EP3 虚空の証明、鋼鉄の意志
1 上司のせいで自分まで嫌な奴だとは思われたくない
「ええと、すいません、もう一回言ってもらってもいいですか?」
レヴィの執務室にエイダの声が漂う。
レヴィ・エーベルハルト──特級冒険者認定官でエイダの上司は、気怠そうに息をついた。眼鏡の奥の神経質そうな目がエイダを捉えている。
「二度手間だ」
「私の耳が正しければ、レヴィさんに取材が入ると?」
レヴィはエイダをじろりと睨みつける。
「聞こえていたんじゃないか」
「自分の耳を疑ったんですよ」
「では、今まで聞こえてきた音の全てに裏づけを取って生きてきたのか?」
「あくまでもののたとえですから……」
(機嫌悪いな、この人……)
エイダは改めて自分の上司を見つめる。
端正な顔立ちはかなり若く見られることが多いが、エイダは彼の年齢をよく知らない。
年齢を訪ねたことはあった。だが、
『私の年齢を聞くことに何の意味がある? 能力も経験も知識も財力も、どれも年齢とは切り離された事象だろう。魔族の中には数千年を生きる者もいる。彼らが必ず愚かでないと誰に言いきれるんだ?』
という七面倒臭い回答が返ってきて以来、エイダはレヴィの年齢を気にすることをやめたのだ。
一見して際立つ風貌だ。
華奢な身体に白く小さな顔。その髪は右側が煌めくような銀髪で左に向かうにつれてダークブランにグラデーションしている。常に眼鏡をかけているが、その奥の灰色の瞳は鋭く、近寄りがたい雰囲気を纏う。
濃紺の制服に身を包んだレヴィは執務机の向こうで肩を落としている。
「ええと、どうして取材拒否しなかったんですか?」
エイダは当然の疑問を発する。
レヴィは業務外の仕事を忌み嫌っているのだから。
「私のあずかり知らないところで決まっていたらしい。おおかた、あのバックマン部局長がヘラヘラと私の身を差し出したのだろう。このところ、認定部局の知名度向上に躍起になっていたようだからな」
「鋼鉄の
「何度も言っているが、私は鋼鉄でできているのではない」
(いい加減、そういうことじゃないって気づかないのかね、この人)
エイダの心のボヤキをよそに、レヴィは表情に力を込めた。
「とにかく、決まってしまったものは仕方がない。私に関する質問は君が答えればいいだろう」
「なんでそうなるんですか。私はレヴィさんのこと大して知らないですよ。というか、次の定期冒険者認定試験が二日後にあるのに、取材なんて受けて大丈夫なんですか?」
「記者が一人、我々の活動に密着するらしい。邪魔をするなと先方に釘を刺したら、いつも通りの仕事をしていればいいと返答があった」
(「邪魔をするな」ってめっちゃ喧嘩腰じゃん……)
レヴィは机の上の置時計を一瞥する。
「そろそろ来るはずだ」
「えっ! もうですか?!」
(この人、いつも全部が急なんだよなぁ……)
~*~*~*~
「グラバランのラーツォ・ナーズでございます。このたびは取材を快諾して頂き感謝いたします」
慇懃に頭を下げるのは、ボブカットの女性記者だ。丸眼鏡をギラつかせ、不敵な笑みを浮かべている。目や耳を飾るような特殊な化粧が目を引く。
グラバランは世界最古の報道ギルドである。
ラーツォの挨拶を丸ごと無視して、レヴィはエイダに顔を向ける。
「試験当日はギルドを装った危険分子が紛れ込む可能性もある。ここでバカな真似をする者はいないだろうが、警戒は怠るな。まあ、君は身をもって体験しているから忠告の必要はないだろうが」
「え、ええと……、は、はあ……」
公然と行われる無視を目の当たりにしてしどろもどろの反応を示すエイダに、ラーツォは笑いかける。
「お構いなく。いつも通りにどうぞ」
ラーツォはにこやかな表情でレヴィに言う。
「まさに、鋼鉄の
レヴィがラーツォへ鋭い視線を送る。
「私は鋼鉄でできているのではない」
眼差しを正面に受けたラーツォはサッと手を伸ばして、手のひらに載せた半球状の魔法デバイスを即座に起動させた。表面に光が走る。
「良い一枚が撮れました」
