10 上司に付き合っているといつも以上に疲れやすい
翌日、毎度のようなレヴィの寝坊もあったが、ついに公館前の広場で面接結果の発表が行われようとしていた。それはすなわち、冒険者が誕生するか否かが明らかになるということだ。
大勢集まった聴衆が今か今かとその瞬間を待ち望んでいる。
再び組まれたステージの上には、一昨日と同様にバランシュタイン、バックマン、レヴィ、エイダが椅子につく。
そして、発表の談なって、やはりステージの中央にはエイダが立っているのであった。
(なんで私が……)
しかも、肝心の面接合格者の名前は直前にレヴィに手渡された封筒の中の紙に書かれているというのだ。
(別に私には教えてくれたっていいじゃん……)
心の中でブツブツと悪態をつくエイダは、大勢の視線で蜂の巣になりながら、封筒を開けた。
(……やっぱり)
エイダは聴衆を見回す。
三人の面接受験者のうち、サファスの姿だけが見当たらない。
「そ……それでは面接試験の合格者を発表します」
「面接合格者は……該当者なし」
大洪水のようなどよめきが溢れ出して、広場を揺らした。
~*~*~*~
「どうかご説明を頂きたい。なぜ冒険者認定が下されなかったのかを」
公館の大広間にバランシュタインの声が響く。その声は穏やかであるが、困惑していた。
首長の他、グルヴァや傘下の鉱山ギルドの頭取たちが厳しい視線を向ける中、レヴィは涼しい顔をしていた。
「彼らは基準に満たなかった。ただそれだけのことです」
バランシュタインが残念そうな顔で言葉を紡ぐ。
「今回の認定試験は住人たちの希望でもありました。あちらこちらから、血のにじむような努力を重ねているという話も聞いていました。それでも彼らが基準に満たなかったのですか? どのような基準なのでしょうか?」
「冒険者認定試験条項に反することです。認定の可否についての解答は差し控えます」
「そうですか。……この度はご尽力いただき感謝いたします」
バランシュタインはそう述べたが、グルヴァの頭取・クライゼフスキーは不服そうだ。
「冒険者認定を出さない認定官がいるという噂は聞いていた。認定官の仕事は、冒険者を認定することだ。貴殿は己の職務を全うせず、民衆から知識や富を搾取する構造の上で胡坐をかいているに過ぎない。無能がのさばっていては、この世界は腐るばかりではないか」
「ちょ、ちょっとお待ちください……!」
エイダが声を上げたが、今まで脇で黙って立っていたバックマンがそれを制した。
「クライゼフスキー殿、冒険者認定官の仕事は、正しき者を選び取ることです。冒険者認定協会として、エーベルハルト特級冒険者認定官の判断は適切であったと表明させて頂きます」
クライゼフスキーは鼻を鳴らして大広間を出ていった。傘下ギルドの頭取たちも、慌てて退散していく。
「お見苦しいところをお見せしてしまいました。それだけ彼らも冒険者を欲していたということ、どうかご理解ください」
バランシュタインが頭を下げると、バックマンは恐縮しきった様子で取り繕っていた。
レヴィはこの騒動の中でも、何事もなかったかのように悠然としている。エイダは呆気に取られていた。
(部局長は急に頼りがい見せてくるし、私の上司は動じなさすぎだし、なにがなんだか……)
~*~*~*~
ホテルのラウンジにバックマンとエイダの姿がある。レヴィが話があるというのだ。
「それで、今回の試験結果について、何か喋る気になったかね?」
バックマンはレヴィの答えを心待ちにしているようで、その表情もさっきまで公館でいざこざがあったとは思えないほどににこやかだった。
「その前に、部局長も何かお話があるのでは?」
初っ端に切り返されて、バックマンは降参したように笑った。
「実はね、グルヴァから群青石の資源提供の打診を受けていたんだよ。彼らはそれで帝都とのパイプを作ろうとしていたみたいだね」
