2 上司の世話をするのは面倒くさい
未知に溢れた世界に冒険者たちが飛び出して、長い歳月が経った。
冒険者たちは未踏の地を開拓し、人々が安全に住む土地を広げた。
冒険者たちは世界に散らばる知識を拾い集め、今日の社会の礎を築き上げた。
冒険者たちは人々に害をなすものたちを打ち滅ぼし、安寧の日々をもたらした。
だが、彼らの栄光には暗い影を落とすことにもなった。
力を誇示し争う者、価値あるものを独占すべく他者の命を奪う者、悪を滅ぼす道の半ばで闇に堕ちてしまう者……そうした冒険者たちの悪行が次第に暴かれていく。
人々に危険を振り撒く冒険者たちに抗うべく立ち上がった正義の徒により、悪に染まった冒険者たちは姿を消していった。
そして、真に冒険者たり得る者を選定するため、冒険者認定協会は創設された。
~*~*~*~
歓迎式の会場を抜けたレヴィの姿が公館の尖塔に突き出たバルコニーにあった。優しい夜の風を浴びながら、彼は賑わう街を見下ろしていた。
エイダの足音に気づいて、レヴィは顔をそちらに向ける。
「君の言いたいことは分かる」
「本当ですか?」
「だが、冒険者は良かれ悪かれまわりの人間を不幸にする。我々はただ書類に判を捺すためにいるわけではない」
「だから、あんな言い方を?」
レヴィは返事をしなかった。エイダには薄々分かっていた。これが鋼鉄の冒険者認定官の片鱗なのだ、と。
(それでも言いすぎだったけどね)
エイダはレヴィの隣に立って、腰の高さの石壁に手を置いた。
公館の周囲は広場になっていて、そこではお祭り騒ぎが繰り広げられている。出店が並び、酒が振る舞われ、人々の歌や笑い声が尖塔まで届いてくる。
「見ろ、冒険者が出ると思って誰もが浮かれている。あの中には明日の受験者もいるだろう。かつて冒険者が辿った歴史を知らない人間も多いんだ」
「でも、冒険者は希望でもありますよ」
「そうなるように我々がいるんだよ」
広場の向こうに平べったい建物がある。レヴィはそこを指さす。
「あれが明日の試験会場となるこの公館の離館だ」
「確か、宿泊施設はこの街のホテルでしたね。寝坊の心配は要りませんよ」
皮肉ったつもりのエイダだったが、レヴィはどんちゃん騒ぎをじっと見つめているだけだった。
~*~*~*~
翌日、試験の準備のために離館を訪れたエイダはレヴィの姿が見えないのを不審に思った。一緒に会場の設営に携わる認定協会のスタッフたちに居場所を尋ねても、首を傾げるだけだった。
(まさか、あの人……)
離館を飛び出して、宿泊施設として貸し切られたホテルへ向かう。空は抜けるような青空だが、そんなことは今のエイダにはどうでもいいことだった。
エイダにあてがわれた部屋の隣がレヴィの部屋だ。エイダはそのドアを強くノックした。
「エーベルハルトさん、エイダです! 起きてますか?!」
部屋の中でなにやらドタドタと音がして、スッとドアが開く。何気ない風を装ったレヴィが顔を出す。が、その髪は信じられないほど乱れまくっていた。
「ああ、起きている」
「その寝ぐせだと何を言っても無意味ですよ。準備が始まりますので、早く来てください」
「ああ、分かっているさ」
(分かってないでしょ)と心の中で返して、エイダはレヴィの部屋の前に陣取る。
「ここで待っていますので、準備できたら声をかけてくださいね」
レヴィが部屋の中に顔を引っ込めると、エイダはやれやれと首を振る。
ものの数分で姿を現したレヴィはいつも通りのきっちりとした制服姿になっていた。この世の終わりのようだった寝ぐせは跡形もない。
「どうやってあの寝ぐせを直したんですか、こんな短時間で……」
「そんなことはどうでもいい。ところで、部局長は?」
「グルヴァの頭取の方たちと出て行かれましたよ」
「面倒なことにならなければいいが……」
レヴィがボソッと言うのをエイダは聞き逃していた。
~*~*~*~
「受験者の受付が完了しました」
認定協会のスタッフが報告のためにレヴィのもとにやって来る。
「受験者数は四十七名です」
「ふむ……、交通の要衝というわけでもないこの街では多い方だな」
認定者試験の遠征開催では、遠征隊と試験規模の釣り合いが取れないという事態もたびたび起こっており、事前の応募者の把握が叫ばれているが、今のところ実現に至っていない。今回は成功といったところだ。
スタッフが試験の最後の準備に向かうと、エイダは今日の予定を口にした。
「午前中は学科試験、午後は実技試験ですが、学科試験中に午後の実技試験の確認と打ち合わせが入っていますね」
「実技試験の会場はこの街の保安局の訓練場が貸し出されるようだ。ということは、保安局の人間とも……」
(あ、この人、またよからぬことを考えてる)
レヴィは良くも悪くも実力主義だ。だから、すべての人間を同列に考えている。……といえば聞こえはいいのだが、昨夜のようなこともある。バックマン部局長はレヴィを諌めることもなく好きにさせているが、それだけ信頼しているということなのかもしれないが、エイダはハラハラしてしまう。
~*~*~*~
学科試験開始の鐘が鳴り、レヴィトエイダは試験会場の認定官控え室にやって来た保安局の人間たちと実技試験の現場まで向かう。エイダが部屋に繋ぎ止めておいたため、レヴィは逃げ出すのは諦めたらしい。
保安局は街の端、防壁に囲まれた隅にあった。保安局とは、その名の通り、人々の安全のための機関で、治安維持や魔物の掃討などを担う。認定試験中のトラブルを防ぐため、試験会場付近への立ち入りを制限しているのも彼らだ。
訓練場は奥にある防壁沿いの広大な広場だ。屋根はなく、頭上には防壁に切り取られた青空が見える。
「普段はここで戦闘訓練などを行っておりまして、なにもないだだっ広いところなのですが」
保安局長のハンス・ユルグナーは実技試験用の設営が完了した訓練場に目を向けた。
木材で作られた巨大な壁や冒険者が直面するようなシチュエーションを想定した障害物などが設置されている。
実技試験には、決められたコースを障害物を乗り越えながら進む種が異物試験と敵に見立てた的を攻撃する標的試験、認定協会の人間との模擬戦闘試験が用意されている。
「模擬戦闘は二人がご担当を?」
ユルグナーが訊くと、エイダは首を振る。
「冒険者資格を持ったスタッフが行います。念のため、余裕をもって救護のスタッフを待機させておいてください」
「心得ております。それにしても、冒険者の方がそれほどいらっしゃるとは……素晴らしいですね」
エイダはニコッとしながら、
(うちの上司に任せると受験者全員ぶっ倒されかねないから、なんて言えないよな~……)
と苦笑いした。
当の本人は、実技試験用に用意された武器や魔法具を前に興味津々に目を輝かせていた。
つづく
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