1章 なにもいない ③

 声が大きく、言動も身なりも派手で、順法意識に乏しい。

 彩里にとって姉は苦手な人種そのものだったが、実害はなかった。姉妹として、姉は彩里を可愛がってくれた。「彩里は私がほしがったから生まれてきたんだよ」とよく言っていた。だから可愛がるのは当然なのだと。友里が「うちの妹はすごく頭がいい」と周囲に自慢していることも、彩里は知っていた。

 だけど、それは姉の――柊友里の一面でしかない。彩里は、友里の恐ろしいところを知っている。両親が見えていなかった、柊友里の本性を知っている。

 だからこそ、姉が、そんな姉が、自死を選ぶとは考えられなかった。

 親族の助けを得ながら葬儀を終え、仏壇に姉の遺影を飾った両親が最初に口にしたのは、「友里が犯罪被害者だったのではないか」という疑義だった。そうとでも考えなければ、このやるせない喪失感に耐えられず、娘の理解不能な言動に答え合わせができなかったのだろう。寧ろ、そうであってくれた方が彩里も納得できたし、姉を壊した仮想の敵に恨みをぶつけられるだけ心の隙間が埋まる気がした。

 娘が性的暴行の被害に遭っていた、なんて本来ならば考えたくもない事態だろうが、両親は大真面目に警察へ相談を持ちかけた。当然、本格的な捜査に至るにはなんらかの証拠が必要で、既に荼毘に伏された姉の体をもう一度調べることはできず、あくまで「相談」に留まった。複数受診した産婦人科で、本人が性交渉経験を否定し、内診が行われていなかったことも、両親の疑義に対しては不利益となった。彼らが望んだ因果を、姉自身が生前、否定してしまっていたのは皮肉としか言いようがない。


 姉の死で回線が解約された最新のスマホを、母はずっと触っていた。どうにかロックを解除できないか携帯会社や警察、専門業者にも頼ったが、芳しい返事はどこからも得られなかった。例えばパソコン本体やクラウドサービスに同期していれば「初期化した上でバックアップにアクセスする」といった手段が一つあると案内されたが、完全なデータとは言えない上、大学の課題くらいのためにしかパソコンを使っていなかった姉がスマホのバックアップをパソコンに残しているとは考えづらい。そもそも、パソコンにもロックがかかっていて、開けないままだった。

 指紋認証以外にロック解除の方法に設定されていた。数字四桁のパスコード。

 姉の誕生日ではなく、死んでしまった愛犬を飼い始めた日でもなく、姉の部屋からそれらしき数字を抜き出さんと母は必死だったが、結局当てずっぽうになったペナルティとして、スマホの操作自体が長時間できなくなった。それでも忌引き休暇の間中、両親は友里のスマホを片時も手放さず、あるかどうかも分からない姉の「被害」の記録がそこにあると願っているようだった。


「そこをなんとか、お願いできませんか」


 姉の死からあっと言う間に一週間が過ぎようとする中、仏壇の前で母が誰かと電話していた。遺影の姉は成人式の前撮り姿で、見入ってしまうほど美しい。


「娘のスマホが開けないからそちらにお願いしているんです。どうにかサークルの学生とコンタクトを取れるようにお計らいしていただけませんか……、ええ、たしか『アンバースデー』という……、公認かどうか、ですか。それはちょっと、ええとすみません、そもそもサークルに『公認』と『非公認』があるんですか」


 どうやら姉の大学に電話をしているようだった。どこか強気だった口調が一転、しどろもどろになる母の後ろ姿を見て、彩里はそっと目を逸らす。大学に行っていない母にとって、大学生活とはどこか空想めいたもので理解が追いついていないのだろう。


「……そうですか、非公認……。所属学生をそちらは把握できていない、ということですね。教育機関として、それは管理が行き届いているとは思えないのですが……、顧問の先生などもいらっしゃらないのですか?」


