10 上司から離れると自分の成長を実感する

 冒険者認定官審問会の日取りは、審問会を管轄する監査部局の調査進捗によってフレキシブルに決定される。


 その審問会の開催が一週間後に決まったという連絡を受けたエイダは、危険地帯に隣接する都市オグナベラに滞在していた。


 ここにはラドラゴから移管された保安局が存在しており、エイダはそこに保存されている捜査資料の海に飛び込んでいる。


 ホテルに戻ったエイダは半ベソをかきながら固いソファに腰を下ろした。


(やばい……、大した成果出てない……!)


 この街に来て二週間ほど、保安局の連中と顔馴染みになったことくらいしか変化はなかった。ノルヴィアへの旅程を考えると、そろそろ街を出発しなければならない。ラドラゴはあまりにも遠い場所だったのだ。


 それに、ここでは魔法インフラが満足に整っていない。旧時代と現代の生活が入り混じって、エイダにとっては過ごすのにかなり億劫だ。


 水道は使えるが、温めるには火にかけなければならない。照明もランプで賄っている。もちろん、移動はどこへでも徒歩だが、たまに冒険者たちが連れている四足獣モヴィールに乗せてもらえるくらいだ。魔法車を見かけることはほとんどない。


 窓の外から騒がしい音がする。


 重い腰を上げて外を見ると、複数のグループが言い争っているのが見える。どちらも大量の荷物を荷車に乗せている。冒険者たちだ。


 エイダが思っている以上に、危険地帯に接したこの街では冒険者同士の小競り合いが頻発している。


 危険地帯は彼らにとっては稼ぎ場でもある。冒険者の資格を持っていなければ、そこで活動することはできないのだ。必然的に競合相手は同じ冒険者に絞られる。そこを縄張りにしている強大な力を持つ魔族などがいなければ、だが。


 魔物から得られる資源には、魔物の骨や肉、体内に溜め込んだ群青石由来の生成物、飲み込んだ冒険者たちの遺品、あるいは古代の遺物など、多種多様だ。


 ここでは、多くの冒険者とそれらを雇う数多くのギルドが犇めいている。それらの渦巻く思惑がトラブルを起こさないなど、少し考えれば分かることだったが、エイダはここに来て現状を見て初めて直面したのだった。


 騒音に満ちた外と隔絶するためなのか、この街のホテルには天井付近の壁に通気口がない。


(こりゃあ、資格化しないとマズいっていうのはうなずけるよ……)


 瞼の裏にレヴィの気難しい顔が蘇って、エイダはため息をつく。


(ノルヴィアを飛び出して、私何してるんだろう……)


 突然、部屋のドアがノックされて、エイダは飛び上がる。


 すぐにドアを開けると、保安局の見知った顔がある。


「プレメダさん!」


 おさげ髪に丸眼鏡という純朴そうな見た目の女性だ。保安局の情報課に所属しており、シャツにダボッとしたパンツをサスペンダーで吊っている。身軽に動けるからいい、とのことだ。


「ごめんなさい、エイダさん、お休みのところ」


「いえ、いいんです。どうしましたか?」


 エイダはプレメダを部屋の中に招き入れる。


「エイダさん、ラドラゴの養護院について調べていると言っていたでしょう? 情報課の資料室に当時の記録が眠っていたんです。共有しておこうと思って、来てしまいました」


 ペロリと舌を出すプレメダに、エイダはなぜかドキッとしてしまう。


(やばい人と働いてたせいで、今は人が瑞々しく見える……)


「大丈夫ですか、エイダさん? やはりお疲れだったのでは?」


 顔を覗き込むプレメダに、エイダは反射的に仰け反ってしまった。


「いっ、いえ、大丈夫、問題ありません。それで、記録というのは?」


 プレメダは小さなテーブルの上にファイルを開いてみせた。


「ラドラゴの保安局防諜室の資料として保管されていたものです。これによれば、ラドラゴの養護院にはドレアビルスとの間に書簡や物資、人などのやりとりの形跡があったことが仄めかされています」


 資料はドレアビルスの捕虜の尋問内容をまとめたものだった。


「戦時中、養護院を隠れ蓑にして敵国と内通していたっていうことですか?」


「ラドラゴは交易拠点でもあったので可能性はありますけど、信憑性は疑わしいものがあるかと思います」


「そうなんですか?」


「この話はこの捕虜からしか出てきていないんです。裏づけの聞き取り調査が行われる前にラドラゴが危険地帯に指定されて解散となったことも理由の一つですけど」


「ウソかもしれないってことですか? なんのために?」


「有益な情報を持っていると思わせれば、自分を守ることになります」


 エイダは資料に目を落としながら、途方に暮れていた。


(クレークさんの件とは関係なさそうだな……)


 プレメダは眉尻を落とす。


「ごめんなさい。ちょっとでもエイダさんのお力になれればと思って持って来たんですけど……」


「いえ、そんなことは……」


 エイダはそう返すが、焦りは募る。しかし、事態は全く好転していない。


(養護院の人間を追跡すれば、もしかしたら……)


「この養護院は今はどうなっているんですか?」


「ラドラゴが危険地帯に指定されて、ほとんどの公的機関やギルドなどが解体されて周辺都市に移されました。戦後のゴタゴタなどもあって、追跡が困難なものもあったみたいです。養護院も解散後は各地にバラバラになったようで、一切の消息が不明になっています」


「はぁ~……、そうかぁ……」


 抱いていた期待を即座に取り落としたエイダは嘆くようにしてテーブルに突っ伏した。


「審問会の日取りが決まったとお聞きしました」


「さすがプレメダさん、耳が早いですね」


「いえ、すみません」


「謝らなくていいのに」


「お力になれず、すみません」


「気にしないでください。これは私が勝手にやっていることなんですから。プレメダさんが気にかけてくれただけでも私は嬉しいです。今もこうして資料を……──」


 エイダの目が添付された写真に釘付けになる。


 この施設が機能していた頃の最後の写真のようだ。養護院の入所者と職員、関係者が庭に並んで撮影されたものだという。入所者は年齢も性別もバラバラだ。


 怪我を負った人々も多かったのか、車椅子に乗った者、片腕のない者などの姿も見える。顔の半分に包帯を巻いたクレークの姿もある。


「亜人も何人か入所していたんですね」


 翼の生えた少年、悪魔のような角を持つ女性、青い肌をした者……、ここでは他の人間とも等しく扱われていたようだ。


 入所者や職員と共に写る人々の中に。エイダは見知った顔を見つけたのだ。


「プレメダさん、審問会で証言をお願いできますか?!」


 エイダは身を乗り出してプレメダの手を取った。


「え、ええ、必要とあらば……」


「ありがとうございます! 早速、ノルヴィアへ向かいましょう!」


「ええっ?! 今から、ですか?」


 エイダは鼻息荒く答える。


「今すぐにです! じゃないと、審問会に間に合わない!」





つづく

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