鋼鉄の冒険者認定官

山野エル

EP1 鋼鉄の冒険者認定官

1 ウチの上司は空気が読めない

 魔法で走る車の列の先に、夕闇の山をバックにした街が見えた。


 そこが今回の遠征の目的地である山間の街・テュラトスだ。


「もうすぐ着きますよ、エーベルハルトさん」


 エイダ・ガーファンクルが隣で眠りこけている眼鏡の男の肩に触れる。車輪から伝わる震動が気持ち良いのか、男は手にした手帳とペンを取り落としそうな姿勢のままで口を半開きにしている。


 濃紺の制服に身を包んだその男こそ、エイダの上司に当たるレヴィ・エーベルハルト特級冒険者認定官だ。


 まだ若さの残る端正な顔、しかし、髪の毛は右側が煌めくような銀髪で、左に向かうにつれてダークブラウンにグラデーションしている。派手な髪だが、染めていないというのが本人の談だ。


「エーベルハルトさん、着きますよ!」


 痺れを切らしたエイダが声のボリュームを上げて、レヴィの細身の身体を揺する。だが、静かな寝息が返ってくるだけだ。


(この人、なかなか起きないんだよなぁ……)


 エイダが彼の補佐官として着任してまだ日も浅い。今のところ、まだ彼が「鋼鉄の冒険者認定官オーソライザー」と呼ばれる所以を目にできていなかった。



 一度、そのことを話した時、レヴィは大真面目な顔で、


「私は鋼鉄でできていない」


 と返してきた。


「いや、そういうことじゃないんですよ」


 エイダはそう返すしかなかった。


 レヴィはどこかズレている。



「レヴィさん、着きましたよ!」


 長ったらしい苗字から切り替えて、ちょっとしたウソを投げかけると、ようやく上司は目を覚ました。


「うん……? ああ、着いたか。いや、まだ着いてないな」


 眼鏡の奥で目をショボショボさせながら、レヴィは姿勢を正した。


(着いたって言わないと起きそうになかったからです)……というのを胸の中にしまい込んで、エイダは魔法車の窓から外に目をやった。


 長い間、人や馬や馬車、その他諸々が踏み固めてきた田舎道を六台の魔法車がゆっくりと走っている。


「朝早くにノルヴィアを出て、ほとんど一日かかりましたね」


「それで予定通りだ、仕方がない」


 この遠征は往復で二日、テュラトスでの冒険者認定試験に二日、認定作業に三日が割かれる予定になっていた。


「君も最初の冒険者認定試験が遠征になるとは、いきなりイレギュラーだな」


「そればっかりはしょうがないですよ」


 ノルヴィアにある聖帝国セスティリア冒険者認定協会ノルヴィア支部で認定試験が行われるのが普通の流れだが、遠方の都市からの要請で遠征先で試験を行うこともある。それが今回だったというだけだ。


「グルヴァという鉱山ギルドがテュラトスの首長に認定試験の開催を持ちかけたらしい」


「それでこの後に首長やギルドの方たちとの会食があるんですね」


 エイダがそう言うと、レヴィは虚ろな表情を見せる。


「業務外の仕事は気が進まん……君が代わりに出ておいてくれ」


「いや、さすがにそういうわけにはいきませんよ。エーベルハルトさんが今回の試験の担当官なんですから」


「認定試験は私の仕事だ。だが、おべっかを使うのは私の仕事じゃない。君とバックマン部局長がやればいいだろう」


「なんで部下の私が会食の次席につくんですか、ダメですよ」


 ネザレヤ・バックマンはこの遠征のリーダーで、一つ前の魔法車に乗っているはずだ。レヴィはため息をついた。


「君は頑固だ」


(私のセリフなんですけど)


 エイダの白い目を受け流すレヴィをよそに、車外からなにやらざわめきが聞こえる。


「あ、街の人たちですよ」


 エイダが窓の外を指さす。

 テュラトスの街を囲む防壁に口を開けた巨大な門の向こうで、大勢の人々が遠征隊を出迎えていた。


「テュラトスで認定試験が行われるのは初めてのことだ。いくつかのギルドもスカウト目的でやって来ているだろう。ちょっとしたお祭りだ」


 それだけ冒険者認定試験というものは重要な意味を持っているということだ。



~*~*~*~



 テュラトスからの手厚い歓迎を受けて、二十五人からなる冒険者認定協会ノルヴィア支部の一団は街の中心に建つ石造りの公館に通されることになった。


 厚いカーペットの敷き詰められた大広間には大きなテーブルが置かれ、その上には一行をもてなす料理が所狭しと並べられていた。


「君、見たまえ。あのランプはこの公館に張り巡らされた魔法銀ワイヤーで繋がって光球魔法ルークスを発現しているぞ」


 レヴィが嬉々として天井のガラスランプを指さしている。


(料理の方には興味持たないんかい)


