面白くって汚くって――

天窓際

おもしろい町だ!

待ち合わせ。

都心からのアクセスだけは良い、郊外の街。

久々旧友と会う訳だが、どうしてこんな場所を指定するのだ。

正直に申すとおれの中で下車したくない駅名トップスリーには入っている様な場所だよ。


指定された駅で降りて、改札を抜けて歩く。

早速それみた事かほら、真っ昼間からパチスロ屋の前で怒鳴り散らすおっさん。

明日にも還暦迎えそうな面引っ提げてあの鬼の形相。

何だか店員さんも慣れた手付きで対応しているね、こんなん日常茶飯事だってことなのか。


これだから嫌なのだ。くそうあの友人君め。

何を思ってこんな場所で会合しようと言うのだよ。

着飾った地獄みたいな場所じゃないか。



―都心部から鉄道で小一時間走った先。

JRと交差している私鉄がそれぞれ同じ駅名を名乗り、それぞれの駅舎に立派な駅ビルがくっ付いている。どれも一見立派な駅に建物だ。

だがそんな摩天楼の下に構える商店街は無間地獄にも等しいのだよ。小綺麗な若者達が談笑している喫茶店の下では初老のおっさん同士が怒鳴り合ってるのだから。

いち視界に入るだけの世界でここまで格差を感じる事が出来るのも不思議だ。


極めつけは昼間から開いている居酒屋。しかも既に繁盛している。

そして路肩では囲碁を打っているやつら、缶チューハイ片手に大声で政治を語り合ってるやつら、既にくたばっているやつら。早くから春を売るやつら。

なんてこったよ。現代の縮図か。おれは上流の出でも無いが、かと言ってこんな場所に適応出来る様な泥臭い精神は持ち合わせてない。


まるで気味が悪い。そそくさと路地を抜け、目的地へ。

さあ何処に居る?似た様な顔ばかりで誰が誰だか分からない。


...やっと見つけた久々の友人と顔を合わせ、気付けば昼時の時間。

会合っつったって、ただ飯を共にするだけなのだけど。


とは言っても話は弾む、弾み続ける。しょうもない昔話、他愛もない現状報告。

不思議だよ。歳を重ねた上での苦労話をしているのに気付けば心は学生時代、あの当時のままの口調で喋っている。あっという間に義務教育の心。

厳しく制約された箱庭の中で精一杯自由に生きようとしていたあの時の感覚に戻る。


金が無くたって、塾があるからと時間が無くたって、隙間時間を縫って知恵を凝らし遊んでいた頃。

環境に恵まれ金に恵まれ。そして有り余る時間が生まれたこの今でもあの当時の少しずつ視界が開けていく様な感覚ってのは味わえないらしい。

今確かに充実している筈なのに、今どこか虚しい。


なあ、お友達よ。おまえは今随分充実しているのな。

上澄みの話と分かっていても悔しい。あの時のおれはどこへ行った?先に行くなよ。

お前はおれの知って居る人間じゃないよ。大人になり過ぎているよ――。


・・・


長引いて気付けば夕暮れ。家庭持ちの相手の為にも、早めにお開き。


今日おれは満足したのか。

いや当時を振り返ってどこか心に穴が開いてしまったのか?分からない。そんな感覚で友人と別れる。


帰路、駅までの道中。 ...まだあのおっさんたち酒盛りしてやがる、元気だな。

なんでそんなに無邪気で楽しそうなんだい。

昼間よりも酔いが回っているのか。邪念一つ感じられない良い笑顔で語り合っている。


気になって耳を傾けてみればさして下らない内容。

しわが増え、肩が上がらなくなった様な大人がデカい声で語り合っているとは到底思えない内容だ。

なんでそんな話で顔真っ赤にして夢中になれるんだよ。羨ましいよ。

俺も混ぜてくれよ。



かと言って見知らぬ人間達に話しかける度量は持ち合わせて居ない。

でも何だかこのまま素通りは出来ない。何でだろう?憧れてしまった?悔しい。

おれはもう少し上流だぞ。くそう。

悔しいし少し離れた場所で酒を買って彼らの真似事でもやってやるか。缶チューハイなんて何時ぶりだよ。軽く10年は飲んでいない。てかやっす。ホントに酒か?


買ってしまった。もう躊躇しない。この一缶だけは呑み切ってから帰るぞ。

...いやほんと悔しいけど何だか妙に美味いな。

劣等感に追い詰められた自分を慰める、安い酒の味。 どうしてこんなに美味い?

どんな酒よりも、今このおれに寄り添ってくれている。この優しさは何だ。


あはは、夕暮れの繁華街を肴に呑むのも悪く無いじゃん。

てか酔うなこれ。9パーなのこれ。


今日知った世界に今日魅了され、今やその世界の中で酒を呑んでいる。

世の中知り尽くしたつもりでいたが、どうやらまだ未熟だったらしい。

何故どうしてこんなにワクワクしてしまうのだろう。

誰と話す訳でもなく、ただ喧噪溢れる街の路肩で酒を呑んでいるだけなのに。



とっても気分が良い。

こりゃ一丁、将棋でも囲碁でも打ちたくなってしまうよ。ルール知らないけど。

でもあのうるせえおっさん達の気持ちは理解出来たかも。なんかごめんな。

一品数千円の飯なんかよりもずっと美味いこの汚い空気。

タダで味わえる気体のジャンクフードだよ。



気付けば泥酔。

これはまるで世界が広がってしまった。今のおれはきっとだらしない。

だからこそこんな街の空気が美味く感じてしまうのかもしれない。

もう少し、見聞を広げてみようか。ところでこの辺で美味い居酒屋はあるのかな。

あはは、そんな馬鹿な会話してたら馬鹿も寄ってこないぞあはは。

汚ねえおっさん達や。ところで良い居酒屋知らないかい。



・・・まるで今や心は中学生。知らない事には貪欲に食らいついてみたくなるもんだ。痛い目見たって、それもまた一興。

若返ってしまったよ。街の空気に喰われて。

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