第2話・分からないところが分からない

「ふぇえ、助けてブラックぅ」

「どうしたセツナもん。そんな情けない声を出して」


 今日も今日とて刹那とボイスチャットを始めた矢先、気概きがいの無いボイスがヘッドホンを通して耳に入ってきた。


「数学が全然分かんないんだよー! 何が何やらチンプンカンプンで!」

「数学? どういうところやってんの?」

「れんりつほうてーしきー」


 どこぞやのネコ型ロボットのように言っているが、れっきとした数学の単元である。

 それよりも驚いたことが1つ。


「そこなら俺もついこの間やったばっかだわ。もしかして刹那も中二か?」

「あ……、うん、そうだよ。言ってなかったっけ?」

「初耳。そうかタメだったのか。てっきり年上だとばかり」

「えぇ!? そんなにけて見えた?」

「だって、平成に出たゲームとか漫画にかなり詳しいし」

「それはお父さんが持ってたものをボクも遊んでたからで! てか、それはブラックもでしょ!」

「いや、まあ。それに――」

「それに?」

「話のネタが時々おっさん臭い」

「ぐうええええ!?」


 カエルの断末魔だんまつまのような悲鳴と一緒に、机の上に突っす音がヘッドホンからひびいてくる。

 どうやら相当ショックだったようだ。


「どうした大丈夫か!? そんなに衝撃的しょうげきてきだったか!?」

「友達におじさん呼ばわりされて平気な人なんていないよ、もう」


 それはまあ確かに。

 俺も同じ立場なら文句を言っているだろう。


「悪かったって。で、連立方程式だっけ? 何処どこか分かんないんだ?」

「何処が分からないのか分からないんだよ」

「勉強あるあるだな。仕方ない、学年トップの俺がレクチャーしてやろう?」

「へぇ、ブラックって学年トップなんだ! 凄いね! 勉強出来るんだ」

「ごめん、実は13位」

「盛ったねぇ。ボクからすれば十分凄いけど」

「ちなみに刹那は?」

「多分、下から10番くらい?」


 多分って何だよ。


「しゃーない。レクチャーしてやるよ」

「助かります……」


 しょぼくれた声色が伝わってくる。

 折角の格好良い声がこれでは台無しだ。


「気にすんなって。俺にとっても復習みたいなもんだしよ」

「ありがとう! ブラックに相談して良かったよ」

「お、おう」


 相手は男。

 頭では認識しても、直接められるとやはり気恥ずかしい。


「代入法は分かるんだけど、加減法がイマイチ理解出来なくて」

「ああ、それならな」


 画面共有した資料を見ながら、極力自分の言葉で伝えていく。

 どうやら俺が思っているほど刹那の頭は悪くないようで、少々教えただけであっという間に内容を理解していた。


「やった、出来た! 出来たよーブラック! ありがとう!」


 子供のはしゃぎ声のような明るさがひびいてくる。


「いやいや、俺はほとんど何もしてないよ」

「そんなことないよ! ブラックの教え方は丁寧ていねいで分かりやすかったよ」

「そうかな。てか、お前の方こそちゃんと授業聞いてんのか?」

「うえっ、何でそう思うの?」

「だって俺が言ったことは、先生が言ってたことの言いえでしかないから」

「あーえっと」

「もしかして、寝てたんじゃないだろうな?」

「あー、あはは。色々あって」

「そうか。まあ深くは聞かんがな」


 誰だって秘密はあるし、聞かれたくないことはある。

 刹那にとって、授業態度についてはあまり聞かれたくないことのようだ。


「他に教えて欲しいことはあるか? 今なら出血大サービスだ。無料で何でも教えてやるぞ」

「え、何でも良いの?」

「男に二言は無い」

「それなら」


 と、刹那の息がほんの少し止まる。


「国語と英語と社会と理科も良い?」

「中間テストの対象科目全部じゃねーか! どんだけ分かんねーんだよ!」

「失敬な。技術と家庭科は自信あるもん!」

「主要じゃない科目で胸を張られても……」

「駄目だよ、ブラック。確かに高校受験とかには関係ない科目かもしれないけど、人生にはとても役に立つ授業だよ」


 確かにそうかもだけど、何故かに落ちない。


「ボクは鰹節かつおぶしや昆布で出汁だって取れるもんね」

「おー、凄いじゃん。それならった料理も作れそうだな」

「昨日なんて1人でお味噌汁みそしるを作ったよ」

「しょぼ過ぎない!? それくらい俺だって出来るわ!」

「ブラックは分かってないねー。美味しいと思われるには、鋭敏えいびんなセンスとたくみなお玉さばきがいるんだよ」

「味噌汁をきわめる前にレパートリーを増やした方が良いと思うのだが」

「むぅ、それならこれならどう? 最近本棚ほんだな作ったんだよ」


 お、技術の方は割とまともそうだな。


「しかも3段式の奴」

「それは認めざるを得んな。板を切ったりするのは大変だっただろ?」

「うん、段ボールから出すのは大変だったよ!」

「出来合いじゃねーか! ホームセンターで買ってきただけだろ!」

「失礼な。頑張ってネジめたもん。知ってる? ずっとねじ止めしてると、手が痛くなるんだよ!」

「あぁ、俺は頭が痛くなってきたよ」

「何でぇ!?」


 刹那がまるで幼稚園児のような可愛い悲鳴を上げる。


 すっかり本題から脱線だっせんしてしまったものの、刹那の新たな一面が面白く、この日は日付が変わるまで通話を続けてしまった。

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