9 上司がモテる理由が分からない

「聞いてきましたよ」


 エイダは横穴広場から離れた場所で待っていたレヴィの元に戻ってきた。


(子どもに目をつけられないように逃げてたな、この人)


「どうだった?」


「サファスさんはいつも“おうさまグループ”とつるんでいると言っていました」


「“おうさまグループ”? この集落に王はいないはずだが」


「いや、そういうたとえですよ。なんでも、ここを仕切っている鉱山ギルドの頭取の息子さんが近所の子たちを率いているようなんです。つまり、親の威を借る横暴な息子がリーダーのグループがあるっていうことです」


 レヴィはここに来て初めて手ごたえを感じたかのように「ふむ」と顎に手をやった。


「でも、そうなると、サファスさんのイメージとは少しズレますね。成績優秀の神童と“おうさまグループ”とつるんでいるというのは、合致しない気がします」


 レヴィはニヤリと笑った。


「子供はウソをつかないから好きだ」


(さっきと言ってること違うやん)



~*~*~*~



 ボヌラスの鉱山ギルド・砂ネズミの頭取の息子はジュフス・ガルバンタンというらしい。


 幼い頃から砂ネズミに所属し、まだ若いが次期頭取と見られている。強いリーダーシップの持ち主ではあるが、それは周囲を良い意味でも悪い意味でも巻き込んでいくということでもある。


 集落の住人にジュフスの名前を出すと、露骨に空気が強張るのが分かって、レヴィは一つの結論を導き出したようだった。


「父親が砂ネズミのメンバーということで、サファスはジュフスに逆らうことができなかったんだろう」


「でも……、だからなんなんですか?」


 エイダは袋小路に迷い込んでいた。自分たちが、いや、レヴィが何を追っているのか見失っていたのだ。


「テュラトスに戻る」


 レヴィは一方的に宣言して歩き出した。


「も、もう戻るんですか?」


「三時間かかるんだ。さっさと出発しよう」


(そういう意味で言ったんじゃないんだけどな……)



~*~*~*~



 結局、エイダはレヴィが何を掴んだのか知らないまま、三時間の道のりを経てテュラトスまで戻ってきた。


 予定していたよりは早い時間に街に降り立つと、レヴィは休憩をとる素振りも見せずに「学院に行く」と歩き出した。


(この人、いつも寝溜めしてるから今こんな元気なのかな……)


 これではレヴィの補佐官ではなく、ただの付添人だ、と思いながら、エイダは必至にレヴィの後を追う。



 テュラトスの学院は公館からほど近い場所にある。


 煉瓦造りの学舎と寮が柵に囲まれた敷地の中にギュッと詰め込まれた格好だ。防壁に囲まれたこの街では、空間を節約する必要があるのだろう。


 冒険者認定官は独立した調査権限を持っており、聖帝印入りの証明書はほとんどの場所への立ち入りが許可される。聖帝印は群青石を砕いた顔料・黎明で描かれ、それ自体が魔法になっている。魔法は秘術で、冒険者認定官の魔力を感知している時には書状の内容が消えてしまう。他人に渡すと書状が現れる仕組みだ。偽造防止策である。


 学院に足を踏み入れた二人は、サファスの魔法講義を担当している魔道士・クレヴィノ・トゥラン・カルテーニャに話を訊くことになった。


 カルテーニャは年齢不詳の女性で、二人が待つ部屋に現れると上機嫌な声を上げた。


「あらあらあら、認定官さんにお会いできるなんて光栄ですわ」


(私のこと視野に入ってないな、こりゃ)


 付添人としての自覚が芽生えそうだったエイダは、大人しく成り行きを見守ることにした。


「お忙しいところ申し訳ない。サファス・ララポルテについて調べている」


「ああ、彼ね。面接試験に進んだそうですわね」


 カルテーニャが長い髪を掻き上げると、胸元にバッジが見える。黄昏の魔道士だ。


「何をお聞きになりたいんですの?」


「彼の魔術師としての能力は?」


 カルテーニャはうっとりした表情を浮かべる。


「類稀なる才能、というべきでしょうね。魔法は体系化されているけれども、センスの影響も大きいんですの。彼にはセンスも知識欲も実践力も申し分ありませんわ。いずれ魔道士になるでしょうね」


