12 上司って意外と色々考えてる
エイダのもたらした一枚の写真は絶大な効果を発揮した。
ラプテーリはそれを見て、歯を見せた。
「エーベルハルトの補佐官、これについて説示を。さぞ肝要なものと見受ける」
(私にも名前あるんだけど……)
エイダは不服そうに、しかし、どうやら重要な場面であることは瞬時に察して説明を始めた。
「その写真はラドラゴの養護院で撮影されたものです。写っているのは、施設の入所者と職員、そして、施設関係者です。クレークさんの姿もあります。つまり、タイミングとしてはおよそ四年前に撮られたものということになります」
シュヴィッツァーには重要性が伝わっていないようだった。
「ガーファンクル補佐官、あなたは本審問の流れを把握されていないかと思いますが、クレーク氏がラドラゴの養護院に入所していた事実は争点にはありません」
「いえ、そうではありません! 養護院の関係者として写っているこの亜人の男性が問題なのです」
審問官席に歩み寄って、エイダが写真の人物を指さす。
「ここに写っているのは、グラバランの情報管理部取材班長、カランダーフ・ダラヴァスさん……ラーツォさんと同じギルドのメンバーです」
傍聴席が爆発したかのように声を上げた。
証人席のラーツォはただ目を丸くするばかりだ。
エイダは声を張り上げる。
「ラドラゴの養護院にグラバランは関わっていたのです! そして、この養護院には、ある疑惑がかけられていました! ドレアビルスと密かに情報や物資、人をやり取りしていたという!」
大審問室は大騒ぎだ。
どこかの報道ギルドの記者が何人か部屋を飛び出していく。
真偽不明のエイダの発言に怒号を発する者もいる。
ラプテーリが座ったまま右手を前に差し出す。親指に嵌めた白銀のリングがぼんやりと光っていた。そして、彼女の赫眼も。
キンッという鋭く尖った音が一瞬だけ大審問室を支配した。
全員の視線がラプテーリに注がれる。
「静謐なる審問の場を蹂躙する者は、如何なる道理があろうと此方が看過することはない。これは最終警告である」
つばを飲み込む音さえも聞こえるような静寂が訪れた。
(今のは……魔法?)
呆気に取られるエイダへラプテーリの意識が向けられる。
「其方の主張に証左を求む」
あどけない姿に隠された冷徹な瞳の壮絶さにエイダは飛び上がりそうになった。その隣でプレメダが顔の横に小さく手を挙げた。
「ガーファンクルさんの発言の証人としてやってまいりました、オグナベラ保安局情報課のプレメダと申します。彼女の主張は我々オグナベラ保安局の管理下にある資料を基にしたものです。必要であれば、オグナベラ保安局は補完資料などの提出に応じる用意があります」
「──との言開きだが、写影の亜人は其方のギルドの者というのは確かか?」
ラプテーリが目で促す先はラーツォだった。
小さく震える彼女が逡巡するように目を泳がせると、ラプテーリの鋭い言葉が継がれた。
「審問会における虚偽の証言は処罰の対象となる」
ラーツォはわなわなと肩を揺らし卓に突っ伏すようにしていたが、やがて顔を上げた。その顔は悪鬼のようだった。レヴィを、そして、審問席の人間を指さす。
「認めない! 認めないわ、私は! お前は、お前たちは悪逆を尽くし、世界を我が物と言わんばかりに闊歩する凶賊! それが弱者を貪るのを誰が許す!」
血走った眼で叫び散らすラーツォに、もはや慇懃な記者だった頃の面影はなかった。
彼女は証人席を飛び出し、レヴィへ向かって突進した。シュヴィッツァーが叫ぶ。
「廷吏──!」
その隣で卓の上に飛び乗るラプテーリの姿がある。
「愉快、愉快──。
レヴィの目の前に躍り出ていたラーツォに棒状の黒鉄が無数に飛来して、その身体を瞬く間に覆い尽くして拘束してしまった。
無邪気に審問官席から飛び降りたラプテーリはレヴィへ笑顔を向けた。
「消閑の趣向としては可也のものであったぞ」
レヴィは軽く鼻で笑うと、指を眼鏡に伸ばした。