(だから、部局長はずっと外出してたのか……)
エイダは一人、納得する。
「つまりは、今回の試験について、色をつけるようにってニュアンスだ。結局、彼らとの黒い繋がりができずに済んで助かったよ」
バックマンは、ふぅと一息ついた。
冒険者認定試験を巡る買収などの汚職は地方都市で問題になっている。
「それなら、事前に伝えてくれればよかったじゃないですか」
エイダが横槍を入れると、バックマンはレヴィを指さした。
「だって、彼に何を言っても試験結果は変わらないでしょ。合格させろと言っても不合格にするだろうし、不合格にしろと言っても合格を出す……彼はそういう男だよ」
「あ、確かに……」
レヴィは咳払いをする。
「人を融通の利かない人間のように言うのはやめて頂きたい」
(いや、融通利かないでしょ……)
エイダが心の中で呟くと、それを察知したかのようにレヴィの鋭い視線が投げつけられる。
「君もそれで納得をするな」
「す、すみません」
バックマンが手を叩く。
「とにかく、こちらが向こうの提案を飲んだと思われるようなことがなくて済んだよ。それでエーベルハルトくん、なぜ今回は該当者がいないという結論に至ったのか聞かせてくれるかね?」
~*~*~*~
「今回、冒険者として認定を与える可能性を持っていたのは、サファス・ララポルテのみでした」
舞台をホテルの食堂に移して、レヴィの話は始まった。もう夕食時なのだ。
テーブルの上には、注文をした料理が並んでいる。
「エーベルハルトくんにそう言わせるとは、なかなかの人物だったようだね」
バックマンがコップの水で唇を潤して合の手を入れると、レヴィは先を続ける。
「ですが、彼の面接での受け答えには違和感がありました」
レヴィがかつて認定を与えた冒険者たちの解答をサファスがそのまま引用したという謎だ。初耳だったバックマンは目を丸くした。
「ほう、彼はなぜそんなことを?」
レヴィは眼鏡をクイッとやって答える。
「彼は学院の書庫で私が認定を与えた二人の冒険者の情報を得ました。仮に面接に進んだ時、私にメッセージを送るためです」
「メッセージ……確か、面接の直後にもそんなこと言ってましたね」
エイダの言葉にレヴィがうなずく。
「彼のメッセージはシンプルだ。『合格したくない』」
「え、どういうことですか?」
「君も気づいただろうが、彼は冒険者気質ではない。彼は魔道士を目指している。だが、とある事情で冒険者認定試験を受けることになった。いや、受けさせられることになった」
「自分の意思じゃなかったってことですか?」
「“おうさまグループ”だ」
首を傾げるバックマンに、エイダはボヌラスの集落での話を聞かせた。すると、バックマンは得心が行ったように手を叩いた。
「砂ネズミか」
レヴィもうなずいた。
「そういうことです」
「え? え? どういうことですか? 分かってないの私だけ?」
戸惑うエイダを宥めるようにレヴィが話し出した。
「グルヴァは自前の鉱山を持たない。傘下のギルドの鉱山から産出された鉱物などを取引ルートに乗せて利益を得ている。君も言っていただろう、『傘下のギルドはいい気はしないだろう』と」
「でも、それが今回の認定試験と関係があるんですか?」
「鉱山は危険地帯に指定されることも多い。そこで産出される群青石は魔力源でもあるから、魔物などが引き寄せられることも多いからだ。一方、冒険者は危険地帯を解放する資格を持つ。グルヴァの傘下ギルドにとっては、グルヴァの取引ルートを使うしかない現状だが、もし自前で危険地帯を解放してルートを開拓できたとしたら、どうだ?」
「そうなれば、グルヴァから離脱をして……って、そうか、その思惑にサファスさんは巻き込まれて……!」
「そう。砂ネズミは独自のルートを開拓しようとしていた。そこで、ボヌラスで神童と謳われていたサファスに目をつけた。彼を冒険者にすれば、ルートの開拓に利用できるだろう。彼の父親はあの集落を仕切っている砂ネズミの一員だ。サファスは言いなりになるしかない」
