


この状況だけは何年勤めても本当に慣れない。

から元気で絞り出した威勢を張って返事と謝罪をし続ける若手、その顔はいつだって涙ぐんでる。

ピラミッド作りに従事していた奴隷たちの方が余程待遇良かったんじゃないのか。

これじゃ現代の奴隷って言うよりもはや家畜だよ。


...やっと気が済んだらしい。朝礼も終わり、身支度を終え視察という名の趣味に出掛ける社長の背中に密かにガンを飛ばしながら、こちらも現場に出る。

現場に向かう際の通勤ラッシュを避ける為に始発列車に乗って来たというのに、

長い長い「お話」のお陰でその苦労も水の泡だ。

怒りに身を任せて都心をトラックで駆ける。もし事故ったらそのまま飛んでやるよ。


何だかんだ現場に到着。今日は先週に引き続いて一軒家の解体作業だ。

バラす、壊す。 ルール、規則に乗っ取った方法で建物を切り崩して行く。大きな音を立てて崩れていく建物。

...この家が建った時、家主はどんな喜びを抱いたのだろう。どんな気分で、引っ越しの準備を進めていたのだろう。どんな幸せな家庭を築いていたのだろう。

当時の家主は既に亡くなっていたとしても、その子供達は?孫達は?元気に何処かでやっているのだろうか。


そんな複雑な気分のまま重機を動かす。油圧の力で動く重機の前では

屈強なコンクリート壁もまるで発砲スチロールの様に崩れていく。

何十年も前からこの場所から世界を見守って来た建物をいとも簡単に破壊して行く。

自分よりも年上の存在を手元のレバー操作ひとつで亡骸にして行くのだ。


取り壊されていく建物の感情、悲鳴が何処からか伝わって来る。まだこの世界を観て居たいのにと必死に。

ごめんよ、俺も仕事でやっている以上止められないんだ。


やっと日差しが真上に登って昼時、半壊した建造物の前で食事。

数居る作業員の中で俺だけだろうな、飯を食いつつ今とても気が重い。

例えるなら、上半身だけになりつつも強制的に生かされている人間の前で五体満足の俺が悠長に飯を食っている様な気分。

建物の悲鳴なんて無視して無慈悲に取り壊し、今また午後の解体作業に向けて栄養を取っているのだから。


素材としての寿命は半永久的なのに、いち建造物としての寿命は人間の俺の半分以下なんだもんなあ。

お前は可愛そうな奴だよとっても。なあ?


・・・


午後の解体作業。予定以上にスムーズに事が進み、17時。現時刻を以てこの現場の作業は終了である。

日は沈んでいるが、言うてもまだ時刻は夕方。今日は早いな。

死骸のようなガレキを積んだ後輩のトラックを見送る。

彼らもまたいつか再生され、どこかの建造物の一部へ生き返るのだろう。


何十年もの間、幸せや思い出を作って来たその場所へ一礼だけしてその場を離れる。

またいつか、この場所に家が建ち新しい思い出を作ってくれるのかな。

或いはコンビニでもできて地域の人達の生活でも支えるのだろうか。

まあ俺には関係ないけど。



事務所に戻り、今日の報告書やら諸々事務作業を終えて帰路へ。

始業時間は奴隷の如く早いけど、終業時間も人並みに早いって所がこの職場における唯一の救いか。


駅までの道中、街には相変わらず幸せそうな顔をしたやつら。そして地獄の様な表情で歩いているやつら。

天と地、月とすっぽんである。

どちらにせよよくもまあそこまで感情を露にして道を歩けるもんだ。


ところで今日はなんだか疲れた。久々に軽く一杯やってから帰ろうかな。


そうだ、いつもの所に行こう。俺にとって唯一、馴染みと言える店があるのだ。

っていうのもボロっちい屋台のよく分からない飲食店。

よくあるおでん屋でも無い、なんかの屋台。ついでに店主の名前も知らない。

言わば飲食業界における100均屋台だ。


のれんをくぐる。相変わらずガラガラである。

俺の顔を見るなりいつも通り半解凍の枝豆が出て来る。

いい加減ちゃんと解凍してくれよ。

つって割と美味いのだけど。不思議。


でも、こんな不届きなサービスにもどこか風情を感じてしまう。

別に俺は完璧なサービスを求めている訳でも無いのだし。

そもそも家ぶっ壊す仕事で飯食ってんだし、そんな高貴な物なんて要らないんだよ。


帰路の寄り道で呑んでいる時だってどこか解体した家の悲鳴が聞こえ続けている。

グッチャグチャに解体した傍ら、その張本人は悠長に酒飲んでいるんだからある意味当然か。俺が解体された側なら勿論憑りつきに行くだろうし。

...仕事でやってんだよ仕事。俺はお前ら殺して飯食ってんの、酒飲んでんの。

これは摂理。文句言わないでくれよ。

俺はまた明日お前らの親戚をバラしに行くぞ。何べん止めろと囁かれても止めねーぜ。

そんなに嫌なら俺を殺してみろ。


声の出ない押し問答。見えない何かと常に戦いながら飯を食う。

解放されない。だから酔う。気付けば一人で何かに対して白熱している。


・・・

ほろ酔い気分どころか泥酔である。明日も仕事だってのになあ。

無機物を殺して飯を食い、酒を飲んでいる。これって許されるのかな。

「仕事」なんてそんなの大義名分。

自分に言い聞かせつつ日々やっているけども毎日何処か疑問を抱いている。

何が正解で、誰が正しいのだろう。分からない。


いや分からねえ。

それが分からないからこそ、俺はまだこの仕事を続けられる。

もしも理解してしまったら、その瞬間俺は多分死ぬ。それは避けたい。

ほら今日も仕事だ。家に帰って着替えと準備だけしてそのまま出勤だ。

寝る時間なんてある訳もない。


これでいいんだよ。俺は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

面白くって汚くって―― 天窓際 @modern_neet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