5 隣の上司は聖人君主
レヴィが難しい顔をしている。
クレークに不躾とも言える質問を数々投げつけたのが不発に終わったのが堪えたのかもしれない。
「めちゃくちゃしっかりとした覚悟と情熱と未来を持っているように思えましたけどね」
レヴィの冒険者認定補佐官に着任して初めてなん違和感もない受験者に出会えたエイダは、なぜか大きな気持ちになっていた。
「人間は自分を偽り、正当化し、よりよく見せる生き物だ」
「さすがにそれは穿ちすぎじゃないですか?」
二人は面接試験を終え、レヴィの執務室に戻って来ていた。
面接の内容を受けて、ここから認定作業期間に入る。冒険者認定官の仕事のほとんどのウェイトはここに占められているといっても過言ではない。
面接受験者たちの身辺調査などを通して、本当に彼らが冒険者に相応しいかどうかを審査するのだ。
レヴィはこれから粗探しを始めるのだ、とエイダは思っている。
「ひとまず、ウォズライ・クレークが点々としていた街の該当期間の記録を当たることにする」
ノルヴィアには、周辺諸都市を網羅する図書館がカリアナトムに存在する。ノルヴィア図書館だ。
二人はそこへ出向き、二日間をかけてクレークが滞在していた街の記録を集めた。ちなみに、クレーク以外の面接受験者はレヴィの判断によってすでに認定候補から排除されていた。
レヴィの執務室には本が文字通り山のように積み重なることになり、エイダはその光景を前にして途方に暮れていた。
「ええと、これを全部確認するんですか?」
「ただここに積み上げるだけのために図書館から拝借してきたと思うか?」
「そうは思わないですけど……」
「つまらない問答をするつもりはない。町ごとに分担して記録を浚う」
「何を調べるんですか?」
「犯罪の類」
「……え?」
レヴィは眼鏡をクイッとやって顔を引き締めた。
「では、始めるぞ」
(クレークさんが犯罪と関係しているって考えてるの……?)
~*~*~*~
冒険者認定協会には、協会職員専用の食堂が併設されている。食事時には制服姿の職員たちでごった返すが、昼食時から数時間経てばひと気は少なくなる。
げっそりとした様子でエイダがやって来て、魔力素の少なそうなメニューを注文している。
カウンターで料理を受け取って、トレイをすぐそばのテーブルに置くと、エイダは深いため息と共に腰を下ろした。
「もうちょっと魔力素摂った方がいいよー!」
聞き覚えのある声がして振り返ると、隣のテーブルで焼き菓子を摘まむバヒーラ・ガイヤール特級冒険者認定官の姿がある。いつものように着崩しすぎた制服の危うい胸元をチラつかせている。隣には、彼女とは対照的なきっちりとした黒髪の女性──ミトハシェヴが座っている。
二人でティータイムを楽しんでいたらしい。
「姐さ──ガイヤールさん……! すみません、いらっしゃるのに気づいていなくて……!」
「別にいいよー。レヴィにこき使われて疲れてるんだね、うんうん、わかるよー」
相も変わらず、勝手に納得するバヒーラにエイダは愛想笑いを返す。
バヒーラはレヴィの同期だ。彼女がレヴィについて想像することは、たいてい現実になっている。
「今からランチってことは、レヴィの作業に付き合ってたんだねー」
「そうなんです……。レヴィさん、魔法仕掛けみたいに休まないので、私も休憩を取りづらくて……」
「あはは! レヴィは三日三晩、発掘された遺物に使われてた魔法を解析できる変人だからね―! 気にしないで勝手に休憩してオッケーだよー」
「はい……、ついさっきそう言われて今やっと食事にありつける感じなんです……」
「レヴィはマイペースだからねー」
(マイペースっていうか、他人が眼中に入ってないって感じなんだよなぁ……)
「うちの執務室だったら、もっと優しくできるんだけどなー」
