5 面接試験その1

 翌日。


 面接試験はテュラトス公館の応接間にて行われることになっていた。保安局の人間は昨日の失態の汚名を返上するかのように公館の周囲に警戒態勢を敷いた。


 そんな最中、エイダはいつものように嫌な予感を胸にホテルのレヴィの部屋の前に立っていた。ドアを叩いて声を上げる。


「エーベルハルトさん、時間ですよ!」


 同時に彼女は思う。


(なんで私がこんなお母さんみたいなことせにゃならんのだ……)


 ドアは意外に早く開いたが、レヴィの顔は床の方から覗いていた。


「ぎゃっ! なにしてるんですか!」


 暴走したつる植物のような髪をしたレヴィが眼鏡をクイッとやる。


「起きてたぞ」


「ドアの前で寝てただけじゃないですか!」


「君が私を起こしに来ることは分かっていた。だから、うるさく騒ぎ立てられる時間を短縮しようというわけだ」


(そんなクソみたいなことをよくも真面目な顔で言えるなぁ……)


 例によって、素早い身支度で完璧な身なりになったレヴィが部屋の中から現れて、二人は公館に向かった。



~*~*~*~



 公館の応接間からはテーブルやソファ類は運び出され、レヴィとエイダがつく長テーブルと、受験者が座る一脚の椅子のみが置かれている。面接試験は一人ずつがこの椅子に座り、冒険者認定官からの質問などに答えていく。


 質問の内容などは基本的に冒険者認定官の裁量に任されている。


 三人の面接受験者たちの資料を手元に置きながら、レヴィは面接試験について話し始めた。


「ここが我々の仕事の核になると思っていい。受験者たちと顔を合わせて話を聞くことによって、彼らの思いや信条、魂を感じ取ることができる。それが冒険者として相応しいかを我々に教えてくれる」


 冒険者認定官は冒険者認定協会の理念に従って認定を下さなければならない──そのように冒険者認定協会の規定に明記されている。


 その理念とは、


 強い意志を持ち、

 世界をより良いものへと変えていく志を貫き、

 己の力を振りかざすことなく、

 冒険者としての品格を保ち続ける。


 というものだ。


「エーベルハルトさんは受験者を合格させたことがあるんですか?」


「私は冒険者認定官だ。あるに決まっているだろう」


「え、意外です。だって、鋼鉄の冒険者認定官オーソライザーって……」


「私は鋼鉄でできていないと言っているだろう」


「私も、何度もそういうことじゃないって言ってるんですけど……」


(この人、自分の噂について無頓着なんだよなぁ……)


「私が認定した冒険者は二人いる」


「二人?! エーベルハルトさんは認定官を七年くらい務めてますよね?」


「よく知っているじゃないか。とにかく、私が冒険者の認定を出さないと吹聴している人間もいるようだが、それは事実ではない」


(四年に一人くらいしか認定してないなら、間違いってわけでもないと思うけど……)


「逆にその二人が気になります」


「そのうち君も会うことがあるだろう。それよりも、目の前の面接試験だ。将来、君が冒険者認定官を志すのであれば、全身全霊をかけることだ」


「は、はい……!」



~*~*~*~



 最初に応接間にやって来たのは、ネゼリ・クラズマ──テュラトスの魔法具店の店主だ。


 長いローブを引きずるようにして、彼はゆっくりと椅子に腰を下ろした。


 長い黒髪と細い身体は遠くから見れば女性に見まがうほどだが、その顔に刻まれたいくつかの皺は彼の経験の深さを物語っている。それもそのはず、年の頃はレヴィの三回りほど上だ。