 きっと電話越しの担当者は失笑を殺すのに必死だと思う。中高の部活の延長戦としか思っていなかったらしい母の浅はかな質問は空転し、憮然とした声で電話は終わった。知識がないのだから仕方ない。大学生活を経験したことのない母にとっては、「今日サークルだから遅くなる」という姉の一言から「高校時代の部活の延長」と思っても全くおかしくない。しかし、それがどんなサークルなのか、普段何をしているのか、どういった人たちがいるのか、深く尋ねなかったことは落ち度だろう。

 本人の自主性に任せていた、と言うのは、全てが手遅れになった今、軽々しく言っていいことではない。――姉の失調を見ていながら「自殺」の可能性をまるで考えなかった自分が詰る権利はないが、彩里は自分を含めた家族のそういう態度が姉を増長させ、そして死なせたのだと悔いていた。友里は甘やかしと都合のいい放任という毒を知らず飲まされていた被害者なのではないか。彩里は、苛立たしげにスマホを放った母を見て心が痛んだ。どうあれ、両親も、自分も、友里を愛していた。


 姉の死から一週間を以て、父がまず職場に復帰した。大学との電話でのやり取りを見るからに神経質になっていた母は、父の勧めで茨城の実家で数日間静養することになった。姉の死後、彩里は寝ているか勉強しているかの二極の生活をしていたが、土日にあった医進専門の全国模試を受けてから高校に戻った。その頃には母も実家から戻ってきて、柊家は形だけはどうにか、日常を取り戻していた。

 だが、相変わらず友里のスマホのロックは解除されないままで、なぜ姉が死んだのか、姉の想像妊娠の理由はなんだったのか、すっきりしない謎だけが真綿でゆっくり締め上げるように家族を蝕んでいる。その気配を、彩里は感じていた。

 七月二日、姉の死から二週間近く経つ頃、休止していた彩里の家庭教師による授業が再開された。普段から授業用に開いていた和室は、四十九日が過ぎるまで姉の死を悼む儀式的な場所になっていたから、彩里の部屋を使うことになっていた。

両親、特に母親はあまり他人を家の奥に上げたくなさそうだったが、「先生」は父が紹介してくれた身元素性のはっきりした人物だ。あまり下世話な心配を講ずるのも失礼な話だと、彩里は密かに思っていた。

 急いで高校から帰宅し、部屋の片づけをしている最中に先生がきた。先生も葬儀には来てくれたが、弔問客以外がこの家に来るのは事件以来初めてだった。葬儀のときと同じく整えられた髪型が、いつもの授業のときとは大違いだった。


「彩里ちゃん、大変だったね。体調はどうかな、無理していない?」


 先生の口調は、手探りで相手との距離を測るような硬いものだった。その態度は、先生が彩里のことを真剣に慮ってくれていることの証左に思えた。彩里は目頭に熱い鈍痛を覚える。担任教師以外に姉の死を知る者はいない。「身内の不幸」で欠席した彩里にクラスメイトからは形骸的なお悔やみの言葉をもらったがそれ以上の言及はなく、彩里も努めて平静であろうとした。家族の自殺という、触れてはならない暗部を自分の周囲に広めてなるものかという抵抗があったからだ。

 気を張っていた己を自覚した。姉の死の背景にはトラブルがあったのだと強い口調で訴え続ける両親の目には、きっと彩里は霞んでよく見えていない。心配してほしかった自分の弱さを恥じる前に、感情が一筋、顎の先に伝った。

 先生は急かすこともなく、玄関で彩里の気持ちが落ち着くのを待ってくれた。幸いにして涙腺は間もなく栓がされ、深呼吸をしてから彩里は先生を部屋に招き入れた。線香の匂いが充満する家の中で、彩里の部屋だけは巻き散らされた芳香ミストのフローラルな香りが漂っていた。

 涙を見せてしまったせいで気恥ずかしくなっていた彩里は、先生に話したいことがあれどもそれを隠し、久しぶりの授業で聞きたかったポイントについて尋ねた。先日の模試の自己採点結果を見せ、引っかかった箇所を見ると、先生は自分のテキストを開いて類似問題を探し、解答方法を指導してくれた。彩里がどうにか気持ちを立て直そうとしているのを汲んでくれているように、余計な話はしなかった。

