第8話・救世主ブラック

 楽しい時が終わるのは余りにも呆気あっけない。


 家に帰るや否や、母親の出迎えの声を無視してさっさと自分の部屋に飛び込み――。

 そして、PCを起動して真っ先にボイスチャットアプリを立ち上げた途端とたん、現実が姿を現したのだ。


 無い。


 刹那と話すために作った専用ルームには、自分のアカウントしか存在していない。


「あいつ退出しやがったな」


 フレンドらんにはまだ刹那の名前がある。

 どうやらルーム登録だけ解除したようだ。


「やってくれるな」


 急いで刹那のアカウントに向けてリクエストを送る。

 だが、数分経っても相手から返信が来ることは無かった。


 アイコンはログインを示す緑の光が灯っているのにも関わらずだ。


 困った。


 きっと向こうはこちらの反応には気付いている。


 気付いた上で無視しているのだ。


DMダイレクトメールでも送るか?」


 いや、文章で伝えられるほど自分に力は無い。

 かといって、ボイスでは取り合って貰えない。


 八方塞はっぽうふさがりである。


「どうすりゃ良いんだよ」


 モニターの前に突っ伏し弱音を吐く。


 別に俺がここまで手を差し伸べる必要は無いんじゃないだろうか。


 い上がるも沈むも自分の人生。

 刹那にはどちらでも選べる自由がある。


 そこに俺なんかが横から口を出すのは、おこがましくないか?


 違う。


 違う違う違う。


 それは単なる逃避とうひだ。


 俺はアイツのことを掛け替えのない友と思っている。

 一緒にゲームで盛り上がり、好きな食べ物や勉強といった、くだらない話で同じ時間を分かち合った奴が友人と呼べない訳が無い。


 友達が苦しんでいる時に助けるのは、当然のことだ。


「しっかりしろ、俺!」


 両頬りょうほおを叩き、気合を入れる。

 くじけてるひまなんてないのだ。


 どうしたいかの方向性は決まった。

 あとは目標に向けた手段だ。


 どうする?

 通話で話を聞いてもらえる手段が無いのは事実だ。


「いや、待てよ」


 別に会話をする必要なんてない。

 ここで大事なのは俺の気持ちをどう聞いてもらうかなのだ。


「そうか。前提ぜんていが間違ってたな」


 で、あれば、手紙だっていいわけだ。


 保健室の先生にたずねたことで、刹那は俺と同じ学校であることや、クラスメイトであることが判明している。


 手紙なら家にさえ届ければ必然的に相手に辿たどり着く。


 それに、手紙なら文字の汚さや文章の稚拙ちせつさもかえって温かみになると聞く。

 チャットの文章力には自信が無くとも、もっと物理的な手段であれば気持ちは伝わるのではないだろうか。


「待て待て。急ぎすぎちゃだめだ」


 現実の刹那が分かっても、家まで突き止められるかという疑問だ。


 手紙を届けるには住所がいる。

 手紙を届ける場所が分からなければ、いくら文章を書き連ねたところで骨折り損のくたびれもうけだ。


「先生に聞くという手段もあるが」


 教師であれば学校の生徒の住所情報を持っているだろう。

 つまり、教師にたずねれば刹那の住所は聞き出せる。


 が、どうやって?


 俺と刹那は表向き接点が1ミリも無い。

 クラスメイトというだけでは、ぱっと見無関係な俺に個人情報を教えてくれることは決してないだろう。


 手段の存在と実行出来る可能性はまた別問題だ。


「それに例え住所が分かったところで、刹那に手に取って貰えるかどうか」


 表計算ソフトにフローチャートの図を操作しては、大きなバツ印を付けていく。


 郵便では相手に届くまでに時間が掛かる。

 直接ポストに投稿とうこうした場合は、家族に怪しまれてしまうことだろう。


 また、精神的に弱っている人間が手紙を気に掛けるほどの余裕があるのかもはなはだ疑問だ。


「こうなってくると手紙は難しいな」


 次から次へと思いつく課題を前にして、表計算ソフト上に表示させた1つのルートを潰す。

 手紙という手段は悪くなかったものの、ゴールに辿たどり着くまでの難易度が高過ぎた。


 と、なればどうする。


 家を聞き出せることを前提に家に押し掛けてはどうだろうか?


「俺が刹那の立場なら嫌だな」


 更に付け加えると、突然見知らぬ男のクラスメイトが家にやって来るのは家族にとっても嫌に違いない。


 つまり、この案も没だ。


「厳しいな」


 思い付く限りの案を四角い図に書き込んでみたものの、ことごとくダメ判定してしまった。


 相手に想いを伝えることがこんなにも厳しいとは思わなかった。


「ふぅー」


 背もたれに体重を預け、斜め上に視線を変える。


 少し前まではいとも簡単に会話が出来ていたというのに、相手の心にシャッターを掛けるだけでここまで手段が無くなるとは。


「あーあ、どうしてこんなことになっちゃったのか」


 机の上に置いたヘッドフォンのマイクに目を向けながらつぶやく。


 過去に戻れるものなら戻りたい。


 ……。


 …………。


 いやいやいやいや、あきらめるなって!!


 取り戻したいんだろっ!


 自分が好きな世界を!


 友達を!


 なら、考えることを止めるな!!!


 衝動的しょうどうてきにヘッドフォンを頭に装着し、ボイスチャットアプリのマイクテスト項目へと飛ぶ。


「負けるなっ! 負けるな俺!!」


 叫んでから一拍いっぱく遅れ、耳に自分の声が飛んできた。


 ただのマイクテスト用の機能ではあるものの、自分を鼓舞こぶするには非常に有用なツールだ。


 ん、あ。声?


「声か!」


 突如頭の中にかかっていたもやが晴れる。


「そうだ。会話することが難しいのであって、相手に声を届けるのは簡単じゃないか!! 何でこんなことに気付かなかったんだ、俺は!!」


 何せ相手はアプリにはログインしているのだから。


 ああ、もう本当馬鹿!!


 俺はメモアプリを起動すると、伝えたいことを一目散に書きなぐり始めた。

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