13 上司の履歴書を見たことがない
ラーツォは民衆を煽動した罪で保安局に身柄を拘束された。
逃亡していたクレークもリシュロットの手により保安局に引き渡されることになった。
冒険者認定官審問会の結論はレヴィの妥当性を認め、彼の権限は無事に復帰することが決定した。
四日後。
レヴィの執務室。
「ふあぁ~、なんだか安心しますね」
「腑抜けたことを言うな。先日の冒険者認定試験の報告書を挙げなければならない仕事はまだ終わっていないぞ」
「分かってますけど、無事に復帰できたことをまずは喜びましょうよ」
レヴィは朗らかな表情のエイダを白い目で見やる。
「私は自分の妥当性を疑いはしなかった。君と違ってな」
(信用されてなかったこと、めっちゃ根に持ってるじゃん、この人……)
「だって、あれだけ世論が傾いたら、ちょっとは揺らいじゃいますよ、心が」
レヴィはため息をつく。
「だから君はダメなんだ。自らの仕事に全身全霊を駆けていれば信念は揺らぐことはない」
「でも、私があそこで証拠の写真を持って来なかったら形勢が不利なままだったって聞きましたよ」
(そのお礼をまだもらってないんですけどね)
その後、クレークが各地で犯罪を繰り返していた旨の供述を始めたことが分かった。火傷を負ったのは戦火によるものだったため、逃げ惑う日々に疲れて養護院に入ることを決めたのだという。
グラバランはラドラゴの養護院の支援を行っていたことは認めたものの、今回の件はラーツォ単独の暴走であったという見解を公表した。グラバランの支援先を彼女が今回の計画に利用していたのだという。
その養護施設がドレアビルスと通じていたことについての言及はなく、有耶無耶のままだ。
ノルヴィアでの暴動は鎮圧され、特に被害の大きかったカリアナトムの街も修繕が始まっている。暴動に関わり逮捕された人数は数百人に上った。
こうして一連の事件は幕を閉じた。
「結局、レヴィさんはどうやってクレークさんの秘密を見破って、それを疑いようのないことだと思ったんですか? さすがに木彫りのペンダントだけではそこまでには至らないですよね?」
書類の山に囲まれたレヴィはイラっとしたようにエイダに視線を突き刺した。
「口よりも手を動かせ」
~*~*~*~
エイダは報告書作成のため、参考となる文献をカリアナトムの図書館に探しに来ていた。
(報告書にかける時間が大きすぎるんだよなぁ……。レヴィさんが嫌がるのも分かる気がする)
特殊閉架の書物の閲覧を受付に申請し、呼び出しがあるまで待っていたエイダはぼんやりと考えていた。
(私、なんでレヴィさんのためにオグナベラまで行ったんだろう?)
いつもレヴィのことを文句半分に見ていた彼女が、あの時はレヴィの妥当性を訴えようと行動に出た。ただ単にレヴィから煽られたからではなかった。
(ピンチのはずなのにゆったりとしていて、私の方が焦っちゃったんだよな、きっと)
決して記憶の中のあの声のせいだけではない……エイダはそう感じていた。
『レヴィ・エーベルハルトに近づけ。取り入れ。奴の全てを暴くんだ』
(あの時の私はレヴィさんを助けようと思ったんだ。それは間違いのないことだ)
受付の方に目をやると、なにやら利用者が係員と揉めてるようだった。
(時間がかかりそうだな……)
エイダは図書館の中をそぞろ歩いた。
静寂の中、靴音や声を潜めて喋る声、本を棚に戻す音、閲覧台でページをめくる紙ずれの音が灯火のようにあちこちでポッと顔を出す。
高い本棚の列の間に身を滑らせると、深い森の底にいるような感覚になって、エイダはそれがなにか心地よく感じていた。
魔法研究書の並ぶ辺りにやって来て、彼女の目を引く赤い本があった。
ワトハブ・クーレベンス著『魔力流と心身のメカニズム』──エイダはその本に手を伸ばして、その場でページを繰った。
(「体内の魔力の流れと我々の精神活動は深い相関関係にある」……)
(「不可視の魔力流ではあるが、体内では血流という形になって顕著に表れる」……)
(「思考や感情といった精神活動に血流、すなわち、魔力流が関わっていることは想像に難くない」……)
(「体内における魔力流の検証は生物の根源に迫る一歩となる」……)
エイダの脳裏に一つの仮説の芽が吹いた。
(思考や感情は魔力の流れと密接な関係にある……。バヒーラさんはレヴィさんにはウソは通じないと言っていた……)
エイダはもう文章を追わなくなった本を閉じた。
(今回の件、レヴィさんは何か確信めいたものがあってクレークさん疑っていたように感じる。疑いを裏づける明確な証拠がなかったにもかかわらず。これまでだって、なぜか面接の場でレヴィさんは相手を見透かしたようなことばかりを言ってきた……)
頭の中を思考が駆け巡る。
最後にエイダが辿り着いた考え……。
(普通は見たり感じたりできないのに、レヴィさんは魔力の流れを感じ取っている……?)
EP3 おわり
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