太陽ハイジャック計画

みずかきたろー。

太陽ハイジャック計画

男の名前はベッケー・ジュラコフ。


彼は人類史上最高の知識と、人類史上最悪の夢を併せ持つ。


幼少期、彼は学校の先生に将来の最終的な目標を聞かれた際こう答えた。


世界の終わりを見届けること。


教室で笑いが起きたのを彼は今でも覚えている。


しかし、今ではそいつらはもれなく墓の下だ。


今年の9月に174歳を迎えた彼だが、これまでの100年とプラス数十年間、あの日のことを忘れたことは一度もない。


そして、あの夢を諦めたことも一度もない。


彼は今でも、世界が終わるその瞬間を目に焼きつけることを夢としていた。


もう一度言うが、彼は現在174歳。


普通なら彼がいるべき場所は、かつての同級生と同じ墓の下だ。


しかし今彼がいる場所は椅子の上である。


彼の容姿をよく見てみよう。


彼の頭は自ら生み出した常識離れした技術によって、常にフサフサのツヤツヤであった。


白髪も目を細めて探すとやっと見つかる程度だ。


さらに、彼の顔もシワは少ししかなく、常に艶を保っていた。


これも彼の開発した天才的な技術によるものである。


彼がまるでミーヤキャットの如く背筋を伸ばせるのも、言わずもがな。


しかし、そんな彼がありったけの技術を駆使してもなし得ないことが一つだけあった。


それは、不老不死になることである。


彼は人知れず絶望していた。


ちょうど40年前までは、白髪なんて1本も生えていなかったし、シワもひとつもなかった。


それだけ彼の技術が素晴らしかったのである。


しかし、それでは不老不死にはなったとはとても言えない。


現に、白髪もシワも僅かだが目にするようになってしまった。


このままだと、世界が終わるその瞬間には既に墓の下である。


はるか昔から繋いできた無数の命が全て終わる時。


これを見ずして死ぬなんてありえない。


だが、不老不死にでもならない限りはこの夢を叶えるのは不可能である。


悲しいことに、彼は不老不死にはなれない。


そこで彼は今ある技術を最大限利用し、とある計画を企てた。


それは、太陽ハイジャック計画。


計画はこうだ。


この星を明るく照らすあの巨大な火の玉をハイジャックし、太陽光を特殊なものにする。


この光は照らす全てを破壊し、燃やし尽くすのだ。


彼は、自らの手でこの世界を終わらせることを決めた。


不老不死は、世界の終わりを見届けるためのただの手段に過ぎない。


諦めることなど容易だった。


翌日、彼は早朝から実行に移った。


彼には昔妻がいたが、それも約100年前のこと。


彼女の知識は彼の足元にも及ばなかったが、人類の中では極めて高い方であり、かつてベッケーの助手をしていた。


息子もいたが、彼に関してはそこまで頭がいいというわけでもなく、何も成し得ないまま今はその母と同じ墓の下で眠っている。


こうして長い期間孤独である彼に協力者と言えるものはおらず、彼の研究施設には、彼と、彼の雇った学のない召使いが3人いるだけである。


つまり、彼は全て自分の力で計画を進めた。


太陽をハイジャックする。


そんなことできるのかと疑問に思う人もいるだろうが、この男を舐めてはいけない。


不老不死になること以外は大体何でもできるのである。


過去に実際、彼は太陽をハイジャックしたことがある。


太陽光を、浴びるだけでストレスを解消し、血流を良くする特殊なものに変えている。


そのため、今回の実験は二度目の太陽ハイジャック計画なのである。


過去に行った第1回太陽ハイジャック計画のおかげで、人々や、動物までもが少しでも暇な時間があると太陽光を浴びている。


そのおかげで、第2回太陽ハイジャック計画による世界の終わりはより華やかで素晴らしいものになるだろうと思い、彼は暗い研究施設の中、1人でほくそ笑んだ。


3人の召使いのうち1人が「1人で笑って、ボケちまったか?あの人」と言いたげな表情を見せながら、他の2人の方を見た。


彼らはベッケーが何者なのかよく知らない。


ただ、この仕事の時給が高かったのでここにいる。


それだけである。


彼らはベッケーが怪しげな実験を行ってきたのを、幾度となく目撃している。


だが、ベッケーの思惑通り、馬鹿な彼らにとって、その実験は極めてどうでもいい事柄であった。


しかし、今回の実験については例外であった。


彼らのような学のない馬鹿どもですら一瞬にして察知してしまう程の恐ろしさが、この研究施設内で漂っていた。


「このおっさんは、何かとんでもないことをしようとしている!」


3人は冷や汗をかく。


その中の1人、ダニエルがスノーボールクッキーを手に取りベッケー目掛けて歩き出す。