「ひとまずは、ウォズライ・クレークに直接話を──」
(いや……、お偉いさんに撮る態度じゃないでしょ……)
呆れるエイダだったが、大審問室に飛び込んできた廷吏の発する言葉に息を飲んだ。
「控え室からウォズライ・クレーク氏が姿を消しました!」
~*~*~*~
クレーク捜索のために廷吏たちが大審問室を駆け出していく。
傍聴人たちは唖然としたり、近くの者と意見を交換したりと、とにかく興奮に満ちていた。
「おそらく、クレークはすぐに捕まるでしょう」
ラプテーリに向けてレヴィは楽観的な言葉を発した。エイダは不思議に思う。そんな希望的観測を言う人間ではないからだ。
「何か策を弄したな。端倪すべからざる男め」
「あらかじめ監視の目を置いておきました」
「何奴だ?」
「ラダアト・リシュロット」
シュヴィッツァーが驚きのあまり素っ頓狂な声を漏らす。
「リシュロット第一評定官のことか……?! 誰を動かしているんだ、貴官は!」
リシュロットは冒険者認定協会の世界評定部局のトップである。エイダも耳を疑った。
「暇そうだったので」
悪びれもせずに言ってのけるレヴィにラプテーリは愉快でたまらなそうに笑い声を上げる。
「カッカッカ、よもやあの道楽者をな」
「思いついた魔法の使い道に困っていたようなので、ちょうどいいガス抜きになるでしょう」
(やんちゃ少年じゃなんだから……)
エイダの脳裏には、ご自慢の
(改めてやばい人間しかいないな……)
ラプテーリが黒鉄の塊と化したラーツォに向き直って手をかざすと、埃の塊が風で散るように無数の鉄の棒が消えていった。
ラーツォは意気消沈してその場に両膝を突いた。
「わざと私を争点に組み込んでここに誘い出したのね……」
力なくレヴィやラプテーリを見やる。
「此度の経緯、此方は与り知らぬ。そこの痛快なる男がなしたことよ」
レヴィはラーツォを見下ろした。
「お前は姿を眩ませているようだった。この場に炙り出すには、審問会へ召喚されるようにセッティングするしかない。証人喚問は正当な理由なく拒否することができないからな」
全て手のひらの上で踊らされていたと知って、ラーツォは歯噛みして項垂れる。
一連の事件が結末を迎えたとはいえ、エイダには不可解なことがあった。
「でも、もしクレークさんが冒険者試験に合格していたらどうしたんですか?」
ラプテーリが得意げな顔でうなずく。
「今になって斟酌すれば、一石二鳥の目論見であったことは想像に難くない」
「一石二鳥、ですか?」
「試験結果が否であれば現状のように、可であればこの教会を内偵させるという絵図を描いていたのだろう」
「私がそんな奸計を見抜けないとでも?」
レヴィの不機嫌そうな声をエイダは聞こえない振りでごまかした。
ラーツォは腑抜けたように大審問室の床にぺたりと座り込んでいる。エイダは彼女に詰め寄る。
「どうしてこんなことを?」
「私には将来を決めた人がいた。彼は先の戦争に巻き込まれ、命を落とした。私の魂を分けた人だった……。それなのに、この国はドレアビルスと停戦協定を結び、贖うべき罪を放り出した奴らを黙認した……! 私にはそれが許せない! どいつもこいつも知るべきなんだ! 大切な人を失う絶望を! そうすれば、犯した罪から目を逸らすことなんて誰もしなくなるのよ!」
彼女はそう叫んで大粒の涙をこぼした。
だが、レヴィはいつものように冷たく口を開いた。
「罪を犯した理由などどうでもいいことだ。それに、死と隣り合わせなのは冒険者も同じこと。お前は我が感情に任せて死の瀬戸際に立つ冒険者たちを利用し、蔑ろにした。今のお前は、お前が恨む者たちそのものになっている」
「違う……! 私は違う!」
「同じだ。兵士も冒険者も誰かを不幸にするという意味ではな」
しんと静まり返った大審問室に、遠雷のような轟音が微かに届いた。
「リシュロットが仕事をしたようだ」
つづく
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