11 たった一人で悪党を蹴散らすのは妄想ですか?
翌朝、レヴィの部屋のドアを叩く者があった。
もともと早起きをする予定だったレヴィは支度を中断してドアを開いた。ホテルのスタッフが立っている。
「朝早くに申し訳ございません。お客様より手紙をお預かりいたしました」
「ああ、ご苦労」
無地の封筒に便箋が一枚入っている。
補佐官の女は預かった。
街の東へ一時間ほど歩いた場所にある廃屋に来い。
なお、他の人間に報せれば女の命はない。
~*~*~*~
ホテルのスタッフによれば、朝の時点でフロントのカウンターに「午前八時にレヴィ・エーベルハルトに渡すこと」というメッセージと共に手紙が置かれていたという。
制服に身を包んだレヴィは群青石の
レヴィは公館に入ると、尖塔のバルコニーに昇った。
東の方へ目を向けると、街の防壁の向こうには山間に広がる草原地帯が見える。
(仕方がない、か)
レヴィは眼鏡に手をかけた。
~*~*~*~
「も、もう来やがった!」
「あいつ、時間を守らなかったな!」
古い石の柱に縄で縛りつけられていたエイダの耳に男たちの悲鳴に似た叫びが聞こえた。
「あんたの上司、急いでやってきたみたいだぜ」
布で顔を隠した男がエイダのそばで緊張の声を発した。
(なんでこんなことに……)
夜明け前、眠っていたエイダは身体を強く押さえつけられて目覚めた。
進行形で金縛りに遭っていたエイダは我に返ってパニックに陥った。部屋には複数の男の姿がある。
(マジで人いるじゃん!)
顔を隠した男が暴れようとするエイダの首筋にナイフを突きつける。冷たい刃がエイダを硬直させる。
「騒げば殺す」
エイダは何度もうなずいて無抵抗の意思表示をした。布袋を頭に被せられ、視界を奪われたエイダは男たちに連れされれてしまった。
廃屋の外からの逆光の中にレヴィの華奢な人影が現れる。
男たちが怒号を発する。
「外にいた奴ら、何してんだ!」
「なんで独りでここまで入り込まれてんだよ!」
男たちに取り囲まれるレヴィは散歩にやって来たような感覚でエイダに目を向けると、かけていた眼鏡をクイッとやった。
「大丈夫か、君」
「何が大丈夫かは分かりませんけど、とりあえずは無事です。すみません、ご迷惑を」
「謝ることはない。悪党に非があるのだからな」
「動くなよ! この女が死ぬぞ!」
身動きの取れない時間を長く過ごしていたエイダはパニックを通り越して今や妙に冷静だった。
(あの人、そんなこと言われて大人しくするかな……)
エイダの冷めた想像とは違って、レヴィは右手を下した。さすがに部下の顔にナイフを向けられたせいだろう。
「君たちの狙いはなんだ?」
「話が早くて助かる」
エイダにナイフを向けているとこが応える。
(こいつが首謀者だな)
エイダは横目で男をチラリと睨みつける。
「今回の認定試験の面接通過者を全員合格させろ!」
レヴィは無表情のまま反応を示す。
「誰か一人を合格させれば、君たちの素性は割れる。だから、攪乱のために三人全員を合格させるというわけか」
(こんな時まで冷静に分析しなくていいって……)
エイダが呆れていると、男は図星を突かれたのか声を荒らげた。
「勝手にほざけ! だが、応じなければ、この場でこの女を殺す!」
静かな眼差しを返すレヴィにエイダはもはや確信を抱いていた。
(あの人が自分の信念を曲げるなんてこと、あり得ないよな……)
それはつまり、エイダ自身の最期の時が近づいているということ。だが、彼女にはなぜかそんな悲壮感など微塵も感じられないのだった。そして、それは彼女自身も不思議に思っていた。
エイダにナイフを向ける男の手首に目を留めて、レヴィは小さく笑った。
「君がその手首につけているのは、帝都の魔法具ギルド・ヴェラヴァサンタが二十三年前に開発・発売したモデルのバングルだな。君は魔術師か」
男は興奮を抑えきれないようだ。
「そうやって隙を作って俺を攻撃しようとしているんだろう? お前のまわりにも俺の仲間がいることを忘れるなよ」
レヴィの周囲の男たちがジリジリとにじり寄る。テュラトスでレヴィが見せた立ち回りを目撃していたのか、その距離の詰め方は慎重だ。
レヴィは肩をすくめる。
「そのモデルは希少だ。だが、魔法具としては三流以下だった。音声で魔法を発動できる魔法式が組み込まれているが、対応している魔法は少なく、拡張性がなかった。だから、当時それを購入したのは、魔術師かぶれのミーハーな客ばかりだった」
「ゴチャゴチャうるせえ! こいつが死んでも構わねえのかっ!」
エイダのそばの男が声を張り上げる。さすがにエイダも身の危険を感じ始めた。
(あの人が考えなしに煽り散らすわけない……わけないよね?)
「古い魔法具、象嵌されている群青石も劣化して色が濁っているな。その状態で魔法を発動すれば、不安定な魔力で魔法が暴発することもある。おそらく、君はその魔法具が不要になった誰かからそれを譲り受けたのだろう。仮にそんなお下がりの魔法具を使う魔術師がいるとすれば、力量の伴わない素人だ」
「黙らせてやる!」
男がバングルをつけた手をレヴィへ向けた。
「生と死、再生と破壊の象徴……輝きを伴い、熱き息吹にてその姿を顕現せよ──」
魔法の詠唱だ。
レヴィが眼鏡に軽く触れる。
「業務外の仕事を増やされるのが何よりも腹立たしいのだが」
バングルの群青石が呪文に呼応して輝く。
男が叫ぶ。
「
オレンジ色の炎が黒煙を纏ってレヴィへ襲いかかる。
レヴィの右の袖口から垂れ下がった
レヴィへ向かっていた爆炎が突然、轟音と共に四散して、彼の周囲を囲む男たちに直撃した。
「ぐわあっ!」
「あがぁ!」
倒れ込んで苦悶の表情を浮かべる男たちの真ん中でレヴィはただ佇んでいた。エイダのそばの男が喚く。
「な、なにしやがった!」
「魔法といって派手なものを見せびらかすのは、魔法を理解していない人間のやることだ」
男は冷静さを欠いていた。
レヴィへ向けて二発目の
「
次の瞬間、レヴィへ向けた男の腕が炎に包まれた。
「ぎゃああああああ!!」
悲鳴を上げて膝を突く男の前に歩み寄ったレヴィは相手のこめかみに軽く触れた。
悲鳴が止んで、男がその場に倒れ込んだ。
レヴィは柱に縛りつけられたままのエイダに優しい目を向けた。
「大丈夫か? ええと……」
その先の言葉を見失っているレヴィに、エイダは自分の中に湧き上がった信じられない結論をぶつけた。
「あの、もしかして、私の名前、ずっと忘れてます?」
永遠ほどの時間が流れて、レヴィは口を開いた。
「すまん」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます