8 上司の過去の「武勇伝」を聞くと不安になる

 翌日、定期冒険者認定試験の結果が公表となった。


 合格者はなし。


 事前通達により、カリアナトムは保安局による厳戒体制が敷かれていたが、その周囲の防壁には、多くのデモ隊が詰め寄せた。


「参ったねえ、こりゃ」


 ネザレヤ・バックマン認定部局長の丸みを帯びたシルエットが窓から差し込む光の中でくっきりと浮かび上がっている。


 窓からはカリアナトムを囲む防壁の向こう側も見渡すことができる。あちこちで火の手が上がり、黒煙が空に手を伸ばしていた。


 認定部局長室には、レヴィとエイダの姿もある。


 バックマンは何とも言えない表情を浮かべて窓に背を向けて、目の前の執務机についた。


「報告書をもらう前に口頭で説明をしてもらおうと思ってエーベルハルトくんを呼んだんだけどね……」


 歯切れの悪いバックマンとは対照的に、レヴィは簡潔だった。


「理由は明白です。ウォズライ・クレークは聖帝暦783年から784年にかけて、各都市で犯罪を行っていた疑いがあるためです」


「犯罪だって?」


 レヴィは手短に認定作業期間での調査について説明をした。


 その間、隣でじっと直立不動だったエイダは胸の中にモヤモヤを抱えていた。


(犯罪の“疑い”だけで否を出すなんて、無茶苦茶だよ……。確かに、クレークさんの行動と犯罪の符合するところはあるけど、証拠なんて何一つないのに……)


「確かなのかな、それは?」


 話を聞き終えたバックマンも半信半疑だ。


「確かでなければこのような決定は下しません」


 きっぱりと撥ねつけられて、バックマンは口ごもってしまう。


「まあ、そうだよね……」


(もうちょっと粘ってよ……上司でしょうが)


 エイダの心の中の悪態など露知らず、バックマンは弱り切ったように頭を撫でつけた。


「それ以上に私が懸念しているのは、この一件の裏でグラバランの記者が煽動の青写真を引いているという事実です」


「う~ん……、やっぱり、エーベルハルトくんも感づいていたわけか」


「何かありましたか?」


 バックマンは執務机の引き出しから一枚の原稿を取り出した。


「グラバランにいる知人からだけどね、今日の夕刊に掲載される予定の記事が送られてきたんだよ」



■疑惑の冒険者認定試験


 冒険者認定協会ノルヴィア支部における今季三度目の冒険者認定試験の結果が発表となった。

 合格者はなく、今回の担当認定官であるレヴィ・エーベルハルト特級冒険者認定官による試験では、これで丸四年もの間、合格者が出ていないということになる。

 冒険者候補として最右翼だったウォズライ・クレーク氏も選に漏れた。

 本紙では、今回の結果を受けてクレーク氏に取材を敢行。クレーク氏は本紙のインタビューに対し、「面接試験では、落選させるための理由を探しているように感じた」と違和感を述べた。

 エーベルハルト特級冒険者認定官による認定率はおよそ0.02%。それによって氏は「鋼鉄の冒険者認定官オーソライザー」と呼ばれるが、冒険者に認定を与えるための試験はもはや形骸化しつつあり、その過剰なまでの厳粛さにはかねてより疑問の声が上がっていた。

 現在、冒険者認定および冒険者認定官の任命権は聖帝クランパトス七世が所有している。近年の隣国ドレアビルスに対する政治的な黙認状態と、この冒険者認定試験の結果との間には本当に相関性はないのだろうか?

 エーベルハルト特級冒険者認定官は、昨日、戦争被害者の会のデモ隊に対し、非公認の武力行使によって複数の負傷者を出したことが本紙の独自取材によって明らかになっている。

 この事実と今回の認定試験の結果は、冒険者認定協会による戦争被害者たちとその支持者たちへの弾圧に等しいのではないだろうか。

 今後、クレーク氏は再び冒険者の支援業に戻るとのことだ。次回の受験予定は今のところは検討中だという。

 最後にクレーク氏はこう話す。

「人々の幸せのために立ち上がろうとしました。私は冒険者に相応しくなかったのかもしれない。認定試験での評価が適切に行われたことを切に願います」

(文責/ラーツォ・ナーズ)



(恐れてたことが起こってしまったな……)


 遅かれ早かれ、いや、とっくに問題化していないのが不思議なくらい、エイダにとってレヴィの審査は苛烈を極めていた。


「ええと、色々聞きたいことはあるんだけどね、このデモ隊に負傷者というのが……」


「襲撃を受けたんです。それに対処したまでのこと」


 レヴィは毅然と答えた。


「はあ、なるほどねぇ……」


(バックマン部局長、こういう時のレヴィさんに押し負けるのが早すぎるんよ……)


「ところで、この記事の文責者はどこに?」


「グラバランの知人にちょろっと探りを入れてみたけど、はぐらかされたんだよねぇ……」


(もうちょい強気に仕事してよ……)



~*~*~*~



 笑っている場合ではなかった。


 セスティリア・ジャーナルの夕刊が発行されて、戦争被害者の会は声明を発表したのだ。


 冒険者認定官審問会の開催要求、そして、改めて国に対してドレアビルスの戦後補償見直しへの抗議を求める内容で、これを受けてノルヴィアではデモ隊が保安局と衝突を繰り返す状況に発展した。



