053 ~気分がいい時~

以前勤めていた会社の研修資料を見つけた。

そこに次の一文があった。


「気分がいいことは?」


昔、担当していた生徒さんからも同じような質問をされたことがあって、

答えは今でも変わってはいない。


「一日の仕事が終わり、自宅に帰って玄関を閉めたあの静けさと暗闇を感じた瞬間」


こんなことを言うと、いつも変な顔をされる。


でもそうなんだから、仕方がない。


巣に戻って来た感覚とでもいうのか、

妙に落ち着いて、

あの静けさと暗闇の中では、

確かに自分という存在を自分だけで感じられる。


きょう一日、つくろった自分と一緒にいた自分はさぞくたびれているだろうと思う。

しかし無事に自分という存在を終えられた。

無事に戻って来た。


これほど平和なことはない。だから気分がいい。


誰にも邪魔されず、見えるものもなく、

暗闇の中で身体の、服の動く音がするから、

自分の実態を認知することができているあの瞬間。


自分が確かにここにいるとわかる。


言い換えると、外のいる時の自分は自分ではないことになる。

作られた自分だ。


だからもしかすると質問への答えはこう言い換えられるかもしれない。


「自分を自分と認知するとき」


あっ、また沈黙が聞こえてきた。







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