 レヴィの目が鋭くなる。隣に座るエイダも自然と姿勢を正していた。


「まずは名前を」


「ネゼリ・クラズマと申します」


「それはあなたの魔法具?」


 レヴィはクラズマのローブの袖口から覗く金色のバングルを指さした。クラズマはにっこりと微笑んで袖をたくし上げる。


「これは私が自作したものなのですが、ご明察ですな」


「金は魔力伝達効率が高い。一般的には群青石の合金は銀や銅を使うが、金に糸目をつけないのならば金を使う方がいい」


「仰る通りです」


「黄昏の魔道士だそうだが、いつ資格を?」


「二十年ほど前ですな」


 レヴィは口を歪める。


「なぜ昇給試験を受けてこなかった? 魔法知識には通じているようだが」


「魔道士資格を取ったのは、魔法具店を開くためです。魔法は一般に普及してはいるものの、詳しくない者からすれば“なんでもできる便利道具”と思われがちです。ですから、魔法具店を通して多くの人々に正し魔法知識を広めたいと思ったのです」


「では、今回はなぜ冒険者資格を取ろうと?」


「私は呪詛の研究をしております。呪詛に悩まされる人々は決して少なくありません。たいていは、人間関係のトラブルがきっかけで呪詛をかけるものですが、中には魔物や魔族に端を発しているような災いと言っていいものもあります。それらの解呪を研究するには、やはり、危険地帯などに足を踏み入れる必要が出てきます」


「なるほど、それで冒険者を」


「呪詛の研究を通して、人々に安寧を与えたいのです」


(協会の理念にも通じる。この人が冒険者になれば、多くの利益を生むかもしれない)


 エイダは横目でレヴィを捉えていた。彼はじっとクラズマを見つめている。全てを見透かすような遠慮のない視線だった。


「呪詛の研究をしている人間は私も知っている。呪詛には特徴的な魔力の処理が施されていて、それが物品や生命に影響を与えると言われているな」


「ご賢察の通り、それが呪詛の本質だと言われています」


「呪詛の研究で精神を病んだ者も多い。呪詛師という悪党も世の中にはいるわけだが、その道に堕ちないという保証は?」


 クラズマは苦笑いする。


「闇に堕ちることなどありません、と申し上げたいところですが、絶対にないと言い切れないのが事実です」


「魔物や魔族の呪詛は人間が扱うものとは次元が異なる。つまり、より深みにはまりやすいということだ。“ストワナディナの禍”のことは知っているだろう?」


「はい。七十年ほど前に呪詛師たちが引き起こした呪詛災害です」


「記録では、その時に多くの冒険者が犠牲になった。呪詛の道に深入りすることで、今この街で築かれている経員が脅かされた時、貴殿は何をする? 誰をどうやって守り、なんと言って呪詛に冒された者たちを立ち上がらせる?」


 クラズマは答えることができなかった。



~*~*~*~



「冒険者になるにしては、彼は優しすぎる」


 クラズマが退室した後、レヴィはそう結論づけた。


「私には素晴らしい人に見えましたけど。謙虚そうでしたし」


「彼はこの街を呪詛に陥れてしまう想像に負けたんだ。街の魔法具店で平穏に暮らすのが似合っている」


「でも、なんで急にあんな脅すようなことを?」


「彼の魔法具を見なかったのか? あれは魔法具というより、呪詛から身を守るための御守りタリスマンだ」


「すいません、魔法に疎いもので……」


「冒険者認定官には広い知識が求められる。でなければ、目の前の人間を適切に評価できなくなってしまう」


「でも、彼はどうして呪詛から身を?」


「身近に呪詛を受けた者がいるのだろう。呪詛の中には、魔物などが敷いた禁忌を破ることで付与されるものがある。ここは山間の街だ。付近ん山からは鉱山資源が産出される。鉱物を取り込む魔物の中には、自らの縄張りを守るために呪詛を放つものもある。そして、そういった魔物は鉱山関係者からは崇められている。その魔物の生息域をある種の聖域としているんだ」


「その聖域を侵したとしたら……」


「その呪詛を受けた人間は、疎まれるだろう。鉱山ギルドが幅を利かせている街だ。表に出すこともままならない。そこで、彼は自分自身の力で解呪を試みようとした……そんなところだろう」


「でも、それってエーベルハルトさんの想像ですよね。もしかしたら、違う可能性だって……」


 レヴィは眼鏡をクイッとやった。


「だから、彼の覚悟を確かめた」


「あ、なるほど……」


(そんなドヤ顔で言わんでも……)





つづく

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