014 ~続柄は母の夫~

4人いる子ども(妻の子)の内、

先月7月は長男(3番目)の誕生月だった。


「パパに買ってもらったんだ。」


そう言って見せてくれたのは、木目調のエレキギターだった。

4人とも妻の子で、僕の実の子ではない。

だからここで言う「パパ」とは僕のことではもちろんない。


妻が離婚した元旦那さん(一応さんつけとくか)とは、

子どもたちだけにまだ接点があって、

折に触れて遊びに連れて行ってもらっているらしい。


だから、私生活の中で、

「パパ」という言葉が今でも飛び交う時がある。


その度に妻は遠慮するように言葉をつぐむ。

僕は気にしていないけれど、本当は少しだけ嘘をついている。


なにもこの子たちの「パパは僕だ」なんて言うつもりはない。


でも、どこかもどかしい。

自分ってこの家で何者なんだろう。


よく考えていた。今でも考えることがある。


世間では、

「連れ子を受け入れて偉いねぇ。」なんて言われる。


そんな傲慢なことを考えたことはないけれど、

会う人会う人にそう言われるものだから、お世辞だろうけれど、

そんなもんなのかなぁと自意識の一部にしたことも確かだ。


しかし一人は違った。

妻の職場の同僚の言葉だ。


「新しいパパさんは、みんな(妻と子)に感謝しないとね!」


えっ? 


今となってはそう思ったことが恥ずかしい。


新しいパパ=僕が、

自分たちの家で過ごすことを受け入れてくれたことに感謝しろということだった。


まったくその通りだ。

なんで気づかなかったろうと思う。


それがもう5年も前の話だ。

僕は今でも、父でもなくパパでもなく、

下の名前で呼ばれる関係でみなと生活している。させていただいている。


続柄は「母の夫」

子どもたちの学校に提出する書類にも、役所に提出する書類にも、そう記入する。


続柄は「母の夫」

血はつながっていなくても、家族のような会話は日々ある。


「へぇ、かっこいいの買ってもらったじゃん。」

「自転車パンクしちゃった。」

「雨降ってるよ、駅まで送ってくか。」


それだけで充分じゃない?

お説教をしても、「パパでもないくせに!」なんて言われたことは一度もない。


みんな、やさしい。


僕はこの家で何者なんだろう、

なんてそんなこと、もう考えなくてもいいのかも。


こうして、カクヨムを通して、

そして他にも自分の趣味に打ち込むことができている。


自分は確かにここにある。

充分幸せだ。


続柄は「母の夫」、そして子どもたちは「妻の子」

父でもパパでもないけれど、一人の大人として、背中を見せたいと思う。


これは深夜の高ぶった感情で書く、独り言だ。

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