1-6.Bb:龍鱗、反発、番の流星

「何も消すこと無かったんじゃ?」

「18歳未満が同人誌を読んじゃいけません」

「あんた読んでたじゃん!?」

「"過去"の俺がね! 今の俺とは感性と倫理観が違うんだよ!」

「不健全よ! 健全にエロガキをやりなさい! そして私にも読ませなさい!」

「エロガキはお前じゃねぇか! まずは健全なものから読みなさい!」


 異世界人にとって一大イベントである最初に読む漫画を電子版同人誌で終えてしまったこと5割、原作を知らない同人誌を読ませてしまったこと4割、18歳未満の子に発禁の物を読ませてしまったこと1割。様々な後悔から来る初期化作業を終えて、俺のスマホのSafariからは全てのタグとお気に入りが消滅した。

 別に性癖がバレる分には今更だしいいんだけど、まさか漫画とのファーストコンタクトがこんな形になっちゃうとは……えぇどうしよ想定外だ。知識を得ちゃったから再度貸したら検索されそうだし、かといってスマホ取り上げたらやることないだろうし……


「健全つってもスタンダードが分からない以上、あんたの言ってた『漫画』という存在自体が私からすれば全部えっちなものって認識なんだけど」

「先入観が最悪なんだよなぁ……まぁもう選んでても今更かぁ」


 既に数巻買った物だと途中で電子に移行出来ない人間が故、大半がラノベで埋まる本棚の中には、敢えて紙のまま揃えている漫画がある。

 色とりどりの背表紙が並んではいるが、引っ越しの際持ってきた漫画はそう多くは無い。読み放題サイトやジャンプラの存在もあってここにあるのは昔から買っていたものか、或いは──本当に気に入って応援したくなった新作だけ。


『アニメないしオタク文化に一撃で沼らせる』作品を上げろって言われたら何が正解だと思う? などと掲示板に書き込んどいて、漫画童貞の方は雑に消化されてるのもはやギャグなんだよな。おかげでそこ・・に関してはもう気にしてもしゃあなくなったけど。


「スポーツ系はルール問題で無理、ヒロアカも割と前提知識要るし、進撃とジョジョはアニメから入った方がいい。となるとんー……魔法に概念似てるし呪術……いや、ここは──」


 これもこれで初手には重いが、他のラインナップだと超長編系かより酷い重いチェンソーくらいだし、と。本棚から白い背表紙の冊子を抜き出して、きょとんとした顔のエミに渡す。


「ほい。これが本来のこの世界の漫画」

「……紙の本なんだ。あのえっちなやつとどう違うの?」

「まずえっちじゃない。んでまぁ……お話を全部絵に書き出した見る小説って感じ?」

「論文や魔法書なら兎も角、私、あんたと違って小説とか読まないんだけど?」

「方向性としては仮想の冒険譚って言えばいんだろうか? 戦闘主軸でヒューマンドラマ有りのクソ熱おもろだし、特にこれなら設定が入りやすいと思う」

「ふーん……これ一冊だけなんだ? そこにあるの大体はシリーズ物っぽいのに」

「まだ読みたいのにいいとこで切られて続き気になって狂うのは、まだ刊行数が少ない作品でしか味わえない感情だからねぇ」

「……ねぇ、笑みが邪悪なんだけど!?」


 いかんいかんニチャついてた。愉悦は隠れてしないと人を不快にさせるからな、これ人に何かを布教する時のオタクの悪い癖。

 ……そういや俺もなんか読みたくなってきたな。七年も異世界に囚われて娯楽を断たれてた訳だし、今ジャンプ最新号を読んでも朧気な記憶ではきっと楽しめないのだろう。

 おすすめリストアップも兼ねて再読祭りでもしようかな? 試しに今の俺が呪術読んだらどんな感想を持つのだろうか。


「…………!」


 早速開幕の見開きに目を奪われているエミを横目に、彼女と読む物と奇しくも同じ白い背表紙の漫画を数冊本棚から抜き出す。


(ああそうか、地名もエミにとっては地雷か)


 早速百葉箱や宮城県仙台市など確実に伝わらないワードに遭遇、至急付箋の用意が必要です。

 なんなら直に書き込むのでも可。バックにシャーペンある筈、忘れる前に都度、つか今メモろう。


(……良かった、表情が楽しいって言ってるや)



 初っ端から面白いもんな、カグラバチ。



 ******アイキャッチ



「ねぇアラン? カグラバチの二巻はどこかしら?」

聞いて驚け五日後発売ねぇよそんなもん

「は???」


 ニコニコした声音で聞かれた問に返したところ、一転据わった目で心底何を言ってるんだこいつと首を傾げられた。いやでもそこに無かったら無いんスよ、物理的に販売がまだなんだから。

 てかもう十時じゃん、そろそろご飯と風呂の用意しないとか。


「お前なんでこれ最初に私に見せたのよ!?」

「漫画の面白さとカッコ良さとままならなさ全部がいっぺんに経験出来るでしょ?」

「ままならなさって何!? それそんなに大事なもの?!」


 当たり前だろ。オタクという生き物は推し作品の次の更新を生き甲斐に現実を生きてんだぞ? 早い内にこの生殺しに慣れとかないと、後々現クール放送中のアニメ追い始めた時に地獄を見るぞ。


「で、どうですかエミさんや。これがスタンダードな日本の少年漫画というものなんですが」

「──面白かったわ! まるで絵の中で人が生きて動いてるみたいで、それっていうのもキャラに信念があるからというか! 会話や説明も絵のお陰でスラスラ入ってくるし……何よりコレ! 絵がかっこいいのよ!」


 なんで自分が布教した物が褒められると、自分が書いた訳じゃないのに自尊心が満たされていくんだろうね?

