3 上司に言いように使われている気がする……
離館の認定官控え室に戻った二人は、学科試験の終了を待ちながら問題に目を通していた。問題用紙は鍵のかかった箱に入れられ、学科試験の寸前まで開けることが許されない。認定官ですら、直前になるまで問題の内容を知らないのだ。
それは裏を返せば、かつては学科試験の内容を事前に掴もうと多くの流血沙汰があったことを意味している。
学科試験で問われるのは広範な知識だ。
扱われるジャンルは魔法や薬草、鉱物、遺跡、遺物、歴史、魔物や魔族、亜人や魔人など、多岐にわたる。冒険者とは、それらを網羅して未知や危険と渡り合わなければならない。
「問題を見ていると、受験者だった頃のことを思い出しますよ……。猛勉強の毎日でした」
「君は一発失格になる問題のことを知っているか?」
エイダは強くうなずいた。
「もちろんです。しかも、今回の問題にもありますね」
「ああ、街が魔物の群れに襲われた際の対処を問う問題だ。指定された語句を使わなければならないが、それは各人種への対応を説明させるということ。その語句の中に亜人や魔人、魔物が含まれている。亜人種は差別されている存在だ。彼らに対する考え方で、場合によっては一発で失格になる」
この世界の人間種は人間、亜人、魔人、魔族という四つのグループに分けられる。魔人も魔族も、基本的には人に害をなすものだ。だが、亜人は人間寄りであるがゆえに力も魔人ほどではなく、人間が容易く支配できる。魔の者の特徴を持ちながらも人間として生活をせざるを得ない亜人たちは強い差別のもと生きている。
「彼らに対して敵視したり、排除したり、害してしまう対処を選んでしまえば、即失格ですね」
「特にこの街のような地方都市では、亜人への差別も強い傾向がある。現に、この街に来て以来、亜人の姿を見ない。差別意識が根強い可能性もある」
「確かに……言われてみれば、亜人を一人も見かけていませんでした。気づきませんでした」
レヴィは眼鏡をクイッとやってフッと笑った。
「認定官には観察力も必要だ」
(そりゃ、すいませんねえ)
~*~*~*~
午前の学科試験が終わりを告げた。試験会場の部屋からざわめきが溢れ出てくる。
ここから休憩の時間を挟んで、午後からは会場を保安局の訓練場に移して実技試験が行われるのだが……、
「グルヴァは小さな鉱山ギルドをまとめ上げる連合体のようなものらしい。つまり、この地域の山々には鉱山資源が豊富に存在しているということだ。つまりは、群青石などの採掘も盛んだということだ」
「ええと、実技試験の間に鉱山に見学に行こうとしてます?」
(さすがにそれはないだろ──めっちゃ行きたそうな顔してる……?!)
「すいません、エーベルハルトさん、さすがに認定官が実技試験の場を離れるというのは……」
「もちろん、そんなことはしないさ」
(ホントかよ)
「ただ、この認定試験を巻いて終われれば、その時間もあるということだ」
認定試験ための二日間という時間は動かせない。だとすれば、その後の三日間の認定作業を早めに終わらせる以外に時間を作る手段はない。
エイダは嘆息する。
(この人、本当に鋼鉄の
~*~*~*~
実技試験会場には、学科試験を得た受験者たちが揃っていた。年齢も性別も体格も問わずに募集がかけられているが、女性は数名に留まり、子供や亜人の姿はない。
以前、レヴィはエイダに言った。
「冒険者認定条項では、『受験資格を有する者』が冒険者としての資格を得られるとなっている。受験資格を有する者とは、言葉を解し、試験内容に同意し、試験を行うことができる者のことだ。つまり、魔族も魔人も亜人も人間も冒険者になることができる」
「ま、魔族や魔人も、ですか……?」
「何がおかしい? 亜人を差別するなというそばから魔族と魔人を排除するのは合理的ではない」
「でも……、魔族は人に害を……」
「エルフ属はその特性から魔族に分類される。だが、ある程度、人々に認知されてはいるだろう」
「それはそうですけど……」
「人間より長くを生き、知識も経験も豊富な魔族は多く存在する。つまり、今の冒険者認定制度は人間に偏りすぎているということなんだよ」
実技試験の会場で受験者たちを見渡すエイダはレヴィとの会話を思い出していた。
(そうなのかもしれないけど、そういうことじゃないと思うんだよなぁ……)
チラリと横を見ると、さっきまでは興味なさそうだったレヴィが実技を行う受験者たちを熱心に見入っていた。
