3 たまに上司の人間性が分からなくなる
エイダの不安は外れることになる。
翌日の冒険者認定試験の学科・実技はつつがなく執り行われ、協会スタッフによる採点が始まった。試験中のラーツォは実に大人しく、エイダはホッと胸を撫で下ろすのだった。
今回の定期試験には、三十一名の応募があった。
「受験料七千エーレフ……合計で二十一万七千エーレフ。協会にとっては出費がかさむのではございませんか?」
一次試験が終わり、レヴィの執務室にやって来たラーツォはあの詮索するような笑みでレヴィに質問をした。
「冒険者認定試験は利益のために行っているのではない。それに地方都市からの受験者にとっては、割高に感じることもあるだろう」
受験料は試験が開催される都市の平均月収の1.3%と定められている。
「協会は遺跡や遺物の発掘から得られた古代の叡智から利益の大部分を得ていると言われていますね。一部では、それが古代の叡智の独占だとする声も上がっているようですが」
エイダは薄々気づいていた。ラーツォはジャーナリストだ。他人の言葉としているが、彼女自身も既得権益に切り込みたいという思いがあるのだろう。
(レヴィさん、変なこと言わないでくれよ……)
祈りを上げるエイダを横目に、レヴィはサラリと答える。
「私の業務外のことはよく知らない」
(自分の仕事以外に興味ない人で良かった~~! …………いや、上司としてそれってどうなんだ?)
混乱するエイダの耳にドアをノックする音が聞こえる。反射で彼女が返事をすると、協会のスタッフが顔を覗かせた。
「採点作業が完了しました」
レヴィは手を挙げて応えると立ち上がった。
「二次試験に向けての準備が始まる。ここから先は機密情報扱いとなる」
退出を余儀なくされたラーツォも立ち上がって、レヴィの机の置時計に目をやって微笑んで見せる。
「スピード感がありますね。それでは、今日はここでお暇させて頂きます」
颯爽と部屋を出て行くその後ろ姿に、エイダは得体のしれない末恐ろしさを覚えた。
「ふむ……」
スタッフから書類を受け取っていたレヴィから声が漏れる。
「どうしたんですか?」
「君もその二次試験通過者リストを見るといい」
エイダはスタッフから手渡された書類に目を落として、思わず「げっ」と顔をしかめる。
数人の通過者リストの中にウォズライ・クレークの名が記されているのだ。
~*~*~*~
翌日、二次試験通過者の発表が行われた。
定期冒険者認定試験では、二次試験である面接は通過者の発表から一週間後に実施される。
レヴィの執務室では、今回の学科試験の結果を受けての分析が行われていた。
「やはり、過去に出題された問題に対する正答率が高い。これでは、試験が形骸化してしまう」
レヴィが難しそうにそうこぼす。
「過去に出題された問題を収集して書物として販売している者もいますよ」
と横合いからラーツォ。
(この女、ナチュラルにこっちの会話に入って来るようになったな……)
エイダがひそかに彼女を睨みつける。
「私はかねてから同一問題の出題について異を唱えてきた。これでは、冒険者としての素質ではなく、ただ点数を稼ぐための記憶術を磨けばいいということになってしまう。それは冒険者認定試験の理念と真っ向から食い違う」
「ほ、ホントにそうですよね!」
記者に先を越されないようにエイダが慌てて相槌を打つと、今度はラーツォが口を開く。
「その問題集にも、虚偽の内容が含まれているという情報もございますし、利益を見込んで出版ギルド化しているという噂もチラホラと……。そういったところに規制をかけるのも時間の問題でしょうか?」
「その線を検討することになるかもしれない」
(なんで私が蚊帳の外みたいになってんの……)
エイダは悔しまぎれにラーツォを一瞥する。ふと彼女と目があって、エイダは顔が熱くなる。
ラーツォは勝ち誇ったような顔をして立ち上がる。
「別件の予定がございますので、今日は早めに切り上げさせて頂きます。それでは」
いつものように素早く部屋を出て行くラーツォをエイダはじっと見送った。
「何か言いたそうだな」
レヴィにそう声をかけられて、エイダは曖昧にお茶を濁す。
「いえ、特に何も……」
(この人、こっちの不満を知っててやってるよな、絶対……)
~*~*~*~
面接試験まであと三日。
その日は空に厚い雲が垂れこめ、薄暗い日だった。
執務室には
レヴィの執務室にノックの音が響く。
エイダは返事をしながら、ここ数日姿を見せていなかったラーツォのことを思い出していた。
「お久しぶりでございます」
(げっ……)
噂をすれば影。顔を見せたのはまさにエイダの脳裏に浮かんだそれだった。
だが、数日前と違うのは、後ろにフード付きのローブに身を包んだ人物を従えているところだった。
「何か用か?」
来客に対してとは思えない一言を飛ばすレヴィに、ラーツォはいつもと変わらない笑顔を返す。
「今日はお話して頂きたい方をお連れしました」
彼女は野心に満ちた表情でそばの人物の被っていたフードを取り去った。
顔を現したのは、日に焼けた精悍な男──ウォズライ・クレークだ。顔の右半分には薄い布を眼帯のようにして巻きつけている。
「クレークさん?!」
エイダは思わず立ち上がった。そして、レヴィに顔を向ける。
冒険者選定法によれば、冒険者認定試験の期間中、受験者はその試験の合否決定権を持つ冒険者認定官との接触が禁じられている。レヴィはそのことを簡潔に説明して、ラーツォを睨みつける。
「彼の未来を捻り潰すつもりか?」
「いえいえ、滅相もないことでございます。聞けば、合否に関わる強要や脅迫を防ぐことがその条文の基本理念なはず。私はあくまで一人の受験者に焦点を当てたインタビューを行いたいだけなのでございますよ」
その胸を張った言葉に、エイダは気後れしてしまう。
(
レヴィは真っ直ぐと自分を見つめているクレークに目を向ける。
「君はそのことを承知しているのか?」
「私は……取材の協力を……」
クレークは戸惑っているようだった。
(うまく言いくるめられたんだな)
レヴィが執務机の側面についているボタンを押し込んでいるのがエイダの席から見える。そのボタンは部下の冒険者認定官たちの働くオフィスに合図を送るようになっている。
「お引き取り願おう」
「待ってください! 私には人生を賭けたクレークさんの軌跡を記録して発信する使命があるのです!」
「冒険者認定試験は君の筋書きを披露する舞台ではない」
「記者としてお聞きします! レヴィさん、あなたは多くの希望を踏み躙ってきた! その結果が冒険者不足の一端を担っているという自覚はおありですか!」
ものすごい剣幕でラーツォが張り上げる声が部屋を震わせる。
「本音が出たな」
レヴィが冷たい微笑を手向けると、ラーツォは駆けつけた協会の人間たちに連れ去られていく。一緒に退室を促されるクレークは不安に満ちた表情を浮かべている。
「私は失格になるんでしょうか……!」
「今回は不問にするが、記者とつるむのは感心しないな」
レヴィは眼鏡をクイッとやって見送ると、クレークは礼を言いながら去って行った。
静かになった執務室の中で、エイダはげっそりと椅子に腰を下ろす。
(うちの上司、なんか社会悪になりかけてない……?)
つづく
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