バックマンはチビチビと料理に手をつけながらも疑問を呈する。
「だが、それならば、面接の場で合格したくないということを伝えればよかったんじゃないかね? わざわざ回りくどいことをせんでも……」
「彼は保険をかけていたんでしょう。面接で辞退を伝えたことがバレてしまうかもしれない。それに、万が一、冒険者になった時でも、冒険者便覧にそれらしい言葉が載れば格好はつく。彼は私にだけ焼き増しの言葉で訴えていたんです」
「なるほど、そういうことか」
バックマンはすっきりしたように視線を本格的に料理の方へ向けたが、エイダは不安を抱いていた。
「でも、そうなると、サファスさんは大丈夫でしょうか? 合格の意思がないことはバレないにしても、砂ネズミからよからぬことをされたりしないでしょうか……」
「何かあれば我々に助けを求めるようにというメッセージをスタッフに託してある」
レヴィはしれっと言ってのけた。
昨日、学院からホテルに戻ってきた後に、レヴィがスタッフと話し込んでいるのをエイダは思い出した。
「エーベルハルトさん、業務外のことは気が進まないって言ってましたけど、なんだかんだでケアしてくれてたんですね」
「何を言っている。受験者の安全を確保するのも冒険者認定官の仕事のうちだ」
照れ臭そうに顔を背けるレヴィにエイダは笑顔を向けた。
(素直じゃないんだよなぁ、この人)
~*~*~*~
レヴィが冒険者認定試験の日程を一日巻いたことで、翌日はノルヴィアに帰るのではなく、テュラトスでオフの一日を過ごすことになった。
レヴィの部屋で試験結果を報告書にまとめる作業を行っていたエイダはテーブルの向こう側のレヴィを目に留めて、声を上げた。
「なんで私に丸投げしてるんですか!」
レヴィは今エイダに気が付いたかのような表情で彼女を見つめ返した。
「私の補佐官の席は長らく空いていた。私はこの報告書作成の時間が最も非生産的であると考えている」
それっきりレヴィは窓の外へ目を向ける。
(え? それだけ? まったく理由になってないんですけど?!)
「この街には見どころがある。魔法インフラと鉱山方面との結びつきが色濃く表れているからな。街全体が夜もこのように明るく照らされるのは地方都市では珍しいことだ。より今後の鉱山資源開発が激化するであろうことは容易に想像がつく。そういう意味では、この街は未来の都市計画のモデルケースとも言えるだろう」
(急に語り出したよ、この人。そんなんいいから仕事して)
エイダの冷めた胸中などお構いなく、レヴィは顔をほころばせる。
「運良く明日はオフだ。この街の魔法具店が何を扱っているのか、住民の魔法水準がどの程度なのかも見て回る価値があるだろう」
(運良くっていうか、絶対そのために巻いてたよね。っていうか、仕事して)
「明日は何をするつもりなんだ?」
「そうですね……。温泉もいくつか源泉があるようなので回ってみようかなと思います」
「温泉か」
レヴィが興味深そうなため息を漏らす。エイダには意外なことだった。
(この人も温泉にゆっくり浸かるような人間的な一面あるんだ……)
「一説によれば、群青石の成分が染み出した温泉に浸かることで体内の魔力の流れが整理されるという話もある。群青石の温泉は、言ってみれば、魔力を宿した水源だ。各地に残されている魔法に目覚めた人々の伝承というのも──」
(やっぱりこの人ズレてるわ)
その後もベラベラと淀みなくあらゆる知識について喋り倒すレヴィにいちいち付き合っていたエイダは、作業の大した進捗も見せられずに自室に戻ることになった。
(明日は絶対に温泉に入らなきゃ……)
エイダの心身はクタクタである。
つづく
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