9 上司が発破をかけているのかハラスメントなのか判断に困る
翌日に執り行われたのは、冒険者認定官審問会の予備審問だった。
冒険者認定官審問会に先立って情報整理のために行われるもので、予備審問の行われる会議室には、ごく少数の人間たちが列席していた。
「
この場を制するのは、まだ年端も行かなそうなあどけない幼女であった。白い肌と髪、赤い瞳。身体は小さく、他の者と同様に席についても、椅子の大きさが際立ってしまうほどだ。そんな彼女が格式の高い黒の制服に身を包んでいる。
その耳は細く尖っている。エルフだ。
レヴィと共にこの厳粛な空間に連れられてきたエイダは緊張でどうにかなりそうだったが、その小さなエルフから目を離すことができなかった。
その視線に気づいたのか、レヴィは小声を漏らす。
「あれはシェフィトラ・ラプテーリ監査部局長。君にも分かるように、エルフだ」
「エルフ……」
「ああ見えて我々の数十倍は生きている」
「す、数十倍……? 何歳なんですか?」
「本人に訊いてみろ。骨まで焼き尽くされるぞ」
(この組織、イカれた人しかいないの……?)
彼女の脇の席につく大柄で精緻な眼差しの男が場を見渡す。
「あの融通の利かなそうな顔をしているのが、ロゲルト・シュヴィッツァー調停官だ」
(融通利かなそうな顔ってなんだよ。私の目の前にいるけどさ)
ちなみに、この場にはバックマンも同席している。すでにその額には脂汗が浮いていて、ハンカチが手放せない様子は居心地は悪そうだ。
「それでは、これより、レヴィ・エーベルハルト特級冒険者認定官の予備審問を執り行う」
レヴィとエイダは背筋を正してテーブルの向かい側に陣取る監査部局の二人と対峙する。
部屋には、他に書記官が影のように隅に控えている。
「エーベルハルト特級冒険者認定官、まずは貴官の審問理由について説明をする」
シュヴィッツァーが書面を読み上げる間、レヴィは彫像のように身動ぎ一つしなかった。
シュヴィッツァーの口から語られるのは、今回の冒険者認定試験における面接試験の評価とそのプロセスについてだった。
「──……以下に示す内容についての合理的説明がなされないまま、ウォズライ・クレーク氏に対して認定付与の否認を行ったものである。
一、聖帝暦783年から784年にかけて、ウォズライ・クレークは各都市で犯罪を行っていた疑いがある。
以上
……エーベルハルト特級冒険者認定官、これについての貴官の見解を改めて伺おう」
レヴィは眼鏡をクイッとやってフッと笑った。
「私に言わせれば、世間からの非難を受けて弱腰になった当協会が冒険者認定官審問会を開催するという無軌道な姿勢に失笑せざるを得ません」
「この場をなんだと──」
立ち上がりかけるシュヴィッツァーだったが、一つの楽しげな笑い声がそれを押し留めた。
ラプテーリだった。
「カッカッカ、相も変わらず快然たる男よ。つまるところ、
「その通りです。整理すべき情報などもはやありません」
「その言葉の意味するところが分かっているのか、エーベルハルト特級冒険者認定官」
シュヴィッツァーが問いかけると、レヴィは静かにうなずいた。
「ええ、この件に関するあらゆる関係者を召喚し、冒険者認定官審問会を滞りなく進めることになるでしょう」
「このまま貴官の見解の詳細を話さないのであれば、不利な結果になるかもしれないが」
「さて、どうでしょうか」
レヴィがニヤリと笑うので、シュヴィッツァーは顔をしかめるしかなかった。
「カッカッカ、胡乱なる影を纏う男よな、其方は。またしても其方に侍する者を差し出そうと考えておるのかえ?」
「過去はあくまで過去です。それに、この予備審問を早めに切り上げたいと言ったのはあなただ」
レヴィの挑戦的な眼差しを受けて立つと、またしてもシュヴィッツァーが立ち上がりかける。
ラプテーリは軽く手を挙げて彼を御すると、小さな身体でちょっと無理をして大きな椅子の両方の肘掛けに腕を置いた。
「此方の要望に応えたとな。もとより、其方の行く末を傍観せし身としては、これで審問会が享楽の場となったことは恐悦であるよ」
その言葉を残して、ラプテーリはシュヴィッツァーを見やった。どうやら予備審問は終わりを告げるらしい。
(何言ってんのかよく分かんなかった……)
「ええと……、こ、これでもう……?」
バックマンが冷や汗と安堵の吐息とであたふたしている。シュヴィッツァーが規定通りの文言を発する。
「では、これにてレヴィ・エーベルハルト特級冒険者認定官の予備審問を終了とする。本審問会の開催日程については、後日通達する。レヴィ・エーベルハルト特級冒険者認定官、これより審問会の終了まで、貴官の冒険者認定官としての権限は一時的に停止される」
~*~*~*~
「どどどど、どうするんですかぁ?!」
レヴィの執務室に戻ってくるなり、エイダはそれまで胸の内に溜め込んでいたものを爆発させるように吐き出した。
「いきなりどうした。やかましいぞ」
(いや、あんたが落ち着きすぎなんだよ……!)
「このままじゃ、認定官の権限を剥奪されちゃいますよ!」
レヴィの冷たい目が眼鏡の奥からエイダを見つめている。
「君が私を信用していないということはよく分かった」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
「ならばどうする? 君は私の補佐官として、何をする? 手をこまねいて、指を咥えて、私が放逐されるのを見ているだけか?」
(めちゃくちゃ煽ってくるじゃん、この人……)
「審問会では、君にも聴取が行われる」
試すような瞳の輝きだった。それがエイダの心に火をつけたようだった。
「分かってますよ。レヴィさんに有利な証拠を集めてきますから待っていてください」
「そうか」
レヴィは涼しい顔をして荷物をまとめ始めた。
「どこへ?」
「今の私は一時的ではあるが、冒険者認定官の権限を失っている。つまり、今の私は業務から解き放たれているのだ。この場所にいる意味などない」
そう言い残して、彼は荷物を手にさっさと部屋を出て行ってしまった。
(仕事熱心なのか嫌いなのかどっちなんだよ……)
いいように操られているのでは、という悪い予感がエイダの脳裏をよぎったが、それを振り払う。そして、レヴィと共に集めてきたクレークの調査資料を掻き集めた。
つづく
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