12 絶対許せないんだけど、まあいいか

 悪党どもは駆けつけたテュラトスの保安局に連行されていった。


 爆炎魔法フラグマーを受けた首謀者と数人の男以外は無傷で、保安局の人間たちは驚きの声を上げていた。


「サファスの方ばかりを警戒していて、君が襲われることを想定していなかった。まさか、ホテルに侵入するとは……私の落ち度だ」


 テュラトスからやって来た冒険者認定協会の魔法車に乗って街へ向かう車中で、レヴィは暗い声を落とした。


 だが、エイダにとっての関心事はもはやそこにはなかった。


「“君”って誰ですか?」


「エイダくんだ。もう覚えた」


「いや、おかしいと思ってたんですよね。着任してからこっち、ずっと君って呼ばれてて……。ただの気取ってる人かと思ったら、シンプルに憶えてなかったとは……」


「だから、それはすまないと謝っているだろう」


「サファスさんの名前は憶えているけど、補佐官の名前は憶えてくれていなかったんですね」


「私の補佐官だからすぐ消えると思って君のことを大して気にも留めていなかったのだ」


「めちゃめちゃひどいこと言ってるの分かってますか?!」


 レヴィは両手で耳を塞いで身体を遠ざけた。エイダは負けじと座席を詰めてレヴィに迫る。


「言っておきますけど、私は簡単に辞めませんからね」


「それは素晴らしい心がけだ」


 レヴィが耳を塞いでそっぽを向いたまま応えた。


「あと、エーベルハルトさんって呼ぶの長ったらしいんで、これからレヴィさんと呼びますんで!」


「呼び方はわざわざ許可を取らなくていい」


 レヴィの一言に、エイダはギーッと歯軋りした。


(やかましいわいっ!)



~*~*~*~



 保安局の捜査に協力する形で、オフになるはずだった最後の一日が潰れてしまった。


 エイダはホテルの自室でベッドの上に突っ伏してげっそりしていた。


「逃がした温泉はでかい……」


(それにしても、レヴィさんのあの立ち回りは何? 不自然な爆炎魔法フラグマーの挙動もあの人が……? 人間業とは思えない……)


 部屋の机に置いていた翼獣ヌンティウスの置物がカラカラと音を立てる。エイダはサッと飛び起きて椅子を引いて腰を下ろした。


 翼獣ヌンティウスの頭を撫でると、その目がキラリと光った。エイダが小さく喋り出す。


「経過は良好。レヴィ・エーベルハルトの魔法についての調査は継続中。調査は慎重を期す」


 喋り終えると、翼獣ヌンティウスの置物がカラカラと音を立てて、羽根が伸びる。そのまま羽音を立てて、手のひらサイズの置物は窓の上に開いている通気口から飛び出していった。


 ベッドに戻って横になったエイダはゆっくりと息を吐いた。


(今日も一日が終わる)



~*~*~*~



 冒険者認定協会の面々が街を発つというので、公館の広場には多くの人々が見送りにやって来ていた。


 中には暴言を吐いていく者もあったが、次回の冒険者認定試験についての意気込みを叫ぶ者も多かった。


 その群衆の中から、一人の少年が現れた。サファスだ。


「エーベルハルトさんを試すようなことをしてしまって申し訳ありません」


 頭を下げるサファスだったが、レヴィはとぼけてみせた。


「さあ、私には何のことか見当がつかない。君には冒険者よりも魔道士が似合うと思っただけだ」


「ありがとうございます。いつか魔道士になってノルヴィアにもご挨拶に行かせて頂きます」


 エイダが横合いから心配そうな顔を向ける。


「大丈夫なんですか、その……砂ネズミの方は」


「僕が試験に落ちたことで、今まで持ち上げられすぎていた僕の評判がバランスよくなりました。ただの凡人だと思ったのか、同情を向けられているくらいです」


「それはよかった」


 微笑むエイダにサファスはバツが悪そうに言葉をかける。


「悪い奴らに捕まったと聞きました。きっと僕のせいです。どう謝ればいいか……」


「サファスさんが無事ならそれでいいんです。気に病まないでください」


「ありがとうございます、何から何まで」



 冒険者協会の一団が魔法車に乗ってテュラトスの街を後にしていく。


 多くの人々が手を振っているのを、エイダは見えなくなるまでずっと振り返って見ていた。



~*~*~*~



「君を攫ったのは、砂ネズミのメンバーだったらしい。つまり、サファスの裏で手を引いていた連中だ」


 レヴィが車窓から外の景色を眺めている。


(私と二人で沈黙が気まずいのかな。ちょっと泳がせとくか)


 エイダの意地の悪い考えを知ってか知らずか、レヴィは先を続ける。


「私の見立て通り、奴らは独自のルートを開拓しようとしていたようだな。長年にわたるグルヴァからの搾取に溜まりかねていたらしい。だが、砂ネズミが所有する鉱山の周囲は危険地帯に指定され、今まで身動きが取れない状態だったということだ」


「じゃあ、レヴィさんの推測は当たってたんですね」


 レヴィは眼鏡をクイッとやる。


「私はあり得る可能性に言及しただけだ」


(また出たよ、このドヤ顔)


「だが、その危険地帯の存在が今回の事件を引き起こしたと考えることもできる。ここはひとつ、業務外ではあるが、世界評定部局に解放遠征の打診でもしておくか」


 冒険者認定協会の世界評定部局は、その名の通り世界を評定する部門だ。世界各地の情報収集や危険地帯の認定などを担っている。解放遠征は危険地帯を解放するために行われる遠征のことだ。大きなプロジェクトになることがほとんどである。


「保安局も賛同してくれれば、公的な解放遠征を組むこともできますね」


「そういうことだ」


「レヴィさんって、文句言いながらも業務外のこときっちりやりますよね」


「ふん、今後の仕事を増やさないための施策にすぎないさ」


 レヴィはそう答えて窓の外に顔を向けた。


(この人、案外分かりやすいんだよなぁ……)


「とにかく、私もレヴィさんの記憶に残れるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いします」


「一度解決した問題を掘り返すのは合理的とは言えない」


「まさかとは思いますけど、私の名前、もう忘れたわけじゃないですよね?!」


 レヴィはエイダを真っ直ぐと見た。


「帰ってから、今回の報告書をまとめる仕事が待っているぞ、エイダくん」


「面倒なこと私に押しつけようとしてません?」





EP1 おわり

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