 先生は、現役の医学部生だ。父の母校であるI大学の学生で、OB・OG会でたまたま知り合った父が、彩里の家庭教師を打診したのだ。中部地方の地方都市出身で、奨学金を頼りに学校へ通う苦学生らしかった。もう一年の付き合いになるので、ある程度の身の上は知っている。小学生のときからシングルマザーの元で育ち、大学に行くことに関しても相当揉めたそうだ。親からの援助もなく、塾にも通わず県内トップの公立校も首席で卒業、ストレートで医学部進学を決めたというのだから、先生は彩里にとって憧れの存在だった。


「勉強のことだけじゃなく、何かあればなんでも相談に乗るからね」

「……ありがとうございます」


 帰り際、そう言われて、彩里は揺らいだ。姉が自殺するまでの一カ月、週に二回、家庭教師に訪れていた先生は、友里の異変にも無論気づいていただろう。今まで家にいなかった存在が、常に気配を滲ませているのだから。幸いにして家庭教師の在宅中に友里が癇癪を発症することはなかったが、どこか緊張感のある家の空気は嫌でも伝わっていたはずだ。先生は「お姉さんどうかしたの?」なんて軽率に尋ねてくる人ではなかったが、心のどこかで訊いてほしい、不安をぶちまけたい、と思っていたことを、彩里は否定できなかった。

 しかし、いざ「なんでも相談して」と言われると素直に吐き出せない。

 姉の想像妊娠、両親の被害妄想、解けないスマホのロックと、ノックしても返事のない無人の部屋の寂しさ。

 結局、内側にとぐろを巻く不安の蛇が口から飛び出ることはなく、彩里は静かに先生を見送った。もはや両親ですら悩みを相談できる空気ではないのに、姉の身に起きていた奇怪な出来事を話してしまったら、唯一頼れる先生にすら敬遠されてしまうのではないかという恐れ故だった。


 事態が急変したのは、数日後だった。

 相変わらず早朝から自習室を利用していた彩里が予鈴前に教室へ戻ると、教室が一瞬で静まり返る嫌な現象が起こった。騒々しかったカエルの合唱が急にぴたりとやんだときの、一抹の虚無だった。そして彼女たちは何事もなかったかのようにざわめき出す。沈黙の帳尻を合わせるように。

 彩里のスマホが、スカートの内ポケットで振動した。周りから全く視線を浴びないことが逆に不穏で、そのタイミングでスマホが何かを受信したことが気味悪かった。着席してから、机の下で恐る恐るスマホのロックを解除する。同じメーカー製のスマホ同士でコンテンツを送受信できる仕組みを利用して送られてきたのは、SNSのスクリーンショットだった。あ、と上擦った声が思わず漏れる。誰とも知れぬクラスメイトたちが、花が散るような笑みを見せた。


 ――ミスJ大に選ばれた美人女子大生が自殺した件で匿名の情報が続々集まってるのでまとめます。


 暴露話や炎上記事を拡散させるインフルエンサーの投稿を見て、彩里は視線をさ迷わせた。少女たちは誰も彩里を見ていないのに、みんなが彩里を視ていた。物静かで、内気で。中等部から高等部にかけての六年間、誰の害にもならないよう振る舞ってきた。なのに自分の居場所は、もはや潰えようとしている。彩里は一瞬で悟った。

 インフルエンサー自体は姉の本名を出していなかったが、いわゆる「特定班」という連中が傲慢な万能感を見せつけるように、投稿を引用して姉の素性を暴露していく。ミスJ大に友里が選ばれたのは昨年、二年生のときだ。当時の画像や本名、学部が瞬く間に拡散され、作るだけ作って放置していた彩里のSNSのタイムラインまでも汚染した。

 自殺が有り触れている残酷な世の中では、女子大生一人が自宅のベランダから飛び降りようがニュースにもならない。姉の死は親戚やご近所、小中高の卒業アルバムと家族の記憶から素性が辿れる友人たちのみに伝えられ、姉の大学の関係者が弔問に来た覚えはなかった。事務的なお悔やみ電報と花が、葬儀場に届いただけだ。