バヒーラが顔を覗きこんできて、エイダは目を逸らしてしまう。バヒーラの執務室は“花園”と呼ばれて、女性しか冒険者認定補佐官がいないのだ。以前にも、エイダはバヒーラに勧誘されていた。
「おほんっ!」
バヒーラのそばでミトハシェヴが大袈裟に咳払いをする。その鋭い眼がエイダに向けられている。
(めっちゃ睨まれてるよ……)
いたたまれなくなるエイダに、バヒーラは笑いかける。
「そうだ、ミトハシェヴのこと、紹介してなかったよねー? あたしの主席補佐官なんだよー」
気難しそうな表情のまま、ミトハシェヴが軽く会釈した。
「ど、どうも、よろしくお願いします……」
複数の補佐官を持つ冒険者認定官はその中か主席を指名することになっている。主席補佐官は他の補佐官をまとめ、認定官の右腕となる。つまり、それだけ能力を買われているということだ。
「念のためにお伝えしておきますが、ガイヤールさんの補佐官の席はすでに定員に達しています」
きっぱりと牽制するミトハシェヴの頭にバヒーラはふざけてチョップをかます。
「仲良くしなさーい、ミトハシェヴー。エイダちゃん、ごめんねー、ミトハシェヴってやきもち焼きなんだよー!」
「が、ガイヤールさん、根も葉もないことを吹聴しないでください!」
ミトハシェヴは見るからに慌てふためいて顔を真っ赤にした。
(なんだ、私が何かしたってわけじゃなかったのか……)
「さーて」
バヒーラは立ち上がって伸びをする。メリハリのある身体がしなやかに曲線を描いた。
「あたしたちはお仕事に戻るよー」
「お疲れ様です」
バヒーラは余った焼き菓子をエイダのテーブルに置いた。
「レヴィに付き合うなら魔力素たくさん摂らないとだよー! クレークさんのことを調べてるんでしょー?」
エイダは驚いた。
「どうして分かるんですか?」
「グラバランの記者が取材に来てたでしょー。彼女、クレークさんの記事を書いてたよねー? しかも、そのクレークさんは二次試験に通過してたからねー」
(この人、伊達に特級認定官じゃないな……)
「きっとレヴィのことだから、何かウソを嗅ぎつけたんだよー」
「う、ウソ、ですか……?」
唐突に予期しない単語をぶつけられて、エイダは面食らってしまう。
「レヴィって、昔から異様に鋭いんだよねー。バッグに
(なんちゅう迷惑なイタズラを……)
ミトハシェヴの仏頂面が二人の間に横槍を刺し込む。
「ガイヤールさん、会議の時間が迫っていますので、お急ぎください」
「はいはい、ごめんよー、ミトハシェヴ」
バヒーラは立ち去り際にエイダに真っ直ぐと目を向けた。
「とにかく、レヴィにはウソは通用しないから、エイダちゃんも気をつけるんだよー」
~*~*~*~
書物から文字情報を漏らすことなく拾い上げるという心身への負担が凄まじい作業を終えたエイダが帰宅した頃には、夜はとっくに更けていた。
ベッドに飛び込んで、長い吐息を漏らす。
(いつもは「業務外の仕事は~」とか言うくせに、めっちゃ残業するじゃん……)
比較的気候の穏やかな聖帝国セスティリアの大半の都市では、住宅に空気が出入りするための開口部が天井近くの壁に設けられている。その通気口から涼しい風がゆるゆると流れ込んでエイダを撫でていく。
エイダの目線の先にデスクがある。
デスクの上に
身を起こしてデスクの椅子に腰を下ろす。
午後にバヒーラから投げかけられた言葉が脳裏をよぎった。
『レヴィにはウソは通用しないから、エイダちゃんも気をつけるんだよー』
(バヒーラさん、なんであんなことを私に……)
置物の頭を人差し指で撫でようとして、その手を引っ込めた。
(落ち着くまではやめておこう……)
エイダの耳朶に記憶の泉の底から声が湧き上がる。
『レヴィ・エーベルハルトに近づけ。取り入れ。奴の全てを暴くんだ』
エイダは腕の中に突っ伏して、深いため息をついた。
つづく
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