6 外だと上司の異常性が浮き彫りになる
一週間が経過した。
レヴィが
「盗み、脅し、殺し、破壊、騙し、人さらい……。いずれもクレークの滞在時期と重複している」
それぞれの事件の横に記してある日付とクレークの町ごとの滞在期間を線で結ぶと、レヴィは腕組みをした。眼鏡の奥の瞳が鈍く光る。
「ただの偶然じゃないですか……?」
「もちろん、未解決の事件の中でも、全てが、というわけではない」
犯人が捕まっていない事件群は町ごとに平均して四、五件を数える。最も多いのは盗みで、食料や衣服、魔法具や魔法デバイスなどが店や倉庫などから奪われている。
「特筆すべきは、クレークが治癒院を出てから擁護施設に移るまでの空白の期間に事件が集中しているということだ」
「クレークさんがやったと思ってるんですか?」
「考えてもみろ。重度のやけどを負い、亜人と疑われ、生活もままならない。どうやって食い繋ぐ?」
「でも……、彼が犯人だという証拠なんでどこにもありませんよ。私にはこじつけに見えます」
「これを見ろ」
レヴィが
レヴィは一枚の写真をそこへ貼りつける。ラーツォの手がけた新聞の特集記事に添えられていたクレークの
「彼が首から下げていた木彫りのペンダントは、西方の森林地帯で信仰されているヤァを象ったものだが、彼の故郷センペラータはドレアビルスとの国境近く、つまり、東方の街だ。彼の両親は生まれも育ちもセンペラータ。ペンダントは両親から譲り受けたというが、辻褄が合わない」
「交易品だったんじゃないですか? だから西方の品を手に入れることができたんですよ」
エイダにとっては疑問を抱くようなポイントではなかった。しかし、レヴィは硬い表情を崩さない。
再びバヒーラの言葉が蘇って、エイダは自分の肩を抱く。
(“ウソが通用しない”って、そういうことなの……? でも、なんで……)
「だが、気になる点はもう一つある」
エイダが思いを巡らせている間に、レヴィは本を手にしていた。二人がこの一週間以上を共にしてきた、各地の街の記録を記したものだ。エイダはしばらくその表紙すら見たくなくなっていた。
「ええと、都市録ですか」
「これを編纂しているのはグラバランだ」
「えっ?!」
エイダは自分の近くにも置いてあった都市録に手を伸ばす。編纂・発行にグラバランとある。全ての都市録ではないが、エイダの見た感じでは三分の一程度はグラバランが関わっているようだった。
「気づきませんでした……」
「情報収集に躍起になって視野狭窄を起こしていたからだ」
(いや、あんたが素早く丁寧にやれって言ったんだよ……)
急に飛んできた矢にエイダは思わず顔をしかめる。
「でも、どういうことなんですか? グラバランなら都市録に関わっていてもおかしくないですよね」
「ラーツォ・ナーズはこのことを把握していた可能性があるということだ」
「え……、でも、新聞で特集を組んで……」
レヴィは、やれやれ、というように首を振る。
「君は様々な事象に目を向けるということを覚えた方がいい」
(そんなんいいから早く先を言ってくれ……!)
固唾を飲むエイダにレヴィは口を開く。
「彼女の目論見は、戦後補償から漏れた哀れな受験者が私の手によって落選させられ、それを引き金に聖帝国セスティリアを非難する機運を高めることだ」
「それじゃあ、みんなが彼女に利用されてるってことになりませんか?」
レヴィは眼鏡をクイッとやる。
「その通りだよ、エイダくん」
~*~*~*~
翌日。
レヴィとエイダはカリアナトムにあるグラバランのノルヴィア支局に出向いていた。
クレークが“空白期間”の最後に滞在しており、彼を拾った養護院もあるラドラゴの都市録についての聞き込み調査を行うためだった。
グラバランには、各地に出向いて情報収集や取材を行う取材班が存在している。そのため、当時ラドラゴで取材を行っていた人間がいるという可能性に賭けてやって来たのだ。
グラバランは白亜の建物の側面に
『真実が我らを自由にする』
という標語を巨大な文字で掲げているから、遠くからでもその場所がよく分かる。
「たいそうな大言壮語だ」
レヴィはその標語を鼻で笑ってエントランスに入り、受付に向かった。
取材班の所属する情報管理部へのアクセスをすんなりと許可されたレヴィは我が物顔で建物の三階を目指す。グラバランの職員たちは制服姿の二人に目も留めない。
「歓迎されていないんですかね、私たち」
「グラバランのような報道ギルドは外部の人間の出入りが激しい。冒険者認定官など珍しくはないさ」
情報管理部の巨大なオフィスには四隅に
異なる言語や聞き慣れない業界用語が飛び交い、かなり活気がある。
受付で案内された取材班のデスクのそばにやってくると、大きな声がした。
「きな臭そうな顔してますなぁ、エーベルハルト特級冒険者認定官」
大柄な男が立っていた。腕も腹も足もはち切れるような身体で、そばに立つとまるで壁のようだ。カジュアルで動きやすそうな出で立ちはフットワークが軽そうにも見える。
