7 面接試験その3

 サファス・ララポルテは緊張のためか、強張った表情のまま現れて着席した。


 レヴィが鋭い視線を送る。


「名前を」


「サファス・ララポルテといいます」


「学院で魔法を学んでいるようだな」


「はい。冒険者になるために必要だと思ったので」


 レヴィの眉がピクリと反応を見せる。


「なぜそう思った?」


「人が自然現象の再現を行って、魔物などへの対処法も発明されてきましたが、魔法には場面ごとに柔軟に適応できる特性があります。群青石さえ手にしていれば、岩を砕くことも水を生み出すことも遠くの人と話をすることもできます。魔法技術も向上して、持ち運ぶ群青石の量も少なくなってきています」


「なぜ冒険者になりたい?」


 サファスは少しだけ前のめりになった。


「世界の果て、大いなる断崖グレート・フォールを見たいんです」


 それは実しやかに囁かれる伝説だった。


 かつて世界を放浪していた旅人が山の頂から周囲を見渡すと、遠くの方で地面が見えなくなるのを発見した。その旅人は見えなくなった地面の方へ向かい、そこにある山に登り、最初の山を見ようとしたが、叶わなかった。


 大地は湾曲しているということを発見したのだ。


 その後、大地はどこでも一様に下に向かって湾曲していることが分かった。人々は、絨毯のような台地が何か途轍もなく大きな台のようなもの上に敷かれているのだと想像した。そして、その絨毯の端は奈落への断崖になっていると考えた。


 それが大いなる断崖グレート・フォールだ。


 エイダは微笑ましくサファスの夢を受け止めた。しかし、その隣でレヴィは表情を曇らせていた。


「なぜ大いなる断崖グレート・フォールを見たいんだ?」


「だって、その崖の下にはまた新しい別の世界が広がっているかもしれないからです」


 エイダはハッとした。


(新しい別の世界……そんなこと、考えたこともなかった)


 大いなる断崖グレート・フォールは世界の終わりだと信じてきたエイダにとって、サファスの言葉は衝撃的だった。


「新しい別の世界への扉は、多くの危険な地域や未踏の領域によって遥か遠くにあります。ですが、もう一つの世界に出会った時、この世界の人は互いに手を取り合うことができると思うんです」


 エイダは小さく感嘆の吐息を漏らした。



~*~*~*~



「常に未来を見て話している感じがしましたね」


 面接を終えて、エイダはニコリとレヴィに目をやった。


(めっちゃ難しい顔してるよ……)


「エーベルハルトさん、何か悪いものでも食べました?」


 そんな冗談でも飛ばさなければならないようななにやら重苦しい空気が流れていた。


「今日はまだ何も食べていない」


「いや、そういうことじゃないんですけどね」


 レヴィはフーと息を吐き出して、資料に目を落とした。


「サファス・ララポルテ……何が目的なんだ?」


「ん? どういうことですか?」


 レヴィは眼鏡をかけたまま目頭を揉みほぐす。


(眼鏡外せばいいのに。横着だなぁ……)


「私が過去に二人の冒険者を認定したと言っただろう。さっきの受け答えは、その二人がかつて冒険者認定試験の面接で答えたことをそっくりそのまま引用したものだ」


「そんなことって……」


「魔法技術の発展の話はもう五、六年前のことだ。だから、今ではそれほど珍しくない魔法通話テレローグの話は、写像を送る魔法転像テレグラフと比べると少し時代がズレていた」


「気づきませんでした……」


大いなる断崖グレート・フォールの話は一昨年のことだ。受け答えもそっくりそのままだった。おおかた、どこかで冒険者の面接での話を仕入れたのだろう」


「でもなんでそんなことを?」


「だから、私も困っている。何かのメッセージか……?」


 レヴィは首を捻り続けている。


 冒険者認定試験の、それも面接に進むのでさえ狭き門で、ほとんど一世一代のことだ。その席で、なぜ将来有望なはずの若者は過去の再現を行ったのか……?


「どうするんですか?」


 すでにレヴィは冷静であった。


「なんのために認定作業に時間が割かれると思っている?」


「そうでした」


(この人、すぐに優位に立とうとするんだよなぁ……)



~*~*~*~



 ホテルに戻った二人は、食堂で遅い昼食をとっていた。


 物流に乏しいはずの山間の都市ではあるが、鉱山ギルドのおかげで食材は豊富な様子だ。


「認定作業にはいくつかの側面がある」


 食事をテーブルの脇に追いやってレヴィが話し出した。


(この人、食に興味なさすぎなんだよなぁ……。携行食だけで過ごせって言われても文句言わなそう)


「まずは、受験者の情報や言動の裏づけだ。受験者はあらゆる理由でウソをつく。罪を犯して逃げている最中だとか自分を良いように見せるために偽の資格証を提出したり、とな。そのウソを間に受ければ、悪人に力を与えることになる」


 偽造証明書の問題はたびたび巻き起こる。最悪の場合、一度認定を与えた者を除名しなければならないが、角本人が行方をくらますと、冒険者認定協会は執行部局から捜索隊を出動させるハメになる。


「ウソを見過ごしてしまった場合、冒険者認定官も罰則受けることがある。気を引き締めなければならない」


(ポンポン認定するわけにもいかないんだな)


「そして、受験者の評価を固める意味合いもある。良くも悪くも人は自分自身を客観的に把握することが難しい。そこで、受験者の周囲からの評価も加味することで、冒険者として相応しいかどうかの判断の精度を高める」


「受験者の周囲の環境を調査して、治安やコミュニケーションネットワークの把握をするっていう名目もあると聞きました」


「それは認定作業には関係ないから知らん」


(業務外の仕事になると急に冷めるな、この人……)


「ついさきほど、スタッフがサファス・ララポルテの生家のある集落の場所を知らせてくれた。ボヌラスという集落らしい。明日はそこへ向かって彼の調査を行う」


「あの、他の二人の調査は?」


「他の二人は落選だ」


 厳しい判定をサラッと口にするレヴィの姿がエイダには鬼のように見える。


 面接試験の結果発表は認定作業後に行われる。その時のことを考えると、エイダは早速胃が重たくなってきてしまう。


(しかも、私がまた発表することになるんじゃないの……)


「明日は、まずボヌラスへ向かい調査を行う。その後、この街に戻り、学院関係に話を聞くことになる。くれぐれも朝は遅れないように」


(いや、私のセリフなんですけどぉ~!!)





つづく

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