8 興味のない話を上司が聞かせてくる

 夢とうつつの間で彷徨っているエイダの耳に何かを叩く音が飛び込んでくる。


 寝ぼけ眼のエイダはベッドから手を伸ばしてカーテンに隙間を作った。窓の外は青白い。夜明け前なのだ。


 部屋のドアがドンドンと音を立てている。


(なんなの……?)


 警戒心剥き出しでそっとドアを開くエイダの目の前にレヴィの顔が現れる。


「何をしている。もうすぐ出発の時間だぞ」


(いや、朝早っ……。ってか、なに早起きしてんの、この人……)



「ボヌラスはここから三時間の道のりだ」


 ホテルの前で待機していた魔法車に乗り込んだエイダはショボショボする目をこすりながらレヴィの話に耳を傾ける。


「向こうに午前中に到着し、調査を終えて戻ってくるのは夕方前頃を見込んでいる」


「サファスさんだけを調査するんですよね。そんなに予定を詰めなくてもいいんじゃないですか?」


「短い時間で最大の仕事をするのがプロというものだ」


「要は早く帰りたいんですね」


「早く帰りたいのではない。鉱山の資源状況を見ておきたいだけだ。群青石の質も気になるところだ」


「なんだかんだ言って、エーベルハルトさんって冒険者気質ですよね。」


「そんなことはない。これは単なる好奇心であり、こうした興味が冒険者認定官としての質を高めることになるのだ」


(この人、素直じゃないんだよなぁ……)


「鉱山資源といえば、グルヴァが高品質の群青石を確保できるのはギルドとしての実態が多くの中小や零細の鉱山ギルドの連合体だからのようだ。グルヴァ自体は鉱山を持たず、傘下ギルドの鉱山から産出されたものから選り分けて物流に乗せている。だから、効率的に利益を上げられるという寸法だ」


「傘下のギルドからしたら、おいしいところだけ持って行かれていい気はしてなさそうですね」


「グルヴァの取引ルートを利用できるだけマシなのかもしれない」


 その後もレヴィの鉱物や魔法知識の話を一方的に浴びて、寝不足だったエイダは疲れ果ててしまった。


(なんでこんな元気なの、この人……)



~*~*~*~



 ボヌラスは切り立った崖をくりぬいた所に住居を構える集落だった。横穴に蓋のように木でできた住宅の前面ファサードがあるので、家が山肌に飲み込まれているようにも見える。


「道が入り組んでますので、この先は徒歩で移動して頂きます」


 魔法車の操縦手が座席のレヴィたちを振り向いて言った。


「それで十分だ。帰りはここに戻ってくるから待機しておいてくれ」


「かしこまりました」


 魔法車はほとんど公的機関などが利用する分しか存在しておらず、たいへん貴重なものだ。だから、操縦手は魔法車の警備も任される。それだけの実力を持っているということでもある。



「見ろ。集落の外套も光球魔法ルークスが使われているぞ。この集落は坑道跡などを住居に転用しているらしい。群青石をはじめとした鉱物資源が豊富だということだ」


 レヴィが街頭に飛びついて詳細を調べ始める。その様子をエイダは冷たい目で見つめる。


「エーベルハルトさん、サファスさんの調査をするんじゃなかったんですか?」


 レヴィはハッとして街灯から身を引き剥がすと、


「こうした辺境の魔法は独自の発展を遂げているケースも多いのだ」


「説明になってないんですけど……」



 二人は巨大な洞窟の中に立体的に入り組んだ地区を歩いて、奥まったところにあるサファスの生家に辿り着いた。


 入口のそばには、火を起こして鍋で料理をしている女性がいる。レヴィは彼女の前に進み出た。手には、聖帝印のある冒険者認定官証明書がある。


「お忙しいところ申し訳ない。私はノルヴィアの冒険者協会からやって来たエーベルハルトと申します」


 エイダはレヴィの後ろで控えめに頭を下げた。認定作業のフィールドワークに赴くのはこれが初めてだった。彼女の中で緊張感が高まっていく。


「ああ、息子の試験の……」


 サファスの母、トゥネリは大きな匙で鍋をかき混ぜながら目を丸くした。


「すみません。夫が休憩に帰ってくるので、食事の準備をしていたところなんです」


 レヴィは軽く手を挙げた。


「それはお構いなく。ご主人は鉱山で仕事を?」


「ええ、早朝から山に」


「息子さんが冒険者認定試験を受けることについて、ご主人と何か話はされましたか?」


「ええ、あの子は普段はテュラトスの学院の寮生活をしているんです、勉強に打ち込むためにね。我が子のことながら、優秀な成績なので、冒険者を目指すのも無理はないと話していました」


