1-2 少年は大いに奮起する

 翌日の午前中、メザリアさんの家に訪問すると困り顔の彼女は申し訳なさそうに笑った。

「連絡も無しにお尋ねして申し訳ありません。リーゼはいらっしゃるかしら? お会いしたいのだけれど……」

「昨日はリーゼが迷惑かけたみたいで…… ごめんなさいね、ミナミ様。根は悪い子じゃないと思うんだけど……」

「迷惑だなんて思ってません。まだ子どもですもの。これから成長していくのよ、きっと」

「……ミナミ様だって、まだ子どもじゃない」

「……そうでしたわ」

こういう時に失言してしまうのは私の悪い癖だ。でも私はリーゼたちよりもずっと大人だし、むしろメザリアさんに歳が近いだろう。私は本来、子どもの成長を見守っていく側なのだ。

「……時々、本当にミナミ様は八歳なのかって思うよ。でも、それくらい、私たちのことを考えてくれてるんだろ? 頭が上がらないけど、ちゃんと休むんだよ。ミナミ様だって子どもなんだから」

「メザリアさん…… ありがとう」

この町は確かに小さいし貧しい。けれど、町の人たちはいつだってあたたかい。私が草むしりをしていたら手伝ってくれる。ゴミ拾いをしていたら飲み物を持ってきてくれる。この町のそういうあたたかさが、大好きだ。

 「リーゼと、お話しさせていただけないかしら。きっと、話せば分かってくれると思うの」

「じゃあ、上がっていくかい? 大したものは出せないけど」

 メザリアさんの家には、あちこちに修繕の跡があった。崩れそうになる度に応急処置を続けてきたのだろう。建築技術の低さも、この町の課題のひとつだ。

「リーゼ! こっちにおいで。ミナミ様だよ」

メザリアさんに呼ばれて、しぶしぶといった様子で奥の部屋からリーゼが顔を出した。

「……なんだよ」

「こら、乱暴な言葉を使っちゃいけないって言っただろ」

「リーゼ。私、あなたとお話がしたいの」

リーゼは視線を右往左往させて、俯いた。服の裾を握りしめて、何か言いたそうにしている。何度か口をぱくぱくとさせた後、リーゼは家を飛び出した。

「待って、リーゼ!」

慌てて後を追いかけるがスカートでは走りにくく、活発な男児の足の速さには到底敵いそうもない。リーゼが行きそうな場所の見当をつけて先回りする方が良さそうだ。

 昨日、ミンヘルから聞いた話を思い出す。そうか、きっとあそこにいるはずだ――

 「リーゼ!」

町の外れの丘に行くと、そこには予想通りリーゼの姿があった。体育座りをして顔を埋めている。私はリーゼの隣に腰を下ろした。そよそよと吹く風が心地良い。

「ねぇ、今日もお勉強会をするの。ぜひ来てほしいわ」

赤髪を風に揺らしながら、リーゼはこちらを伺うように目だけを覗かせた。瞳には不安が宿っている。

「でも、おれ、みんなに嫌われてるし」

「そんなことはないわ。みんな、どうすればいいか分からないだけなの。リーゼが素直になれば、きっとみんな喜んでくれる。……ミンヘルが教えてくれたの。騎士団を目指して特訓していたのでしょう? とても頼もしいわ」

「……っ、けど、おれのせいで、ミンヘルが火傷した! 魔法が当たった場所がもう少しずれてたら、ミンヘルは目が見えなくなったかもしれないって」

 ミンヘルは、五歳の二人に起こったことを話してくれた。二人は騎士団に憧れて、この丘で特訓をしていたそうだ。けれどある日、リーゼの火魔法が暴走してミンヘルの頬に火傷を負わせてしまった。そこからリーゼは変わってしまった、と。

「リーゼは優しいのね。ミンヘルを心配しているんでしょう?……私も、大切な人を傷付けてしまったことがあるの。許されないことをしてしまった。だから、その人のために出来ることは全てするわ。今度は、少しでも役に立ちたいの。諦めたりなんかしないって決めたから」

「ミナミさまも? ミナミさまは偉いって母さんが褒めてたけど……」

「ええ、そうよ。完璧な人なんていないわ。それに、ミンヘルが心配してたわよ。嫌われたのかもしれないって」

「おれは嫌いじゃない! ミンヘルがおれを嫌いなんだ。怪我させちゃったし、そのせいでみんなに避けられてた」

それに、とリーゼは続ける。

「おれ、髪が赤いし……」

 この国には様々な髪色の人たちが暮らしているが、黒に近い髪色の人は少なく、恐れられている。かつてこの国に災害をもたらしたとされる魔王の髪色が漆黒だからだ。そのため、暗い赤や濃い紫の髪色は不吉とされている。偶然か否か、『陽光の聖女』である私の髪の毛は白く、ローズマリーの髪の毛はワインレッドのような色だ。髪色に関しては何の根拠も無い差別なのだが、魔王を恐れるあまり差別は根強く残っているらしい。