「冒険者志望であることは聞いているか?」


「今回の認定試験の直前に彼から直接」


「それ以前には?」


「いえ。だって、魔法に打ち込む子でしたもの」


 そう話す彼女は少し寂しげだ。


「彼の交友関係は?」


 カルテーニャはさらに寂しそうに顔に影を落とした。


「ああいう子にはありがちなのですけれど、まわりに人が集まるのは、人柄にというより才能に、なのですよ」


 エイダの中に疑惑が浮上する。


(冒険者は仲間意識が強いイメージだけど、魔道士は孤高のイメージがあるなぁ。今の話だと、彼は魔道士っぽい気もする。……でも、冒険者に応募してきたんだよね)


「地元での人間関係については?」


「残念ながら……」


「ところで、この学院に書庫は?」


「大した警備をつけられないので、小さなものですけれども、あります」


 書庫は知識の集積所だ。大きな都市にある主要な書庫には、それを守護する多面部隊が配置されている。書庫が襲撃のターゲットになるケースも少なくはない。



~*~*~*~



 学院の廊下を進んでカルテーニャの後についていく。彼女の後ろにつくと、芳しい香りに包まれる。エイダは身体が熱くなりそうになる。


(エロい匂いだなぁ……)


 色香を纏ったカルテーニャが歩きながらレヴィを振り向く。


「テュラトスの街はお気に召しました?」


「主要都市のような魔法インフラが採用されているのは興味深い。やはり、資源としての群青石の存在感がこの街をバックアップしているのだろう」


「そ、そうですわね」


 エイダはニヤリとしてしまう。


(景色とか食べ物とか人とか、そういうのこの人は大して見てないんだよなぁ)


 エイダには不思議なのだが、レヴィに言い寄る女性の姿を見ることがある。彼女たちがことごとく空振りして去っていくのを、レヴィの補佐官になって日が浅いエイダでも何度か目撃していた。


 廊下の突き当りに鍵付きのドアがある。カルテーニャが鍵束を取り出してドアを解錠すると、地下への階段が顔を出す。建物内の書庫はこうして地下に作られることが多い。保安上の理由だ。


「書庫には学院生も立ち入ることができるのか?」


「ええ、申請をすれば監督付きで利用できますわ」


 地下書庫に入り、カルテーニャが光球魔法ルークスの照明をつけると、本棚の列が照らし出される。


「すごい……。数百冊が所蔵されていますね……!」


 エイダが声を上げると、カルテーニャがニコリと解説を加える。


「ここには、帝都や主要都市から収集した三百冊あまりの書物が収められていますの」


 レヴィはさして物珍しくもなさそうな視線で本棚を見渡した。エイダは身震いする。


(全部読んだことあるとか言い出しそうだな、この人……)


「彼がよく手に取っていた書物はあるか?」


「ええ」


 カルテーニャはレヴィの問いかけがしっくりくるのか、短く返事をすると近くの本棚から一冊の本を取り出した。


『冒険者便覧 六』というのがその本だ。レヴィはそれを手に取ると、微かに口元を緩ませた。


「なるほど」


 そのまま本をカルテーニャに返そうとするレヴィにエイダはギョッとしてしまう。


「え、中を確認しないんですか?」


「目を通すといい。この『六』は最新の便覧だ」


 レヴィの言葉の意味が分からないままページをパラパラとめくるが、認定を受けた数々の冒険者の情報が整理されて収録されているばかりだ。


「冒険者便覧」シリーズは冒険者認定協会が監修するもので、冒険者へのインタビューや冒険者認定試験の際のエピソード、功績などがまとめられている。



 書庫を出たレヴィはカルテーニャに礼を言って、学院を後にした。


 大人しく彼の後に付き従うばかりのエイダは複雑な心境だ。


(「何がどこまで分かったんですか?」って、訊くに訊けないんですけど……)


 ホテルに戻ったレヴィはエイダを差し置いて、冒険者認定協会のスタッフと何かを話し込んでいた。話を終えたレヴィはエイダのもとへやって来て、言った。


「明日、面接試験の結果を発表する」


(え、めっちゃ急じゃん……。私、何もしてないんだけど)





つづく

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