(やっぱり、仕事はちゃんとやるんだなぁ……)
~*~*~*~
実技試験中に認定協会のスタッフにより学科試験の採点が完了していた。
「一発失格が六名か」
レヴィのその感想からは特別な感情は読み取れない。
「これに実技試験の結果を合算して、明日の面接試験への通過者が決まりますね」
学科試験と実技試験の採点はシステマティックで、認定官以外でも行うことができる。エイダは密かに期待していた。明日の面接試験からがレヴィの二つ名の所以を物語るだろう。
認定協会のスタッフたちによる採点作業はスムーズに進み、陽が落ちた頃には面接試験への通貨者が弾き出されていた。その結果をレヴィトエイダが精査し、間違いがないことも確認された。
「面接通過者は……三名」
エイダは呟いた。
四十七分の三は割合としてはまずまずといったところだ。それだけ学科と実技の両試験は狭き門なのだ。面接試験に誰も辿り着けないというケースも珍しくはない。
「長年、機会を窺っていた者たちが本領を発揮したということか」
レヴィはまとめられた三人の資料に目を通している。
●ネゼリ・クラズマ
人間の男性。黄昏の魔道士。テュラトスの魔法具店店主。今回の学科試験での成績トップ。体力と判断の速度に難があるものの、知識と魔法でそれをカバーする能力がある。
「黄昏の魔道士……ランクでいえば、最も下位ですけど、魔道士資格を持っているだけでもすごい」
魔道士は魔法院が定めた資格試験をクリアした者のことをいう。
「まさかこの地で魔道士にあるとは思わなかったな」
「あれ、噂で聞いたんですけど、エーベルハルトさんは魔法の特許みたいなものを持ってませんでしたっけ?」
レヴィは眼鏡をクイッとやって微かに笑みを浮かべた。
「ああ、魔力の流れに関しての論文を技術体系に組み込んだからな」
魔道士にはランクに応じたバッジが付与される。エイダは一度だけレヴィのバッジを見たことがある。夜半の魔道士……全部で五つあるランクのうち、上から三つ目のランクだ。
ちなみに、冒険者認定官は冒険者資格を持っていることが最低必要条件だ。
「ということは、面接でも魔法に関することを?」
レヴィの眼鏡がギラリと光る。
「我々は魔道士試験を行っているのではない。冒険者として相応しいかどうかは魔法知識だけとは限らない」
「そ、そうでした……」
(この人、急にスイッチ入るんだよなぁ……)
エイダは逃げるように次の通過者の資料に目を向けた。
●ポロペア・ヒューネチッタ
人間の男性。グルヴァのメンバー。学科試験の結果は中間程度。実技に秀で、身体操作に長ける。統率力に優れている。
「この人は、実技試験の順番が最後で、木材の障害物を片っ端からぶっ壊していましたね」
「それも冒険はとしては必要な能力ではある。障害物を設営した保安局の人間が後片付けが楽になると喜んでいた。それを見越してのパフォーマンスでもあったんだろう。そういう意味では、頭もなかなか回るな」
試験会場でエイダが見たポロペア・ヒューネチッタは日に焼けて、筋骨隆々の男だった。それと比べると、目の前にいるレヴィは色も白く細身だ。
(そういえば、昨夜は「冒険者はまわりの人を不幸にする」って言ってたけど、この人も冒険者資格は持ってるんだよな……)
「なにか言いたそうだな」
エイダの視線を目敏く捕まえて、レヴィがそう言い放った。
「な、なんでもありません! 次の通過者を見てみましょう!」
●サファス・ララポルテ
人間の男性。テュラトスの学院性。今回の最年少受験者。魔術師で、遺跡や遺物、魔物についての知識が豊富。判断力が優れており、機転が利き、実技も優れている。
「この街の学院で魔法を学んでいるようですね。将来有望な感じがします」
魔道士資格を持たないが魔法を扱う者を魔術師という。
「試験結果は申し分がない。だが……」
レヴィはなにやら考え込んでいるようだった。
「何か気になることがありますか?」
「いや、なんでもない」
その曖昧な返事にエイダは意外な感じがした。
(もしかして、冒険者認定を出すかもしれない……?)
エイダの期待感をよそに、レヴィは明日のことについて話し始めた。
「明日の面接試験前に今日の結果を発表する。心して臨めよ」
「はい……。えっ、発表は私がやるんですか?」
「そうだが?」
(いや、そんな「当たり前ですけど」みたいな顔されても……。初耳なんですけど)
つづく
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