 とはいえ、姉の死をいたずらにリークすることができた人間は無数にいて、そんな犯人捜しは意味がない。彩里の学生生活は、姉の自殺ではなく、姉が生前してきたことの暴露によって破綻してしまったのだから。


 その日、彩里は逃げるように、昼休み中に早退した。帰りの電車でも、スマホをいじるのをやめられなかった。

 インフルエンサーの投稿は呼び水となったかのように、「柊友里から小学校のとき、あるいは中学校のとき、はたまた高校で、大学で、バイト先でいじめに遭った」という真偽不明のタレコミがSNSのコメント欄に散見して、荒れた。姉が十代の頃からクラブや盛り場にいたことは彩里にとって驚くべきことではなかったが、飲酒、喫煙、露出過多な身なり、治安の悪そうな男たち・女たちと親密にする姿、二回りは年が離れていそうな男性との密着――そういった写真が流出という名の意図的な拡散で人々の目に留まると、一段とバッシングが強まった。

 柊友里はいじめ加害グループの中心人物で、高校時代には彼女の同級生が自殺未遂をしている。いじめ加害者は死んで当然。パパ活で稼いだ金で整形をし、十代からホストクラブに入り浸っていた。Fラン大学らしい低能ぶり。親が金持ちだからいじめの件を金でもみ消した。教育失敗。親の顔が見てみたい。

 流言混じる罵詈雑言の中で、「自殺の原因は妊娠、無責任馬鹿女」という、当てずっぽうとも故人を知っているともつかぬ投稿があった。世の中の炎上案件に対してのみ、バッシングを目的にコメントをしている露悪的なアカウントだ。個人情報を全く窺わせないプロフィール欄とアイコンを前に、彩里は唇を噛んだ。この、よほど無責任な発言は群衆の好奇心を煽って、なぜかたくさんの「いいね」がつき、まるで真実だと言わんばかりに広められた。そうであってほしい、と人々が願うかのようだった。

 だが、この浅ましい人間心理は、彩里たち家族が知りたがっていた友里の所属サークルについての情報をも集めてくれた。パパ活女の成れの果てだ、なんて誹謗中傷よりも、柊友里はJ大学の非公認スポーツ観戦サークル「アンバースデー」に所属していて、大学内では「ヤリサー」として有名だというタレコミがインフルエンサーに紹介されたのだ。サークルや所属している人間のSNSが晒されて炎上するのも一瞬で、たった一日で柊友里の悪名と経歴はネット中に広まった。

 姉に対する真偽入り混じった暴露と誹謗中傷は、彩里が話すまでもなく両親の目にも入っていた。さすがの父も仕事を早くに切り上げて帰宅し、どうにか調子を戻していた母はまたもや血色が悪くなり、神経質な顔面を俯かせていた。


「知人の弁護士を通して、ネットの誹謗中傷に実績のある弁護士を紹介してもらった。彩里、明日からしばらく学校は休みなさい。余計な雑音は勉強の邪魔だ。先生方には配慮してくれるようお願いするから」


 父親は怒りを滲ませながらも、淡々と指示を出した。

 母が前髪をぐしゃりと掴んで、声を詰まらせる。


「なんでこんな……友里が死んだことだけでもつらいのに」

「きみも無理して出勤することはない。有休をまとめて取って、しばらく茨城にいたらどうだ。まだよく眠れていないんだろう、心療内科の先生にもストレスが一番の毒だと言われたばかりじゃないか。あちらのご両親もひどく心配していたし」

「だけど、この前本を出したばかりなのに」


 母親は、駅近くの古民家を買い取って、古着屋を兼ねた裁縫教室を運営していた。服飾の専門学校を卒業し、ブライダル関連の仕事をしている最中に父と出会って結婚した。彩里が私立中学に合格したことでファッション業界に復帰し、その伝手で出会った数名と裁縫教室を開いて独立したのだ。「自宅で気軽にできる洋服リメイク」と題した動画配信がそれなりに人気を博し、姉がおかしくなる数日前には記念すべき監修本が出版されたばかりだった。美人洋裁家なんて触れ込みで名前が話題になることも増え、裁縫教室は繁盛していると聞いている。

