4 ちょっとした不穏な空気

「それで、今日は何の用なんだい? ぼくの恥ずかしいところを見学しに来たわけじゃないよね?」


 どうやらさきほどのことをかなり気にしているらしいリシュロットが質問を投げる。


「ええと、実は、レヴィさんの提案でテュラトス周辺の鉱山地帯への解放遠征の打診を……」


 エイダはテュラトス方面の鉱山を巡る情勢について簡単に要約して、解放遠征を要する理由を伝えた。


「ああ、そうだったね、確か」


 リシュロットがにこやかにうなずく。


「“確か”……?」


「いや、なんでもないよ。それにしても、あのレヴィが解放遠征の打診をしてくるなんて珍しいことがあるもんだね」


「レヴィさん、業務外の仕事が嫌だって言ってますけど、案外色んなケアをしてると思いますよ」


「ホントか~? あいつが補佐官だった時、なんだかんだで資料作りとか全部ぼくがやらされてたぞ」


(ホントに何してんの、あの人……! 自分の上司に仕事押しつけるってやばすぎでしょ……)


「でもねえ」


 リシュロットは懐かしそうに目を細める。


「冒険者の認定に関しては、誰よりも情熱があったね。天職だよ、あれは」


 空気を一変させるようなリシュロットの声色に、エイダは思わず息を飲んでしまう。


「あいつが鋼鉄の冒険者認定官オーソライザーと呼ばれるのは、それだけ強い意志を持っているということなんだよ。色々なしがらみがある中でそれを貫き通すなんて、行動で示せる奴なんて滅多にいないぜ」


「そ、そうですね……」


「でも、あいつの寝坊ぐせには泣かされたね。いつもぼくがモーニングコールしてたからね」


(上司にも目覚まし係やらせてたーーー?!)



 解放遠征の打診は無事に済んだ。


「提案は受け取るけど、色んな大人の事情があるから実施するかは分かんないよ」


「そうですよね」


 解放遠征には巨額の予算が必要になる。さらには、解放遠征の対象地域への影響も考慮して、長期間の調査も行われるのが普通だ。


「まあ、それが色んな反発を生んでるんだけどね……」


 リシュロットは悲しそうに声を漏らす。第一評定官にしか分からない苦労があるのだろう。


 エイダは立ち上がって頭を下げた。


「お忙しいところありがとうございました。魔法の開発の成功をお祈りしています」


「いや、あれは忘れてくれていいんだよ。っていうか、もう忘れて、恥ずかしいからさ」


「どんな魔法を開発しようとしていたんですか?」


「触れると自爆する怖いおじさんの形をした石像をいっぱい生み出す魔法だよ」


「いつ使うんですか……」


「魔法はね、ロマンだよ。派手であればあるほど素晴らしいんだよ」


(この人、目がいっちゃってるよ……)


 エイダは思い出す。レヴィは魔法についてこう言っていた。


 ──魔法といって派手なものを見せびらかすのは、魔法を理解していない人間のやることだ。


(レヴィさんって、この人を反面教師にして今があるんじゃ……)



~*~*~*~



 エイダが部屋を出て行くと、リシュロットは制服のポケットからスペアのボタンを取り出した。冒険者認定協会の刻印の入った白銀の飾りボタンだ。


 それを机の上に置いて、右手をかざすとバングルに嵌められた群青石が光を放つ。


 白銀の飾りボタンが微かに振動した。


『首尾はどうですか?』


 飾りボタンから声が聞こえる。声の主は……。


「うん、口を滑らしかけた」


 ため息が返ってくる。


『何をしているんですか。あなたに頼むんじゃなかった』


「いや、聞いてくれよ、レヴィ。魔法を考えているところを見られたんだよ。それで焦っちゃってさ……」


『あのバカげた作業はさっさとやめて頂きたい。第一評定官としての品格が下がります』


「いや、これでもフレンドリーな上司としてわりと人気あるんだよ、ぼく」


『人気の話はしていません。それで、どうですか、彼女は?』


「魔法具を隠し持っている風ではなかったけど、まだ何とも言えないねえ。本当に彼女が……? 人の良さそうな子じゃん」


『雰囲気で人を判断しないで頂きたい。彼女が魔法デバイスを頻繁に使用していることは残留魔力から明らかなんですから』


「お前のことだから信用できるけどさ、残留魔力なんてお前にしか分からないんだぜ。証拠にならないんだよ」


『だからそれ以外の物的証拠を探しているんです。バヒーラからは?』


「うん、お前の執務室を調べたけど、何もなかったとさ」


『そうですか……』


「このために体調が悪い振りしなくてもさ……」


『体調が悪いのは事実です。この機会を利用したまでですよ』


「ありゃ、そうだったのかよ。自分さえも利用するのは相変わらずじゃないか。それはそれとして、お前の“眼”……、症状が進行してるんじゃないか? あまり力を──」


 飾りボタンは返答しない。レヴィが魔法通話テレローグを強制的に切断したようだ。


 独り残されたリシュロットは窓の外へ遠い目を向けた。


(お前ってやつは……)



~*~*~*~



 執務室に戻ってきたエイダは、ぐでーっと自分の机に突っ伏した。


(なんか疲れたな……)


 まだ一日の半分が終わったばかりだ。エイダには冒険者認定試験の新しい問題の草案に必要な情報収集が山のように残されている。


 腕を枕にしてレヴィの机に顔を向ける。


(だいたい、休むっていうメモを残すなら、ドアじゃなくて、私の机に……)


 エイダは身を起こす。


(私が朝ここに来た時、ドアにはメモなんて貼りつけられていなかった。でも、姐さん、っていうか、バヒーラさんがメモを見つけて……。あのメモはいつドアに貼られたの?)


 記憶を辿る。


(私がここに来てからバヒーラさんが現れるまではわずかな時間しかなかった。その間にレヴィさんが……?)


 しかし、エイダの見た限り、レヴィは確かに体調を崩していた。


(考えられるのは、メモはドアに貼られていたのではなく、バヒーラさんが持ってきたという可能性……。でも、どうして彼女は『ドアに貼ってあった』とウソを?)


 エイダはハッとして、自分の机の引き出しを全て開け放った。だが、何か異状を発見することはできなかった。


(私がこの部屋を空けている時に何かを調べられたかもしれない……)


 エイダの背中に悪寒が走る。


(もしかして、私がレヴィさんを調べてること、バレてる……?)





EP2 おわり

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