そして、その鼻は長く垂れ下がっていた。男はその垂れさがった長い鼻を腕のように自在に動かしている。
(亜人……)
実際に目の前で亜人を見るのは、エイダにとって初めてのことだった。
簡単に言えば、亜人は人間に近い魔物だ。身体には魔物の特徴を残しながらも、人間性や知能を備えている。魔物ほどの力もないため、人間社会では強い差別を受ける長い歴史が続いてきた。
「初めて会うはずだが」
レヴィが冷たい反応を示す。亜人との初対面という衝撃に揺れていたエイダはすぐさま現実に引き戻された。
(初めて会う相手に見せる反応じゃないでしょ……)
男は鼻を回して笑う。
「ああ、これは失敬! 儂はカランダーフ・ダラヴァスと申す者です。取材班長をやっとります」
(取材班長……、亜人で社会的地位を築くには有能で人望がなければならないはず)
「亜人は珍しいですかな、エイダ・ガーファンクル補佐官?」
長い鼻でエイダを軽く小突くような振りをして、ダラヴァスは微笑んだ。
「わ、私のことをご存じですか……?」
「もちろんですとも! 鋼鉄の
(ますますうちの上司がどういう風に見られてるのか気になるな……)
「私は鋼鉄でできているわけではない」
レヴィがきっぱりと断言するが、ダラヴァスはきょとんと首を傾げただけだ。
(まだ言ってるよ、この人……)
レヴィが詮索するようにダラヴァスを見つめる。
「我々のことは調査済みということか。だが、今はそんなことはどうでもいい。訊きたいことがある」
「分かる範囲であれば、お答えしましょうぞ。先日は我がギルドの者がお手数をおかけしたようですからな」
「ふん、当の本人の姿が見えないようだが」
「部署も違いますし、儂には居場所も分かりかねましてな……」
~*~*~*~
「四年前のラドラゴの治安について、ですか」
一同は情報管理部の喧騒とは壁一枚を隔てた部屋に移動していた。
レヴィの質問にダラヴァスは鼻をぐるぐると巻いて記憶を手繰った。クレークは四年前にラドラゴに滞在し、そこの養護院に拾われた。レヴィはクレークのことは伏せたまま、当時のラドラゴで起こっていた事件について尋ねたのだった。
ダラヴァスは大きくうなずいた。
「よく覚えてますぞ。その数年後には危険地帯に指定されましたからな、ラドラゴ最後の平穏な時でしたぞ。……まあ、平穏といっても、戦後のゴタゴタでかなり混沌としとりましたがね」
「その時期の未解決の事件について少しばかり調べている」
レヴィは紙にまとめていた事件群のメモをダラヴァスに手渡した。
「どれどれ……」
彼は懐から丸眼鏡を取り出してちょこんと鼻の上に乗せると、メモに覆い被さるようにして見入った。
聖帝暦784年6月4日
未明に商店の倉庫が破られ、大量の加工食品の缶詰が盗まれる。鍵と扉が破壊された。
聖帝暦784年6月12日
夕暮れ時に通行人が荷物を奪われる。犯人は全身を覆うローブのようなものを身に纏っていた。
聖帝暦784年6月27日
夜更け過ぎに民家への強盗。金品が盗まれ、女性一人が怪我を負った。女性は犯人を亜人だと証言。
聖帝暦784年7月11日
未明に酒場へ窃盗目的の侵入。保安局による見回りの最中に発生し、盗みは未遂に終わった。
「この時期はですな、色々と物騒でしたなぁ。これ以外にも把握されていない事件も多々あったかと思いますぞ。保安局だけじゃなく、冒険者もギルドと組んで自警団を作っとりましたな。みんな犯罪者を嗅ぎ回っとりました」
ダラヴァスが鼻を鳴らす。
「それだけの監視の目があって未解決の事件が多く残されていたのか」
「ラドラゴは比較的ドレアビルスとの国境に近かったもんですから、戦後の混乱が続いたんです。だから、こういう事件はたいていが隣国からの流れ者や亜人なんかが起こしたってもっぱらの噂でしたぞ。住民からなる自警団が治安維持を名目に夜通し廃墟を焼き討ちして回ったりと、それは苛烈なもんでしたなぁ。それに、ほら──」
ダラヴァスは「6月27日」の事件を太い指で示した。
「この事件はちょっと
「何かあったんですか?」
エイダが身を乗り出すと、ダラヴァスは自分の華を指さした。
「被害者の女性が亜人を犯人だと言ったわけです。それだけじゃなく、この家はヤウォク教徒だったんです」
レヴィの眼鏡が光る。
「セスティリア西方の土着信仰に端を発する宗教か」
エイダはハッと息を飲む。
「西方の……?」
ダラヴァスはうなずく。
「ラドラゴは西方との交易拠点の一つでもあったんです。だから、ヤウォク教徒の住民もかなりの数があった。そこで、ちょっとした宗教の軋轢みたいなのも起こったんです。ヤウォク教徒はマイノリティですからな。その家が狙われたとあって、周辺のヤウォク教徒たちが現地住民と一触即発の危機だったんですぞ」
「ヤウォク教ゆかりの物も盗まれたのか?」
「そういう貴重なものを根こそぎやられたみたいでしたぞ。たまたま住人の女性が盗みの現場に出くわして、被害に遭ったわけです」
つづく
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