特に秘密を聞き出そうだとか、そんな器用なことをしようとしている訳ではない。


ただ、仕事だからやっている。


それだけである。


後ろでは、残りの2人であるチョフとダマッカスが肩を揃えて震えていた。


「ベッケーさん!あなたの気に入ってるスノーボールクッキーですぜ」


ダニエルがベッケーにスノーボールクッキーを差し出した。


「ちょっと待って、あと5秒で終わるから」


ベッケーはモニターから目を離さない。


カタカタとキーボードを叩く音だけが響き渡る。


モニターには太陽が映し出されていた。


「よしっと、ありがとう終わったよ。あとは5分、カップラーメンと同じ時間待つだけだ」


ベッケーがダニエルの方を向き笑顔でスノーボールクッキーを受け取った。


「最後の晩餐は、このスノーボールクッキーってことだな」


ベッケーはまるで宝石を見るようにスノーボールクッキーを眺め、しばらく経ったあとポイッと口に放り込んだ。


「あのー、最後の晩餐ってどういうことっすか。バカな俺にも分かるように教えて下せェ」


ダニエルが頭を掻きながら言った。


「ああ、いいとも。せっかくの機会だ。君ら馬鹿どもにも理解できるように教えてやる」


ゴホンッ


ベッケーが咳払いをした。


気になるのか、後ろで震えていたチョフとダマッカスもベッケーの元へやってきた。


「私の夢は世界の終わりを見届けることだ。だが今年で私は174歳だ。このままだと、夢を叶える前に死んでしまう。だから、数多の技術を駆使し、不老不死になれるよう死力を尽くした。そうでもしないと夢を叶えられないと考えていたからね。しかし無理だったから諦め、自分で世界を終わらせることにしたのだ。そしてその計画を今、実行した。そのため、このスノーボールクッキーが最後の晩餐という事になる」


ベッケーが口を拭きながら言った。


「え?」


この話を聞き、三人から出た言葉はそれだけだった。


「まあそういう反応をしてしまうのも無理もない!君らみたいな馬鹿は、死ぬ前に何かを理解することも、望みを叶えることもできない!私のような超越者のみが、全てを理解し、望みを叶えたあと死ぬことができるのだ!!だっはっはっはっはっは!!」


ベッケーが狂ったように笑う。


その表情には、自身が夢を叶える事ができる喜びと、ダニエル達に対する蔑みの態度が滲み出ていた。


チョフはただただ震えている。


ダマッカスは何も理解できなかったようだ。


ダニエルは不満そうに言った。


「ぼくは、最後の晩餐の意味が知りたかったんです!なのに、願ってもないこと言いやがって!意味わかんねえよ!意味を教えろよ!」


激昂したダニエルはベッケーを殴った。


「え?」


次は、ベッケーの口からこの困惑の一言が、スノーボールクッキーの食べカスと共にこぼれ落ちた。


ベッケーが今起きた出来事を理解することは出来なかった。


脳が揺れているのをベッケーは感じた。


ダニエルは、間髪入れずに殴った。


さらに殴った。


さらにさらに殴った。


ベッケーは薄れゆく意識の中、本能で叫んだ。


「まて!!!!あと1分なんだ!あと1分で私は世界の終わりを見届けられ...」


ベッケーは死んだ。


彼の肌から艶が消えていく。


「ああ!ちくしょう殺しちまった!意味を!意味を教えてくれ!!おい!チョフ!教えろ!」


ダニエルはチョフの胸ぐらを掴んだ。


「うああああ!!さいごにたべるごはんのこと!!」


チョフが泣き叫んだ。


「さんきゅーだぜ!チョフ」


ダニエルがスッキリした表情でチョフの顔を見つめながら礼を言った。


と同時に、研究施設がボロボロと崩壊しだした。


ベッケーの最後の晩餐であったスノーボールクッキーの様に。


3人に太陽光が優しくキスをした。


3人は肩から崩れ落ちた。


いや、崩れ落ちたのは頭からだった。


粉々になった彼らは、太陽光の情熱を受けとり、メラメラと燃えている。


さらに太陽光は優しくこの星を包み込み、瞬く間に粉々にした。


馬鹿であろうと、星であろうと、例外なく太陽光は、全てのものをベッケーが噛み砕いたスノーボールクッキーの様に粉々にした。


この光景は実に絶景だった。


きっと多くの人々が急な出来事に対応できず、何も分からないまま、何も見れないまま死んでいっただろう。


ああ、もったいない。


唯一、全てを理解した冷静な状態で、この光景を思う存分堪能できたであろうベッケーも、一足先に死んでいる。


ああ、もったいない。


何も理解出来ず、何も叶えられず死にゆく運命。


ああ、なんてもったいないんだ。











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