4 人前だと余計に上司を注意できない

 ラーツォが冒険者認定協会に出禁を食らい、レヴィたちには平穏が訪れた。


 ……とは言えなかった。


 翌日にエイダが冒険者認定協会に出勤した頃には、すでに戦争被害者の会を名乗る一団が白亜の建物に向かって数々のボードを掲げてデモを敢行していたのだ。


 カリアナトムの東門で保安局の警備隊に協会の裏口へのルートを案内されたエイダは怖いもの見たさで正面口のデモ隊の姿を確認した。


「戦争被害者に希望を!」

「ドレアビルスの戦後補償切り捨てを黙認するなー!」

「ウォズライ・クレークを冒険者に!」


 エイダは頭を抱えた。


 一次試験通過者が発表されてからというもの、クレークと戦後補償問題の相性が噛み合ってしまったのか、多くの耳目を集めることになっていた。


 聖帝国セスティリアは、ドレアビルスの戦後補償の変更に対して、国としての反対意見を示してこなかった。それが民衆に火をつけていたのだが、ここに至ってまたその火が再燃してしまった感がある。


 エイダはデモ隊に見つからないように身を屈めて裏口に戻り、レヴィの執務室を目指した。



「レヴィさん、大事おおごとになっちゃってますよ、今度の面接試験」


 レヴィの眼鏡が光を放つ。


「君は冒険者認定試験が大事ではないと思っていたのか?」


(この人はずっと不機嫌モードだし……。いや、いつも通りなのか? もう分かんないや……)


「いえ、すみません、そういうことじゃないんですけど、表にデモ隊が……」


「彼らはすべての事柄を自分の主張に結びつける。一つ一つの言葉に耳を傾ける必要はない」


「暴動に発展しなければいいですけど……」


「それは彼らの選択であって、我々の範疇ではない。外圧に屈して冒険者の認定基準をずらすのは、冒険者認定官としての核を持たない」


「それはそうなんですけどね……」


 レヴィの眼差しが強くなるほど、エイダの不安は増すのであった。



~*~*~*~



「君にとっては初めての定期冒険者認定試験だが、遠征試験に続いてトラブル続きだな」


 レヴィの気だるそうな視線。彼の声が広い部屋に響いている。


(私のせいみたいじゃん……)


 面接試験が開始し、レヴィによる厳しい審査の眼はより壮絶さを増しているようにエイダには感じられた。これまで四人の面接が終わって、レヴィはいずれの受験者へもその意志をへし折るような言葉を浴びせていた。


 さっき去って行った受験者に至っては、もはや最後の方は不毛な言い争いに発展する始末だった。


(圧迫面接っていうか、子供の喧嘩だったな……)


 ため息をつくエイダの隣で、レヴィが熱心に書類に目を通している。


(そうだ、最後の面接は……クレークさんだ)


 不要な因縁がついてしまった相手への面接だ。



 クレークが面接の行われる部屋にやってくる。精悍な顔つきはそのままに、その表情は緊張で強張っていた。ラーツォに連れられて執務室にやって来た日とは違って、顔の右半分を隠す薄い布は身につけていない。見る者にやけどの痕が強烈な印象を与える。


 レヴィたちのつくテーブルの体面に一脚だけ置かれた椅子のそばにクレークが立つ。


「名前を」


「ウォズライ・クレークです」


 座るように促され、クレークは椅子に浅く腰掛けた。


 空気が張り詰める音がするようだった。


「ドレアビルスとの戦禍に巻き込まれたようだが」


 クレークは自身の顔にそっと触れる。


「ええ。ですが、傷自体はほとんど治っていて、冒険者としての活動に支障はきたさないかと思います」


「冒険者の中にも身体的な障害を持った者もいる。その点での心配はしていない」


「よかったです……」


 ホッとした表情で、胸元の木彫りのペンダントヘッドを指先で摘まむ。


(新聞の写真にもあのペンダントが……。よっぽど大切なものなのか)


 エイダが目を細めている間に、隣ではレヴィが審判の目を光らせていた。


「君の故郷センペラータは戦禍により荒廃した。どのようにして生き永らえた?」


 自らの過去を疑うようなレヴィの質問にもクレークは実に真摯に答えを返す。


「私の故郷は地獄そのものでした。人の肉と血と脂肪が焼けるにおいが鼻の奥にこびりついて、そこかしこに転がる死体や何のものか知れない死肉が、私の生死の境界を曖昧にしていました。瓦礫の下で私は目覚めました。痛みの限界を超えて、私の身体はただ冷たく、空虚でした」


 それからクレークは死んだ者たちから服を剥ぎ取り作った不衛生極まりない包帯でやけどをした部分を覆ったのだという。


「爛れた皮膚は熱を持ち、私は死を覚悟した夜をいくつも過ごしました。あの頃の私はまだ未熟で、誰に助けを求めればいいのか、そもそも助けを求めることがまわりで苦しんでいる同胞たちを裏切ることになるのではないかと考えていました。水も満足にありつけず死体が使っていた泥水を啜り、草の根を食べて飢えを凌ぎました。そんな日々の中、周辺都市からの救援がやって来てくれたのです」


