7 よく考えると上司に守られてばかりの自分がいる

「レヴィさんが何を考えているのか分かりますよ」


 グラバランを後にして冒険者認定協会へ戻る道すがら、エイダはそう言った。


「単純な問題だからな」


(余計な一言が多いんだよなぁ、この人……)


 エイダはレヴィを睨みつけながら、仕返しと言わんばかりに口を開く。


「ヤウォク教徒の家でクレークさんがあの木彫りのペンダントを手に入れたと考えてるんですよね。でも、そう断定するだけの証拠は何一つありませんし、盗品を堂々と身につけるものでしょうか」


「我々は当時の未解決事件の真実を白日の下に晒そうとしているわけではない」


「じゃあ、なんのために……」


「ダラヴァスがヤウォク教徒の件を把握していたということは、ラーツォ・ナーズも君と同様の想像の過程を辿った可能性があるということだ」


「それって、つまり、クレークさん自身ではなく、ラーツォさんに問題があると?」


 歩いていたレヴィはある方向を指さした。


 新聞を売るスタンドがそこにあった。辺りは夕暮れ時……夕方の新聞が並ぶ時間帯だ。


 レヴィが迷わずに手を取ったのは、グラバランの発行する新聞セスティリア・ジャーナルの夕刊だった。



■問われる我が国の戦後対応


 昨年、隣国ドレアビルスは戦後補償の一方的な見直しを踏み切った。我が国はそれに対し、現在に至るまで一切の抗議を行っていない。そうした対応には、国内から批判の声が上がっている。

 戦争被害者の会を主宰するエレア・グノッサに話を聞いた。グノッサ女史は自身も戦後補償を打ち切られたパートナーを持つ身である。

「突然のことでした。ドレアビルスから補償対象外の通知が送られてきたんです。主人はまだ戦争の傷が癒えず、仕事もままならないのに、です」

 グノッサ女史のパートナー・ファバース氏は利き手である右腕に義手を嵌めている。戦時中は防衛線での任務に従事していた。苛烈な戦闘に晒された彼は、現在も病的な精神を抱え、苦しむ。

「今でも戦う夢を見るんだそうです。そのたびに、叫び声を上げて目覚める彼の姿はとても痛々しいのです」。グノッサ女史は声を詰まらせる。グノッサ夫妻に子供はいない。稼ぎ口はグノッサ女史のみだ。生活は日に日に厳しさを増しているという。

「こうした苦しみを抱えている人は少なくありません。この現状を国はどう捉えているのか、私には未だに分かりません」。本紙でも聖帝府への回答期限付きの質問状を送付したが、期限までに回答はなかった。ドレアビルスによる一方的な戦後補償の見直しに、我が国は黙認を続けるというのだろうか。

 グノッサ女史は戦争被害者の会を発足後、戦争被害者への慰問や戦後復興ボランティア、デモの主催などに精力的に携わってきた。

「だからこそ、今度の冒険者認定試験の結果には注目しています。ウォズライ・クレークさんが戦争被害者たちの希望の星となることを願っております」

(文責/ラーツォ・ナーズ)



「ふん、決まりだな」


 レヴィはエイダに読み終えた新聞を捺しつけて憤りを秘めた暗い微笑を浮かべる。


(いや、私、ゴミ箱じゃないんですけど……)


「あの記者は今回の冒険者認定試験をプロパガンダ化しようとしている」


 まるでレヴィの言葉を合図にしたかのように、カリアナトムには何かを叫ぶ声と大勢の足音が響き渡った。


「デモ隊ですよ……」


 以前、冒険者認定協会の前で声を上げていたデモ隊のことを思い出して、エイダは恐ろしくなってしまった。


 カリアナトムのあちこちから保安局警邏隊の笛の音が鳴り響いていた。


 魔法車の通る道をボードを掲げた一団が歩いていく。


「聖帝府は敵国の横暴を許すなー!」

「我が国のために戦った者たちを守れー!」

「今こそ敵を砕く時だー!」


 憤りを訴える声が飛び交う。カリアナトムの街の中で、ボルテージが否応なしに上昇していく。


「なんで急にこんなことに……!」


「おそらく、水面下でデモの計画が動いていたんだろうな」


 レヴィは至って冷静だった。


「レヴィさん、この制服だと標的にされる危険性があります。脇道に逃げましょう!」


「やれやれ、君といるとトラブルが絶えないな」


(え、私のせいなの……?!)



 脇道に身を滑り込ませた二人だったが、武装した一団が路地から飛び出してくるのに出くわしてしまった。


 一部の暴徒化した連中が怒りの矛先を探すように走り回っていたのだ。


「おい! 認定協会の奴らがいるぞ!」


 怒りで目を血走らせた男たちが思い思いの武器を振りかざして二人のもとへ殺到する。周囲は高い建物で囲まれた細い路地だ。逃げ場はなかった。


「ひえええぇっ! なんでこんなことに……!」


 おろおろするエイダの横で、制服の袖口から群青石の振り子ペンデュラムを覗かせたレヴィがため息と共に嘆く。


「業務外の仕事は気が進まないのだが」


 彼はエイダの前に進み出る。


 近づいてくる暴徒たちへ右手を真っ直ぐと伸ばすと、風もないのに二人の後方から無数の瓦礫やゴミが飛来してきて、男たちにバチバチとぶつかっていった。


「なっ、なんだこれっ!」

「いてえっ……!」


 足止めを食らった暴徒たちが悲鳴を上げる中、レヴィが飛び出していく。


「見えざる手による無垢なる波動よ、風のように、水流のように、彼の者どもを退けたまえ──衝撃魔法インプルスス


 レヴィが手前にいた暴徒に触れると、爆発音が轟いて、渦巻いた空気によって男は凄まじい勢いで吹き飛ばされた。進路上の暴徒たちを巻き込んで、男たちが悲鳴を上げて路地を転がっていった。


 無力化された暴徒たちを一瞥して、レヴィは眼鏡をクイッとやった。


「協会に戻るぞ」


「は、はい……」


(派手な魔法はダメだ的なこと言ってなかったっけ、この人……?)





つづく

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