「それはつまり、やはりこの街が鉱山資源が豊富であるということを指し示しているなによりの証拠でもある。本来、このような山間部では満足な物流は来ていない。従来の燃料を使った明かりをとるというのが一般的だが、ここでは群青石が採取できることから、それを魔力源としてふんだんに使うことができるのだ」


 エイダが無視をしてもレヴィは熱弁をふるい続けた。


「珍しいものが見られてよかったですね」


 エイダが間に合わせの返事をすると、レヴィは不思議そうに顔をしかめた。


光球魔法ルークスのランプは珍しいものではない。ノルヴィアにも腐るほどあるだろう。現に帝都からは──」


(この人、基本的にオタク臭いんだよなぁ……)


 弱り切ったエイダに助け舟を出したのは、テュラトスの首長ハプラーニ・バランシュタインたちのお出ましだった。


 白のローブに絢爛豪華な刺繍が施された緋色のマントを身に纏った白髪のバランシュタインは、背後に数名を引き連れていた。


「後ろにいるのが鉱山ギルド・グルヴァの頭取ファルトファン・クライゼフスキーだ」


 囁くレヴィがバランシュタインの背後で狡猾そうな目をしている小太りの男を見やる。さらにそんな彼に率いられるようにして数人の大人たちが連なっている。レヴィによれば、グルヴァ傘下の小規模ギルドの頭取たちらしい。


 バランシュタインが前に出て、バックマン部局長と握手を交わすと、二人は隣り合って一同を見渡した。バランシュタインがにこやかに歓迎の意を表する。


「本日は遠路はるばるこのテュラトスにお越しくださり誠に光栄でございます。この度は、この街で初めての冒険者認定試験が行われるということで、歓迎のしるしとして料理などをご用意いたしました。どうぞごゆるりとお楽しみください」


 バランシュタインの柔らかい雰囲気もあってか歓迎式は穏やかに進み、認定協会の一行は豪勢な料理に舌鼓を打った。


 レヴィだけは実に退屈そうである。道中に手帳に書きつけていたメモやスケッチを食い入るように見つめている。それだけに、隣のエイダは内心ビクついていた。


(頼むからもうちょっと愛想よくしてくれよ~……)


 運悪く、ちょうどそこへバランシュタインとクライゼフスキー、その取り巻きがレヴィたちのテーブルにやって来た。


「こちらが我が支部の特級冒険者認定官のレヴィ・エーベルハルトでございます」


 バックマンのヘラヘラした表情にエイダはピンときた。レヴィを紹介するのに躊躇いがあるのだ。すぐに次のテーブルに移りたそうなバックマンをよそに、バランシュタインは興味深そうにレヴィへ質問を投げかける。


「特級冒険者認定官というと、認定官としては最上位ですね。それなのに、お若く見えます」


 レヴィは眼鏡をクイッとやって首を傾げる。


「能力に年齢が関係ありますか?」


「こ、これは失礼……! 確かに仰る通り、能力の良し悪しに年齢は関係ありますまい」


 想定外の言葉だったらしく、バランシュタインは取り繕うように引きつった笑みを咲かせる。だが、それで終わりにすればいいところ、綺麗な会話の締め方を探求しているのか、


「認定試験では冒険者の誕生を心待ちにしておりますよ」


 とにこやかに口にした。エイダが手で顔を覆っている。


「冒険者の認定を下すかどうかは試験の結果によります。試験を行うからといって、必ずしも冒険者が出るとは限りません」


 ピン、と空気が張り詰めるのがエイダにも分かった。バックマンはというと、ただアワアワと小刻みにステップを踏むだけだ。


 エイダがレヴィの耳元に囁く。


「ここは適当に話を合わせてください……!」


「話を合わせる? 能力のないものを合格させるとでも言えというのか?」


 バランシュタインにも聞こえる声でレヴィがそう返すので、バックマンは慌てて躍り出た。


「そ、そういうわけじゃあないんだけどもねっ。この街の皆さんも冒険者を心待ちにしているわけだからね」


「ならば訂正の必要はありませんね」


 真っ直ぐと見つめられて、バックマンは途方に暮れてしまう。


「そ、そうだね……」





つづく

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