「おうちは保安局が保護してるから、協会ここで大人しくせいってさー」


 レヴィの執務室にやって来たバヒーラがどことなく楽しそうに告げた。その様子が鼻についたのか、レヴィはいつにもまして不機嫌そうだ。


「多少の暴徒くらい私一人で処理できる」


「だーかーらー、それが問題なんだってーの! 冒険者認定官養成学院スコラ時代から妙に血の気が多いせいでトラブルメーカーだったの忘れたんかー?」


 バヒーラに痛いところを突かれたのか、レヴィは押し黙る。


「む、昔からこんな感じだったんですか……?」


 エイダが思わず口にすると、バヒーラはニコリとする。


「そだよー。エイダちゃん、気をつけなー。レヴィに付き合ってると命がいくつあっても足りないよー」


「人を死神のように言うな。私は合理的かつ即座に問題を解決するための手段を取っているに過ぎない。それに、エイダくん、『こんな感じ』とはなんだ」


「す、すみません……」


 黙って見ていたミトハシェヴがバヒーラの顔を覗き込む。


「それを口実にまたガーファンクルさんを勧誘しようとしないでください」


「しっ、してないよ、まだ!」


「『まだ』とはなんですか。ガイヤールさんの補佐官の席は定員だといつもお伝えしているでしょう」


「か、顔が近いよ、ミトハシェヴ……。勧誘しないって……」


 レヴィが咳払いをする。


「お前たちは下らない掛け合いを見せにわざわざやって来たのか?」


「違うんだなー、それが」


 バヒーラは立ち上がって伸びをする。そして、窓の近くに歩み寄った。そこからはカリアナトムの街が見下ろせる。


 あちこちで煙が上がっている。暴動の音はここまで届いてはいないが、ノルヴィアの街はどこも暴徒と保安局の姿で溢れているはずだ。


「明日には冒険者認定官審問会が開かれるってさー」


「ずいぶん早いな。風見鶏が世論に負けたか」


「そりゃー、こんだけおっきな火種になっちゃったらねー」


(冒険者認定官審問会って……、なんでこの二人こんなに悠長に話してられるの……)


 バヒーラがくるりとエイダを振り向いた。


「エイダちゃんもレヴィの補佐官になったばっかりなのにたいへんだねー。補佐官は連帯責任を取らされるからねー。なにもなければいいけどねー」


「え、そ、そうなんですか……?」


「的外れなことを言うな、バヒーラ。今回は彼女には責任はない。巻き込むつもりはないさ」


「でも、監査部局がクロだって言ったらクロになっちゃうんだけどねー」


「バヒーラ」


 レヴィが咎める視線で突き刺すと、さすがのお調子者も口を押さえてそっぽを向いた。エイダは恐ろしさで表情が強張ってしまう。


「冒険者認定官審問会のことがまだよく分からないんですけど、そんなやばい場所なんですか……?」


「お前のせいで変な誤解が生じているぞ、バヒーラ」


「あたしのせいなのー? あのねー、冒険者認定官審問会ってのはさー……、ミトハシェヴ、あとは任せたっ」


(あ、逃げた)


 エイダが冷たい目を向けるのを遮断するようにミトハシェヴが立ちはだかる。


「冒険者認定官審問会というのは監査部局が開くもので、冒険者認定官の妥当性を判断する審査会のことです。その活動に疑わしい点があった場合に随時行われ、妥当性によっては冒険者認定官、場合により、補佐官の権限を剥奪されることになります」


「け、権限を剥奪……」


「ま、レヴィは痛いほど分かってると思うけどねー」


 バヒーラがチクリとやるが、レヴィは動じなかった。


(痛いほど分かってる……? どういうこと?)


「そんなことよりさー、相変わらず騒ぎが収まらないねー。ちょっとは静かにしてほしいんだけどなー。新しい認定学科試験の作問期間中なんだよー、こっちはー」


 そう言ってバヒーラはただでさえ着崩している制服をはだけさせようとする。エイダは思わず駆け寄りそうになる。


「ちょ、ちょっと……!」


 レヴィが横合いから口を挟む。


「ここはお前の天球魔法ステラ・マジカエの実験場ではない。お前の方がよっぽど危険だ」


 エイダは耳を疑った。


天球魔法ステラ・マジカエって古代魔法の……?」


 バヒーラがニコニコとうなずいた。


「エイダちゃん、よく知ってるねー。あたしらガイヤール家にはねー、天球魔法ステラ・マジカエの魔法具・天球魔法具ステラ・デバイスが代々受け継がれてるのだー」


「バヒーラはその継承者だ」


天球魔法具ステラ・デバイスって、“世界の至宝”に含まれてるっていう、あの……?」


「見せてあげよっかー?」


 軽いノリでそう言ってバヒーラは服を脱ごうとする。顔を真っ赤にしたミトハシェヴが慌てて駆け寄った。


「ガイヤールさん! 急に服を脱ぐのはやめてください!」


「え、なんでー?」


「なんでもです!」


 もう半分ほど脱ぎかけた制服からは除く小麦色の肌が眩しい。


 レヴィは鼻で笑う。


「お前のような人間の手に“世界の至宝”が握られているというのは非合理的だ」


(いやいや、さっきあの人、暴徒に向かって古代魔法ぶちかまそうとしてたってことじゃん……。上司の同期も激ヤバだよ……)





つづく

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