 母以外にも講師はいるとはいえ、母目当てで来ている生徒も多いだろう。ただでさえ忌引きの間の休みもあったし、この期に及んで我が子の予期せぬ不祥事暴露で休むとは言えないという気持ちも彩里には分かった。だが、どうせ世間から特定されるのも時間の問題だ。この母が、この父が、自殺したミスJ大・いじめ、パパ活、不純異性交遊の果てに死んだ、柊友里の両親だと。既に、自分があの柊友里の妹だとクラスメイトに嘲笑われ、一瞬で立場を失ったように。何しろ、いくら金を積んでもご近所さんの口に完全な戸は立てられないのだから。

 父と母が相談をしている間に、電子音が響いた。彩里は面を上げる。


「弁護士からだ。ちょっと話をしてくるから、彩里はもう勉強に戻りなさい。必要なら家庭教師の回数を増やしてもいい、別の先生になるかもしれないけど」


 早口でそう言いながら、父はリビングを出た。


「友里はたしかに問題事は起こす子だったけど、死んでからこんな、よく知りもしない人間たちに酷いこと言われる筋合いない。死んで当然とか、低能とか、許さない」


 独り言のような母の怨嗟の念を間近にして、彩里はどう反応するか迷った。

 パパ活に関しては、彩里は何も言えない。知らないからだ。

 だけど、いじめはあった。友里は、姉は――たしかに、いじめの中心人物だった。

 それは両親だって知っているはずだ。なかったことにはできない。高校のとき、相手方の親に慰謝料を払い、和解という名の口封じをした。

 母の言うことは理解できる。姉の非道は棚に上げられるものではない。だが、それが姉の全てではなかった。姉のことを知る人間が「友里は最低だった」と言う説得力に対して、ネットの情報しか知らぬ、己の頭で咀嚼することすらせず目の前の「信じたいもの」だけを拡散して叩く輩のなんと矮小なことか。


「サークルのSNSも炎上して、鍵が……フォローしていないと見られなくなってる。お姉ちゃんがスポーツ観戦に興味あるなんて知らなかったんだけど、本当にこの『アンバースデー』っていうのに入ってたのかな」

「今となっては入っていてほしくないけどね。大学に問い合わせしても小馬鹿にされたわけだわ。下らない……どうしようもない連中とつるんでいたせいで友里は」


 母が苛立たしげに机を引っかいた。それは違うんじゃないか、と彩里は心の中でだけ母を否定する。非公認のサークル、その全てが運営に問題があるとは言わないが、わざわざ管理外の場所に赴くリスクを普通は考えるべきだ。バックカントリーで毎年スキーヤーが遭難し、雪崩に巻き込まれることを暖かい場所で呆れるのと同じだ。

管理をしなかった大学が悪いのではない、そのサークルにいた人間が姉をどうこうした確証もない。母は、姉のことになると視野が狭く、一方通行で、他責だった。そういう面が、彩里は昔から苦手だった。


「友里がパパ活だの、不純異性交遊だの、していたとしてなんだって言うのよ。妊娠なんてしていない、馬鹿だの無責任だの、みんな友里が美人だから嫉妬して乏しめてるに決まってる」


 母が唸るように吐き出したその言葉は、姉のことを何も知らないのだなと改めて彩里をがっかりさせた。半分しか血の繋がらない親なんてこんなものなのだろうか。自分が姉の本性を分かってしまったのは、最も近い血縁だからなのかもしれない。

 電話を終えた父と入れ替わるように自室へ向かった。勉強なんて手につくわけがない。貪るようにSNSを追いかけ、夕方よりも増えた怪情報の数々に動悸がした。

 ――今年度になってJ大学の女子学生が自殺するのはこれで二回目。

 ――死んだ学生はやっぱりアンバースデーに入っていたらしい。

 ――妊娠したって騒いで、サークルを出禁になっていたとか。

 その投稿に、彩里はブックマークをつけた。

 

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