「家族は?」


「悪魔は突然、私の故郷にやってきました。ドレアビルスの兵士たちです。両親は私と弟を逃がすために囮になって……」


「弟は?」


 むごたらしい過去について、レヴィは眉一つ動かさずに質問を重ねる。


(この人、感情を二つか三つ落っことしてるとしか思えないんだよなぁ……)


「悪魔たちは村に油を撒き火を放ちました。私と弟は民家の何度の中に隠れていたんですが、火の回りが早く、逃げ出して外に出れば悪魔たちに見つかって殺される……。究極の選択を迫られ、私は何度の中に留まることにしました。そのせいで、弟は死に、私もこのようにやけどを……」


 そう語ったクレークは服をはだけさせ首筋から肩にかけての爛れた部分を見せた。痛々しく歪み、変色した肌が過去を今にする。


「もう大丈夫ですよ」


 エイダが思わず声をかける。つらい過去と改めて直面させるには忍びないと思ったのだ。


 服を正すクレークにレヴィが問いかける。


「その木彫りのペンダントはご両親から譲り受けたものか」


「ええ、そうです。幼い頃に父が手彫りしたものを御守りだと言って贈ってくれたのです」


「ご両親はどこの出身だ?」


「生まれも育ちもセンペラータです」


 愛おしそうに胸元に視線を落とす彼の様子に、エイダはその強い思いを想像せずにいられなかった。


(きっと唯一の心の拠り所だったんだな)


 木彫りで象られているのは、セスティリアの西に広がる森林地帯に棲む精霊ヤァの姿だ。苔で覆われた土の塊に二つの円らな瞳がついた姿で、森に入るものを見つめているという。西方で信仰の対象にもなっている。


「周辺都市からの救援が来てからは?」


 レヴィは淡々と質問を投げていた。


「戦時治癒院で数か月治療を受けました。その後は、戦争終結と共に戦時治癒院が解散するということで、身寄りも金もない私は再び路頭に迷うことになりました。しかし、このやけど痕を隠すために包帯を巻いていたことで亜人と疑われ、ろくに仕事にもありつけませんでした。その日その日を食い繋ぐのに精いっぱいで……。色々な街を転々としては、居場所を追われる日々でした」


 クレークはいくつもの街の名前を挙げる。


(帰るべき場所もなく、長い距離を逃げるように生活の場を移してきたのか……)


 想像するしかない冷たい日々にエイダは同情を禁じえなかった。


 しかし、クレークは胸の中に溜まった膿を吐き出すように滔々と語り続ける。


「そんな日々が何年も続いて、私はラドラゴの養護院に拾われることになりました」


 ラドラゴは彼の故郷センペラータからは魔法車でも一週間ほどを要する距離にある町だ。


「そこで初めて戦後補償のことを知り、申請することでようやくまとまったお金を得ることができたのです。それからは、自然と身についたサバイバル技術を買われて冒険者のパーティーに参加するなどして金を稼ぐことはできたのですが、やはり、亜人に疑われることが多く、パーティーに置き去りにされたり、体よく利用されて捨てられたりと散々な目に遭ってきました」


「冒険者に同行した実績があるのか」


「はい! 地理に明るい場所での案内などでパーティーに雇われていました」


 冒険者にはランクがあり、そのランクに応じて規定の人数以内なら危険地帯などでの活動に冒険者の資格のない者を同行させることができる。もちろん、そこには同行者たちへの監督責任が生じる。


(パーティーに組まれたという実績は冒険者の認定では有利に働く……。あの記者のことがあったけど、クレークさんは有能な人材かもしれない)


 エイダはクレークへの評価の高まりを感じていた。だが、レヴィは神経質そうに質問を投げかけた。


「君の過去からは冒険者や自分を虐げてきた人々に対する憤りが芽生えていてもおかしくはない。なぜ冒険者になろうと?」


「ラドラゴは今、危険地帯に指定されています。私を救ってくれた町を解放するためにも──」


(そのことは新聞のインタビューでも話していたっけ)


 クレークが言い終わらないうちにレヴィは鋭く切り込む。


「危険地帯の解放なら冒険者認定協会に解放遠征の要望を出せば済むはずで、君がわざわざ冒険者になるのを待つ必要はない」


(なんで「どうして冒険者を志望してるんですか?」って真っ直ぐに聞けないかなぁ……)


 頭を抱えたくなるのをなんとか堪えるエイダだったが、クレークにとっては特に気に留めることではなかったらしい。すぐに答える。


「やはり、それは冒険者のパーティーとして行動を共にしてきたことが大きいです。冒険者には危険はつきものですが、多くの人の生活を豊かにするものです。危険地帯での脅威の排除だけでなく、物資運送の護衛、不可解な出来事の調査、遺跡から発掘された遺物の情報収集など、携わってきた仕事で人に感謝されないことはありませんでした。彼らの幸せに自分が貢献しているのだという事実は、地獄のような日々を過ごしてきた私の心を救ってくれたのです」





つづく

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