第7話・夢の終わり

 給食を食べ終えた昼休み。

 図書室でも行こうかと思っていたところに、ポケットに仕舞っていたスマホが急にふるえた。


 周囲に教師がいないことを確認し、手元を隠しながらひっそりとスマホを見れば、ボイスチャットアプリの通知。

 どうやら刹那からの会話リクエストのようだ。


 あわてて階段を駆け上がり、屋上ドアの手前まで行く。

 屋上には出ることは出来ないが、あまり人が来るところではない。

 所謂いわゆる穴場という奴だ


 俺は一度ポケットに仕舞ったスマホを取り出すと、アプリを起動した。


「刹那か? どうしたんだこんな時間に」

「…………」

「おーい刹那? 聞こえないのかー」


 間違いなく相手もログインしている。

 だが、不気味なほど応答が無い。


「刹那! おい、刹那って!」


 沈黙ちんもくに負けることなく幾度いくどとなく呼び掛ける。

 そして、10回目を超えた時だった。


「ブラック」


 ひどく切ない声が届いた。


「刹那!? どうしたんだよ、そんな覇気はきのない声して。大丈夫か?」

「大丈夫じゃ、ないかも」

「えぇ!? 何かあったのか?」

「ボク……また逃げちゃった」

「は?」


 どういうことだ?


「学校行って、今日こそ保健室から教室に行こうとしたんだ。でもさ、無理だった」


 冷え切った声色に暗さが増す。


「勇気を出して保健室から出たんだ。そしたら急に足がすくんじゃった。でも、そこまでは良かった。時間が経てば、イケるって自信あったから」

「良いじゃん良いじゃん! なのにどうしてこんな」

「でもね、駄目だったんだ」


 聞けば聞くほど相手が抱える辛さが伝染でんせんしてくる。


「それでやっと足を踏み出したら、見ちゃったんだ」

「なに、を?」


 意識して言葉を紡ぐ。

 はっきりと言ったつもりでも、微妙に声が震えていた。


「ボクのことをからかった人達のこと」

「っ!?」


 頑張って進んで最初に見たのがトラウマの元凶。

 想像することしか出来ないが、刹那にとっての心の痛みは相当だろう。


「ほんのちょっとしか視界に入ってないはずなのに、意識した瞬間頭が歪んで。呼吸がし辛くなって。気が付いたらくつき替えるのも忘れて外に飛び出してた」

「せつな」

「今だって自分がよく分かんなくなってる。ボクは何がしたかったんだろ。何で学校に行こうとしたんだろ」


 徐々に鼻声になっていく刹那。

 後半はなんて言っているのか聴き取りづらかった。


「ブラック。ボクはやっぱり弱虫で臆病者おくびょうものなダメダメな人間だよ。前に踏み出さないと駄目だと分かってても、体も心も追い付かないんだ」

「…………」

「こんな弱い人間が夢なんて叶えられるはずない。ボクなんかが目標を持つなんてちゃんと生きている人に失礼だよ」

「そんなことないって」


 誰にだって夢を見る自由はある。

 希望を持つ自由がある。


 皆が持つ当然の権利を簡単に投げ捨てて欲しくない。


「うんん、違う。ボクはどうしようも無い人間だから」

「そんな考え方は駄目だよ、刹那。お前が考えてるほど、お前は弱い人間じゃない」

「あはは。ブラックならはげましてくれるって思った」


 上手く言葉が出てこず、ただただ息をんでしまう。


「でも、大丈夫だから。ブラックは自分の道を歩いて。ボクなんかと一緒にいても邪魔なだけだよ」

「んなわけっ!」

「だからさ。もうボクに構わなくて良いからね。総理大臣の夢を目指して頑張って。応援おうえんしてるよ」

「刹那っ、俺の話を聞いてくれよ!」

「ごめんブラック。さようなら」

「刹那っ!!」


 叫ぶや否や、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 それも壁に設置されたスピーカーとスマホの中から。


「刹那……」


 チャイムが鳴り終わった時には、既にチャットルームに刹那の存在が無かった。

 一方的な別れ言葉を伝えた後、即座そくざに抜けてしまったらしい。


「馬鹿野郎が」


 辛い時ほど共有しろよ。

 なんの為の友達なんだよ。


 それとも、今まで馬鹿みたいに笑ってた時間は嘘だったのかよ。


 いきどおりにも似た気持ちを抱えながら、壁を見る。

 シミや所々欠けたコンクリートを見ると、やるせない気持ちがふつふつと湧いた。


「クソっ!」


 たまらずスマホを仕舞い、教室へと戻ろうとする。


 チャイムが鳴ったこともあり、3年生の教室がある3階まで降りると、人でごった返していた。

 もう数分もすれば、始業をしらせるためにもう一度鳴ることだろう。


 チャイムが鳴れば――、


「あれ? そういえば」


 刹那の方からも同じタイミングでチャイムが鳴っていたような気がする。


 偶然か?


「まさかそんな」


 俺は自分の教室がある2階を通り過ぎると、遅刻覚悟で保健室へと向かった。

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