「命を落とす冒険者も多い。そこに不安はないんですか?」


 エイダは密かに顔をしかめた。


(めっちゃストレートに訊くじゃん、この人……)


「不安がないと言えばウソになりますが、生きたいように生きてほしいという願いの方が大きいですね」


「魔法の勉強は幼い頃から?」


 トゥネリは笑った。


「まさか。主人も私の父も鉱山で働いてます。うちからあんなに頭に良い子が生まれるなんて思ってもみませんでしたよ」


「いつから彼は冒険者になりたいと?」


「さあ……」


 トゥネリは首を傾げながら、かき混ぜている鍋の中に目をやった。クリーム色のトロトロとしたスープが波打っている。


「あの子くらいの年頃なら、冒険者に憧れるものです」


「彼やご家族と親しくしている人はいますか? 調査のために教えて頂きたい」


「いいですよ。まずは──」


 エイダが驚くほど、レヴィは早めにトゥネリへの質問を切り上げた。何軒かの家の場所を手に入れたレヴィはさっさとサファスの家を後にする。



~*~*~*~



「もっとサファスさんのことを訊かなくていいんですか?」


 サファスの家から十分離れたところまで来たところで、エイダはしまい込んでいた疑問をレヴィの背中でぶつけてみた。


「彼女はろくなことを話さないだろう」


「え、なんでですか?」


 レヴィは少し間を置いて答える。


「彼女は我々を家の中に入れようとしなかった」


「でも、それは……」


「サファスがいつから冒険者になりたかったかという質問をはぐらかした。そして、親しい家族を教えてほしいという質問に飛びついた。彼女は深く詮索されるのを警戒していて、そのプレッシャーが緩められたので、ホッと胸を撫で下ろしたんだ」


「な、なるほど……」


「余計なことを喋らないようにサファスに口止めされていたのかもしれない」


(それってエーベルハルトさんの感想ですよね……って言ったら怒られるかな)


 それほどに、エイダにとってはレヴィの推測は強引なように思えた。



 トゥネリから紹介された人々は、いずれもサファスと同年代の子供を持つ家庭だった。ただ、学院に通っている者もいれば、付近の鉱山ギルドに所属している者もいる。この世界では、早くからギルドに所属して、そこで社会性を学ぶというのはごく当たり前の選択肢だ。


「頭の良い子ですよ」

「ひ弱そうだけど、意外とがっしりしてる」

「脆くなった壁を魔法で補強してくれました」

「この集落の神童っていうんですかね。そんな感じですよ」


 彼らのサファスへの評価は一様に素晴らしいものだった。


「やっぱり、すごい逸材みたいですね」


 エイダの中では、サファスを冒険者に推したい思いが強まっていた。


「訪問した家庭はいずれも付近の鉱山ギルドの関係者だった」


「この辺りはみんなそうだと思いますよ。鉱山が近くにあるんだって言ってましたからね」


 レヴィの表情は浮かない。


「エーベルハルトさん、なんだか腑に落ちなさそうですね」


「うむ、率直に言えば、ここで聞いた話を信じるべきか疑問がある」


(人の言葉を素直に受け入れられないなんて、この人、なんか不幸せそうな生き方してそう……)


 剥き出しの山肌に貼りついたようなボヌラスの集落には、とにかく横穴が多い。中には、広場ほどの規模の横穴もあり、そこは人々の憩いの場になっているところもある。


 その横穴広場の前を通ったレヴィたちの耳にカツーンカツーンという音が転がり込んでくる。子どもたちが小さな石を壁に向かって投げつけて遊んでいた。


 レヴィがそれをじっと見ている。エイダは表情を曇らせる。


(なんか子どもを見つめてる危ない男の人みたいになってる……)


「君、あそこの子供たちにサファスのことを訊いて来てくれ」


「え、なんで私が……」


「私は子どもが苦手だ」


 レヴィはそれだけを返した。


(いや、理由になってないでしょ……! ──なに遠い目で向こうの山を見つめてんの、この人!?)





つづく

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