イケメンボイスの恋模様

エプソン

第1話・友好の架け橋

「あー、あー。こちらブラック。オーバー?」


 夜9時を回った頃。

 俺はパソコンのボイスチャットアプリを起動すると、会話相手が待つ部屋へと飛び込んだ。


「うん、バッチリ聴こえてるよ。というか、何で無線口調?」

「秘密の会話っぽい雰囲気出るかなって」

「うーん、ちょっとイマイチかも」

「そうか。やっぱ二人きりだと、何か調子狂うな」

「あはは、そうだね」


 微妙に上擦うわずった声がヘッドフォンから聴こえてくる。


「ゲーム中だと普通なのに、こういう場だと違和感半端はんぱないねー」

「そりゃあゲーム中は他の人も入ってるからな。それにしても――」

「それにしても?」

刹那せつなの声めっちゃ格好良いな。俺の中の心の処女があわてふためいてるぞ」

「ちょ!?」


 話し相手である刹那の声。

 ゲーム内の音声が混じるせいで普段は気にして無かったが、改めて聴くと物凄い破壊力だ。


 声のトーンが高いのに、当たりが柔らかい。

 また、中性的な感じが非常に胸にガツンと来る。


 こう、なんというか、耳が多幸感におそわれているようだ。


「処女って!? 急に変なこと言わないでよっ!!」

「良いだろ別に。男同士な上に、初めて話す仲じゃないんだし。こんなこと、ちょっとテンション上がったら、ゲーム中はみんな言ってるだろ?」

「それはそうだけど。もうちょっと遠慮えんりょというか、なんと言うか」


 もごもごとした口調で抵抗を受けてしまった。

 どうやら初回から飛ばし過ぎたらしい。


「それにボクは、正直自分の声があんまり好きじゃないから」

「そうなのか。クラスメイトに目茶苦茶イケメンボイスイケボの奴がいるんだが、全然負けてねーぞ。まあ、そいつは女だけど」

「そ、そうなんだ。へー。ところで、昨夜発表されたソロクエストはもうやった?」


 急に話を変えてきたな。

 声はあんま触れちゃいけない話題だったか?


「いやー、まだ出来てないんだよなー。そっちは?」

「サクッと終わらせたよ! 始めたら一瞬だった」


 初々しい雰囲気から一転、唐突に盛り上がる。

 通話機能を使ってまで1対1で話したかったのはこれだった。


 刹那とはネットゲームで知り合った仲である。

 それで何度かやり取りしているうちに妙にウマが合い、「二人で話さないか」となったという訳だ。


「ブラックはアニメも好きだったよね。今期何か見てる?」

「イチオシは星の子だな。綺麗なサブタイトルからのエグい話のギャップがたまらん」

「あ、それはボクも見てるよ! 昨日の最新話の、主人公が大型トラックでヒロインをこうとする場面、凄かったよね!」

「ああ! あれには度肝を抜かれたわ。まさか主人公の目的がヒロインを異世界転生させるなんてな」

「何を食べたらそんなの思いつくんだろうね」

「ほんそれ!! 良い意味で脚本家も監督も狂ってんだろ。てか、昨日ってことはお前も関東民か?」


 アニメは局によって放送日がズレる。

 今話している星の子は関東の番組が最速のはずだ。


「う、うん。『各世かくよ』ってところ」

「は? マジかよ。俺も同じだわ」

「あ、そうなんだ。すごい偶然だね! それならリアルで遊ぶこともあるかもね!」

「明日とかどうだ?」

「展開が急!? 風邪引いちゃうほどの早さだよ!」

「仲を深めるなら体の付き合いが大事だからな」

「言い方っ! 何かいやらしいんだけど!」

「そんなえっちな声で言われても……」

「もうっ、はぐらかさないで!!」

「冗談だって。ま、オフ会は落ち着いたらな」


 俺だっていきなりネット民と会うのは怖い。

 それがいくら趣味嗜好しゅみしこうが合ってもだ。


「しかしまあ、ゲーム友達が近くに住んでるなんて、偶然にもほどがあるな」

「本当にね」

「神様も意地が悪いよなー。こんなところに運を消費させられるくらいなら、宝くじとか懸賞けんしょうに割り当てて欲しかったわ」

「もしかして運は運でも、運命だったり?」

「気色の悪いこと言うんじゃありません。俺はそういう趣味は無いぞ」

「……さっき俺の中の処女がどうとか言ってたのに?」

「言葉のあやって奴だ。気にするな」

「ばーかばーか」


 単純な文句すら美しい。

 刹那と話していると、自分の中の声に対する基準が壊れそうだ。


「ま、徐々に慣れるか」

「えっと、何か言った?」

「こっちの話。そういやアレは観たか」


 顔も知らないネットゲーム仲間・刹那との初めての会話は、11時前まで続いた。


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