ニヤリとするしたたかなラーツォだが、レヴィは興味深そうな目を彼女の手のひらへ向ける。
「南方の都市イステバリスの魔法デバイスギルド・ルヒラントの写真機か。帝都に店がないから取り寄せるには数か月かかると言われている」
「お詳しい。こちらは最新モデルでございます」
そう言ってラーツォは数枚の写真を撮った。レヴィは書類をまとめながら、厳しい表情を見せた。
「撮影したものは協会側で精査する。機密情報を拡散されては困るからな」
「ええ、存じておりますよ」
レヴィはエイダに目配せして立ち上がる。すかさずラーツォが問いかけた。
「これからどちらへ?」
「二日後の試験について、各スタッフからの報告を受ける」
歩き出す二人の後を追いながら、ラーツォはメモ帳を片手に質問を飛ばす。
「エーベルハルトさんの認定率はおよそ0.02%と、全ての認定官の中で最も低い数値になっておりますが、この現状についてはどうお考えでしょうか?」
エイダは直球すぎるラーツォを一瞥した。
(この記者、いきなり突っ込んでくるなぁ……。っていうか、レヴィさんの認定率、下手したら他の認定官より二桁くらい差があるのか……)
レヴィは歩きながら記者を振り返ることもせずに淡々と答える。
「数値は真実そのものではない。我々冒険者認定官にとって最も重要な事柄は、いかに冒険者に相応しい人間を選び取るかということだ」
「一部からは冒険者の人材不足についての懸念の声も出ておりますが、どうでしょうか?」
会議室の前に辿り着いたレヴィはラーツォを振り返った。
「質の低い冒険者を輩出すれば、本来失われるはずのない命が失われる。それが人材不足に繋がっているんだ。昨今、生半可な覚悟で冒険者を志望する者が増えている。冒険者とは、自分の周囲の人間を不幸にするものだという認識がないからだ。私はそういう者たちを振るい落としているに過ぎない」
レヴィはドアノブを握る。
(冒険者は周囲を不幸に……。前もそんなこと言ってたよな)
エイダが記憶を手繰ろうとする横で一緒に会議室に入ろうとするラーツォをレヴィが手で制する。
「保安上の理由から、部外者を入れるわけにはいかない」
~*~*~*~
「その眼鏡、どこのギルドのものなんですか? いつもかけてらっしゃいますよね?」
一日の業務を終え、帰路につくレヴィにラーツォが付き従っている。
「この取材はいつまで続くんだ?」
「読者の中には、エーベルハルトさんの動向や考え方、プライベートや趣味嗜好について知りたいと感じている方も大勢いらっしゃいます。その方たちに報いることが記者の仕事でございます」
ニコニコとした表情でグイグイと迫るラーツォはレヴィの眼鏡に手を伸ばした。
「見たことのない商品でございますね──」
「触るな」
レヴィがラーツォの手を払いのけるが、彼女は悪びれる様子もない。
「髪の毛は? 染めていらっしゃるのですか? どこの美容院で?」
レヴィはため息をついた。
「染めたことはない。眼鏡は私が自作したものだ。そして、プライベートに関する回答は新聞などへの掲載を拒否する」
「そうでしたか、残念でございます。現在は、ご家族とは離れてお住まいとのことですが、同居されているようなパートナーはいらっしゃいますか?」
レヴィは質問を無視して歩くスピードを速める。だが、それもラーツォは意に介さない。
「エーベルハルトさんはバイツの出身でございますよね? ここからはかなり遠方ですが、なぜノルヴィアへ?」
「質問が多いな」
「それが記者の仕事でございますから」
「仕事熱心なのは感心なことだ」
牽制するような瞳を向けたレヴィの足が止まる。レヴィの自宅前だった。
「では、失礼する」
「ご苦労様でございました」
家に入ったレヴィはすぐに窓のブラインドを下げた。
塀の向こうでは、ラーツォが写真機を構えているのだ。
ブラインドの隙間から執拗な記者を見やってレヴィは眼鏡をクイッとやって独り言つ。
「
つづく
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