「リーゼの髪は確かに赤いけれど、それは迷信よ。何も知らない人が怖がっているだけ。そんなの気にする必要はないわ。それに、薔薇みたいでとても素敵な色。私の大好きな人と似ていて、羨ましいくらいにね」

あのとき見た、ローズマリーの深紅の髪色を思い出す。見惚れてしまうような赤だった。丁寧に手入れされていることがわかる、枝毛のない艶やかな髪質。噂されても避けられても、彼女は髪を染色しなかった。堂々たる赤。凍てつくような瞳も、同じく深い赤色をしていた。美しいものには棘があるというが、その言葉はローズマリーにぴったりだ。

「この色が素敵?」

「えぇ、とっても」

私が微笑むと、リーゼはそっぽを向いた。前髪をひと束手に取ってまじまじと眺めている。そして、何かを決意したようにこちらに顔を向けた。

「おれ、ミンヘルに謝る。あと、他のみんなにも謝る。……だから、おれも勉強会に入れて。髪の毛の色のことで苦しい思いをしている人を、おれ以外にもいっぱい知ってる。でも、仕方ないと思ってた。魔王と遠い家族なんだって言われたから…… けど、それは迷信なんでしょ? だったらおれ、勉強して他の人たちを助けたい。ミナミさまみたいに」

リーゼは真剣な目つきで私をじっと見つめた。唇を噛んで、握った拳は少しだけ震えている。メザリアさんの言う通り、根はいい子なのだ。それでも、素直になるには相当な勇気がいるだろう。

「リーゼは強いのね。話してくれてありがとう、もちろん歓迎するわ。一緒にこの町を良くしましょう」

 独りでどこまでできるのか、不安が無かったといえば嘘になる。けれど、こんなに素直で優しい子どもたちがいるのだから、この町の未来は明るいのかもしれない。心強い仲間ができた気分だ。

 リーゼに手を差し出して握手を交わす。赤色の髪は、陽の光に照らされてきらきらと輝いていた。思わず見つめていると、リーゼが「それと」と口を開く。

「この髪の毛が魔王に関係ないなら、おれも騎士団に入れるかな」

「騎士団に?」

「前にミンヘルと特訓してたのが見つかったとき、赤髪は騎士にはなれないって言われたんだ。だから諦めてたけど、もしチャンスがあるなら、おれも諦めたくない……!」

「……リーゼはきっと、立派な騎士になるわね。髪の色なんて関係ない。それに、火の魔法が使えるのってすごいことなのよ?」

 この世界ではほとんどの人が魔法を使うが、火、水、土、風の四大元素を生み出せる魔法使いは少ない。多くの人の魔法は浮遊や加工、強化などに特化している。転生前に読み漁っていたラノベは四大元素が魔法の基本になっている設定が多かったので驚いたが、実際にはゼロからイチを作り出すのはとても難しいらしい。

 リーゼはいつか、騎士団の大きな戦力になるかもしれない。

 私が立ち上がろうとしたそのとき、ぐぅぅ、と大きな音が聞こえた。隣で赤面しているリーゼに手を差し出す。

「ふふっ、お腹空いたよね。帰りましょう」

リーゼは私の手を取らずに立ち上がり、一歩こちらに近付いた。

「おれ、絶対騎士団に入る。そしたら、ミナミさまも、この町も、全部おれが守るから。だから、母さんも、ミンヘルも、ミナミさまも……みんなが笑顔で暮らせる町をつくってほしい」

「もちろんよ、絶対につくるわ。あなたも笑顔で暮らせる町をね」


 「おれの方が早かった!」

「でも僕の方が多くゴミを拾ったよ。早ければいいっていうわけじゃないでしょ」

「ミナミさまはどっちの勝ちだと思う!?」

「二人とも頑張ってくれたのだから比べる必要はないわよ」

 翌日から、ミナミの毎日の奉仕活動に二人分の足音が加わった。リーゼとミンヘルだ。二人は、時折口喧嘩をしながらも息の合った作業で効率良くゴミを拾ってくれる。ミンヘルは気が弱いのかと思っていたが、リーゼに対してだけは違うようだ。けれど、リーゼはミンヘルと話している時にとても楽しそうにしているし、勉強会に訪れたリーゼを見てミンヘルは心底嬉しそうに笑っていた。魔法の特訓も再開したらしい。知り合いの騎士に二人のことを伝えると興味を示していたので、稽古をつけてくれるかもしれない。性格が真反対な二人は、お互いの足りないところを補い合えるだろう。きっと、立派な騎士に成長してくれる。

 「見てろよミンヘル! 今度はおれが早く多くゴミを拾ってやる!」

「僕に勝てると思ってるの?」

二人はなにやら大声で威嚇し合いながら向こうへ走っていく。

 子犬がじゃれあうような二人の喧嘩を横目に空を見上げると、雲一つない青がいっぱいに広がっていた。

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陽光の聖女は可憐に復讐する〜悪役令嬢が主役の世界に乙女ゲームの主人公役として転生しました〜 唐夜 @strbrx-001

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