11 冒険者認定官審問会

 冒険者認定協会ノルヴィア支部、大審問室。


 審問官席には、ラプテーリの姿がある。


 その両脇には二つの調停官席。片方にはシュヴィッツァーが、もう片方には見知らぬ女性が陣取っている。


 下の段の卓には複数の書記官が控える。


 弧を描くそれらの卓を前方に見て、レヴィの座る被監査者席が設けられている。その席からはラプテーリたちに取り囲まれるようだ。


 傍聴席には冒険者認定協会や報道ギルドの人間が詰め寄せており、審問会の始まりを固唾を飲んで待っていた。


「片割れがいない様だが」


 ラプテーリがそっと口を開けると、レヴィは被監査者席で静かに微笑んだ。


「問題ありません。もとより、これは私への審問であるはず」


「カカカ、であるならば、すでに審問会の火蓋は切って落とされた。異論はあるまい」


「そのためにここにいます」



 レヴィへの審問は簡潔に、そして、淡々と進められていった。


 レヴィが真実を話す宣誓してから、シュヴィッツァーが審問会の争点を述べた。それぞれの争点について証人喚問が行われることになる。


一、聖帝暦784年6月27日深夜にラドラゴで発生した民家での強盗事件の容疑者をウォズライ・クレークと断定した


二、ウォズライ・クレークが自身の持ち物(ヤァを象った木彫りのペンダント)の出所を偽ったと断定した


三、ウォズライ・クレークの火傷の原因について、ドレアビルスとの戦争に巻き込まれたのではなく、ラドラゴでの自警団による焼き討ちであると推測した


四、ウォズライ・クレークが聖帝暦783年から784年にかけて各都市で犯罪を行っていたと推定した


五、ウォズライ・クレークが亜人と間違われ迫害されたことで、民間人や冒険者に対しての怒りの感情を抱いているとして、冒険者に相応しくないと断定した


六、戦争被害者の会のデモ隊に対し、全治二週間の怪我を負わせた


七、ラーツォ・ナーズが今期第三回冒険者認定試験を民衆煽動のために利用していると断定したことで、政治的な利用を未然に防ぐために全ての受験者を不合格とした



 最後の争点をシュヴィッツァーが読み上げたところで、傍聴席からはざわめきが起こる。


「静粛に」


 ラプテーリが注意を与えるまで、言葉を交わす声と紙にペンを走らせる音は止まなかった。



~*~*~*~



 傍聴席のざわめきが波が返すように引いていくと、被監査者席のレヴィがスッと立ち上がった。


「シェフィトラ・ラプテーリ審問官、私の主張すべきことが明確になった今、煩わしいやりとりは省いて単刀直入に本題に移るべきかと。すでに傍聴席の興味もそちらに向いているようです」


 再び傍聴席が騒がしくなると、調停官席からシュヴィッツァーが声を飛ばす。


「エーベルハルト特級冒険者認定官、本審問会は冒険者認定試験における貴官の妥当性を審査する場です。本来の手順に沿って──」


 ラプテーリが軽く手を挙げる。


「まあ、よいではないか、シュヴィッツァー」


 小さな身体を乗り出すようにして卓に両肘を突いて、彼女は愉快そうな表情をレヴィに向けた。


「其方は、此度の冒険者認定試験について、政治的な目論見が持ち込まれたためにご破算にすべきと主張しているわけだ」


「その通りです。それも、計画的に」


 大審問室は騒然となる。


 そのどよめきを縫うようにラプテーリの笑い声が響き渡った。


「カッカッカ、其方の強靭な眼差しよ。よかろう、許す」


「し、しかし、ラプテーリ審問官──!」


 シュヴィッツァーが立ち上がるのを、ラプテーリの赤い瞳がひと睨みで退ける。


「ただし、この審問の場は侵すべからざるもの。其方の妥当性が合理的に説明されない場合、本審問会は其方に冒険者認定官の権限剥奪にて結することを容れよ」


「もちろんです」


「では、ご高説賜ろうではないか」


 レヴィは芝居がかったような素振りなど微塵も見せずに、直立不動のまま口を開いた。


「ウォズライ・クレークには、不審な点が散見されました。


 一、センペラータで生まれ育った両親から、西方の土着信仰であるヤァを象った木彫りのネックレスを譲り受けたという点。


 二、滞在した都市において、複数の犯罪が発生し、未解決となっている点。


 三、亜人に疑われ迫害されたという過去から広く世の中に怒りの感情を抱いていてもおかしくないという点。


 彼は戦後の混乱に乗じ、各地で犯罪を起こし食い繋いでいた。その中で、木彫りのネックレスを手に入れ身につけるようになった。そして、火傷による負傷を理由にラドラゴの養護院に入所したのです」


