3 上司の上司って、それもう赤の他人じゃん

 カリアナトムの冒険者認定協会に戻るまでの間、エイダは気が気でなかった。


(レヴィさんの元上司……絶対やばい人じゃん)


 エイダの頭の中にはレヴィをさらに濃く煮詰めたような自尊心と頑固さを持った男の姿が描き出されていた。


(用件だけ伝えたら速攻でお暇しよう……)


 レヴィの自宅に圧倒されていたエイダの興奮が街を歩くにつれて徐々に冷めていく。


(それにしても、食糧庫もあるんだから魔力素の多いものなんていくらでもありそうだったのに、なんで甘い物買ってこさせたんだろう? 解放遠征の打診の話だって魔法通話テレローグでできたでしょ。……レヴィさんにしては無駄が多いよな)


 答えのない疑問を反芻して、結局、何の考えも導き出せずに、エイダは冒険者認定協会の建物の前に辿り着いていた。


(体調が悪くて効率が落ちたのかもしれないな)


 自分を納得させて、エイダはひとまずレヴィの執務室へ足を運んだ。



(うわ、やっぱり世界評定部局のトップじゃん……)


 改めて冒険者認定協会の組織図を確認してエイダは尻込みしてしまう。


 冒険者認定協会は各部局がそれぞれ独立した組織のようになっていて、それらが最高意思決定機関である「銀翼会議」によって束ねられるという変わった構造をしている。だから、各部局のトップが必ずしも「部局長」と呼ばれているわけではない。


 世界評定部局では、第一評定官が長なのだ。


 認定部局の長、ネザレヤ・バックマンとは顔を合わせる機会の多いエイダだが、レヴィの補佐官になってから他の部局との交流はまだなかった。


(それでいきなりおつかいに出されるのか……)


 獅子は我が子を千尋の谷底に突き落として這い上がって来る強いものを育てるというが、今のエイダにはレヴィが獣のように思えた。



~*~*~*~



 世界評定部局は認定部局のあるフロアの二階上にある。


 ここでは、複数いる第一評定官のみに個別の執務室が与えられているようだった。広いオフィスの向こうに個室の執務室が見える。


 エイダはデスクの列を足早に通り抜けてリシュロットの執務室に辿り着いた。


 ドアがわずかに開いていて、中から声が聞こえる。


「……闇の淵より出でし──! 違うな。……闇の渦より──! 渦はさすがにアレだな……」


 話し相手はいない雰囲気だった。


(なんの話をしてるの……?)


 ドアの隙間から中を覗く。


 しっかりめのおじさんがなにやら格好をつけた意味深なポーズをトライアンドエラーしている。その視線が偶然、隙間から覗いていたエイダの瞳にぶつかる。


「ぎゃっ!」


 部屋の中から腰を抜かした大人の叫び声がした。



~*~*~*~



 評定官には冒険者認定協会の刻印の入った白銀の方位磁石コンパスが与えられる。コンパスには長い鎖がつけられており、評定官の白を基調とした制服もその鎖を見せられるよう、方位磁石コンパスを入れるための胸ポケットと鎖を留めるための金具が取り付けられている。


 濃紺の制服を採用している認定部局とはかなり見栄えの違いがある。


 ラダアト・リシュロットは、ロマンスグレーの髪をオールバックにして、理知的な瞳の輝きが印象的な男だ。がっしりとした肩は力強さを感じさせたし、手首には、おそらく魔法具だろう、細かい意匠が彫り込まれた白銀のバングルが覗いており、格式の高さを窺わせる。


 のだが……。


「飴ちゃんあげるからさ、さっきのは見なかったことにしようぜ、エイダちゃんよ」


 真面目な顔でアホみたいなお願いをしてくるリシュロットにエイダはどう反応すればいいか分からなかった。


 エイダはリシュロットの執務机の向かい側の椅子に座らされており、腰を動かして居住まいを正した。


「新しい魔法を考えてたんだよ~。ほら、見栄えって大事だろ? こうやってさ、カッコいいポーズしながら詠唱したらまわりの奴らが『おっ!』って思うわけだよ」


 腕を捻り上げるようなポーズを取ったリシュロットは脇腹を押さえて苦悶の声を漏らした。


「つった! 脇腹つった! いってぇ~!」


 エイダの目から熱が奪われていく。


(なんだ、このおっさんは……)


 冷たい視線に気づいたのか、リシュロットはサッと背筋を伸ばして咳払いをする。低音ボイスとにこやかな紳士的スマイルで口を開く。


「今日はよく来てくれたね」


(いやいや、いまさら無理でしょ、そのテンションは……)


「君はレヴィの補佐官だよね。話は聞いてるよ」


(強引に話進めたよ、この人……)


 エイダはリシュロットへの不信感を募らせながらも彼に応じる。


「リシュロットさんはレヴィさんの元上司だったんですよね?」


「そうだよ。今のレヴィがあるのは全部ぼくのおかげと言っても過言ではないよ。こう言うとあいつにめっちゃ怒られるからここだけの秘密ね」


 唇に人差し指を当ててウィンクをするリシュロットに、エイダは引きつった作り笑いを返す。


「今のあいつの振る舞いなんかもぼくを参考にしてるんじゃないかな」


(真逆だよ。まさか反動でああなっちゃったんじゃないの……?)


「言っておくけど、あいつに魔法を教えたのはぼくなんだぜ」


 ニヤニヤしながら、リシュロットは自らの魔道士バッジを見せびらかす。


「ああ、そうですか……」


 呆れて受け流そうとしたエイダの目が見開かれる。


「そのバッジは……、は、白日の魔道士?!」


 思わず立ち上がってしまう。


 白日の魔道士は最上位の魔道士に与えられる称号だ。世界にはまだその称号を手にした魔道士は数少ない。


「へっへっへ、その通り」


 自慢げにバッジを手のひらの上でポンポンと投げていたリシュロットはバッジを取り落としてしまう。


「ああっ、バッジがどっか行った!」


 エイダは自分の足元に転がってきた白日の魔道士のバッジを指で摘まみ上げて狼狽えるリシュロットの手のひらにそっと戻してやった。


(こんな形であのバッジに触れたくなかったんですけど……)


「それでさっきは新しい魔法の開発をしてたんですね」


「エイダちゃん、顔に似合わずぼくの傷をえぐってくるじゃん……。まさかレヴィの教えなのか……? あいつめ、いたいけな女性を……」


(うちの上司、どういう風に見られてるんだよ……)





つづく

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