 もはや流れに任せるしかないと観念したのか、シュヴィッツァーは手元の資料に目を通しながらレヴィに厳しい問いを投げかける。


「貴官の主張によれば、火傷を負った経緯すら捏造されたものだということですが、その根拠は?」


 傍聴席がざわつく。その主張が真実であれば、戦争被害者としてのウォズライ・クレークも作り上げられたものになってしまう。


「それはあくまで推測に過ぎません」


 レヴィは涼しい顔をしてあっさりとシュヴィッツァーの追及を受け流した。ラプテーリはこの場を楽しむように笑みを浮かべている。


「して、それが其方の主張へどう繋がる?」


「彼が火傷を負っていることも養護院に入所していたことも事実です。しかしながら、冒険者認定試験の一次試験を通過した。自らの過去に疑いを生じさせるような木彫りのネックレスをつけたままの詰めの甘い人間がなぜ一次試験をクリアできたのでしょうか」


 シュヴィッツァーが顔をしかめる。


「貴官の言っている意味が解らない」


「彼にはラーツォ・ナーズの後ろ盾があったということです」


「なぜそう断言できるのです?」


 もっともらしい疑問をシュヴィッツァーがぶつける。


「世間には、過去に出題された冒険者認定試験の学科試験問題をまとめ上げた書物を出版しているギルドまがいのグループが存在します。彼女はそういった存在に通じていました。つまり、彼女には学科試験のデータを有していた可能性が高いのです。その知識をウォズライ・クレークに供与していたとしても不思議ではない」


「断言するには些か性急にすぎるように思われますが」


「今回の冒険者認定試験が行われるより前に、セスティリア・ジャーナルでは彼を取り上げた特集記事を掲載していました。その文責者はラーツォ・ナーズ。彼女が試験前にウォズライ・クレークに接触していたことは明白な事実です」


 レヴィは卓に置かれた水差しからコップに水を注ぐと、喉を潤した。


「いくぶん落ち着いたようですが、現在もこの協会支部の周辺で発生している暴動に至るまで、ラーツォ・ナーズの思惑通りに事が進んでいます」


 大審問室は今やしんと静まり返っていた。


 誰もがレヴィの言葉を咀嚼して、深く吟味しているようだった。


 レヴィは卓に両手をついて前のめりになる。


「本審問会の争点七の審問のために、すでに証人は準備されているはずです」


(争点七;ラーツォ・ナーズが今期第三回冒険者認定試験を民衆煽動のために利用していると断定したことで、政治的な利用を未然に防ぐために全ての受験者を不合格とした)


 ラプテーリの口元が緩む。


「直接対決ということか」



~*~*~*~



「彼のひたむきな姿に心を打たれたのでございます! 戦火に巻かれ、亜人と疑われ差別受ける過酷な日々を生きながらも、希望を掴み取らんとするその姿に! それを見て、彼の勇姿を多くの人々に届ける記者としての私の仕事なのだと確信したのでございます」


 証人席についたラーツォはクレークについて聞かれると、ボブヘアを振り乱して、まるで演説かのように声高に発したのだった。


 気圧されていたシュヴィッツァーが取り繕うように咳払いをする。


「そ、それで、クレーク氏とはどのような経緯でお知り合いになったのですか?」


「私はもともと戦争被害者の方々を取材しておりました。敵国の卑劣な攻撃の巻き添えになって大切な人を失った方や勇敢に戦い抜いて大きな傷を負った方など、多くの生き様を目の当たりにしてまいりました……! 彼らはそれでも憎しみを未来への活力に変えることができます! そんな彼らを見て──」


「失礼、ナーズさん」


 喋るごとにボルテージが上がっていくラーツォに、さすがのシュヴィッツァーも割って入るしかなかった。


「クレーク氏を知った経緯について簡潔にお願いします」


 ラーツォはニコリと笑みを返す。


「少々熱が入ってしまいました。クレークさんとお会いしたのは、もちろん、戦争被害者の会の取材を通してでございます」


「エーベルハルト特級冒険者認定官はあなたがクレーク氏と共謀して民衆を煽動したと主張しています」


「言語道断でございます! クレークさんはエーベルハルトさんが『自分を落とす理由を探していた』と感じていました。彼は戦争被害者を蔑ろにしているのです!」


 レヴィは静かに、しかし、強い語気で応える。


「私は彼を戦争被害者として扱ったことは一度もない。不適切な印象操作はやめて頂こう」


「それは私のセリフでございますわよ! 私がクレークさんと共謀して暴動を誘発したですって?! これは印象操作などではなく、れっきとした名誉棄損でございます!」


 座して見守っていたラプテーリが沸き立つ傍聴席を静粛にさせるとレヴィを見つめた。


「其方の主張には依然として確たる証が不足しておる。全てが妄言であるとう謗りを免れることは能わぬよ」


 レヴィはじっと佇んでいる。


 傍聴席も証人席も審問官たちの席も、「鋼鉄の冒険者認定官オーソライザー」の二つ名をほしいままにしてきた男から栄光が滑り落ちそうになる様に刮目していた。


 レヴィが頬を緩ませて、眼鏡をクイッとやる。


「どうやら間に合ったようです」


 大審問室の扉が開け放たれる。


「レヴィさん、証拠、見つけました!」


 プレメダを伴ったエイダが一枚の写真を掲げていた。


 彼女を振り向きもせずにレヴィは言う。


「遅刻だ、エイダくん」


 エイダのこめかみに血管が浮く。


(「ありがとう」は……?!)





つづく

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