 漫画ならしいたけ目で書かれてるだろう程の喜色満面を浮かべてページぶち抜きの大コマを見せびらかしてくるエミさんは、もう好きな物を語る時のオタクのように早口だ。


「表現の仕方が独特ね。一枚一枚の絵がそれだけで完結するよう緻密に書かれてるわけじゃないのは、別の絵と組み合わせて世界を組んでるからこそのやり方で、でもそれはそれとしてたまにくる2ページ使った一枚絵? のインパクトが凄くカッコ良く写るワケで……だからなんで一巻しかない作品を最初に勧めたのよ!? 刳雲くれぐも淵天えんてんの戦いはどうなるの!?」

「まあまあ落ち着いて代わりにこれでも読めよ。じゃあ俺夕飯と風呂の用意してくるから」

「待てコラ逃げるな! 何コレ面白いの!?」

「カグラバチが次期主力の雑誌の現主力だよ、分からなそうな単語にメモ書いといたからエミでも面白い筈」

「……待ちなさい。雑誌という概念は分かるわ。じゃあ何? この漫画ってその雑誌に連載されてるやつの総集編!?」

「うん。正確に言うとそれは単行本やね。因みに週間誌だから刊行ペースは三ヶ月置きくらい?」

「長いわy……うん? 待って? は? 週間?」


 週間誌と聞いて手元のカグラバチに視線を落とし、今度は俺の顔を見て、また見開きの大ゴマと見比べるエミ。


「………………?????」


 彼女の背景に宇宙が現れた。



 ******アイキャッチ



「………………嘘、だろ」


 こめかみピクつかせながら判明した驚愕の事実……この家には米が無い!?


「えぇ……途端に作るのだるくなった……買ってきたの完全におかず用の量だし、これメインで作ると消費マッハなんですが」


 しゃあない明日も買い物かぁ。取り敢えず今日は何作ろう、雑に肉と野菜で炒めるか? ……いや面倒だ、カップ麺あるしそれで済ませよう。いい反応しそうだし。


「地味に卵もあるし……あっやばい"最強"を想像したら寧ろカップ麺"が"食べたくなってきた」


 先に夕飯でもいいけど……読み始めた瞬間に邪魔するのもだしなぁ、先風呂でゆっくりするか。どうせカップ麺食うなら深夜バフ入ってからのが美味いし。

 あーもう何もかもがグダグダだよ。


「水道代節約、そしてガス代節約。うわやべぇ異世界転生最高かよ」


 着替えを籠にぶち込みぱぱっと脱いでIn To The Bathroom,空の浴槽を絞りカスみてぇな体内魔力で作った水で満たし、火球をその中に叩き込んで秒で沸かす。

 うん、非常に楽。なにせお金がかからない。異世界含めて魔法を覚えて一番幸せなことがこれかもしれん。マジであっちだと生産性の無い戦闘くらいしか使い道無いし。


「魔法、こっちでも普通に使えるんだよな。ただ向こうとは比べ物にならないくらい出力も魔力も落ちてるけど」


 ──異世界から帰還してみて分かったが、気付いてないだけで地球人はみんな普通に魔力を持っていた。尤も、俺が居た世界の基準からすればその量は誰もが一般人以下の保有量で、大気中の魔素濃度も低い……根本的に魔法を使うのに適してない環境ではあるのだが。

 別に何かと戦うような世界じゃなければ、生活を多少便利にするくらいにしか使う気無いからいいんだけど。

 ……あ、髭生えてる。そうかアランと違って脱毛してないのか新君この体は。


「つくづく便利だ」


 全身を洗った後、軽く魔法で脱毛処理してから湯船にログイン。あぁ”〜効ぐぅ〜……肉体の疲労が温度によって溶けていぐぅ〜……いやなんですぐ分かるくらい疲労してんのこの体? 今日したの買い物くらいだよね? 待って腕が女の子みたいに細いんだが???


「終わり過ぎだろこの肉体。……わぁ赤ちゃんみたいに柔らかい」


 筋密度ゴリゴリのクソ重ボディに慣れてたから、本来のヒョロガリボディが新鮮なのがまた面白い。……これ筋トレしたとして肉付くのか? 先行き不安甚だしいのだが。


「あー……あと何してあげよう」


 湯船に体が自然と沈めば、温度でほぐれた頭が取り留めのない思索をし始める。

 ……初視聴アニメは後回し、漫画は今読んでるとして、次は動画かゲームだろうか。

 三次元に目を向けるなら……あぁ遊園地にも連れてきたいな、ゲーセンも楽しんでくれそうだし……そもそもバスや電車も初めてか。行ったことないけどライブとかも良さげじゃないか? ……あぁそうだ、夏には海に泳ぎに行こう。秋は京都の清水の紅葉を見せたいし、冬は雪景色にはしゃいで欲しい。


「……今がゴールデンウィークだから、桜は来年にお預けか」


 くだらないことならファミレスでカオスドリンク作ったり、ネットカフェで丸一日過ごしてみたり、お金が貯まればいつか旅行にも連れて行って……


「持ち帰っちゃった以上、日本楽しんでもらわないとなぁ」


『私、天涯孤独なんですけど。それと私がいなかったらあんたの面倒誰が見るの?』と言って異世界にまで着いてきた少女の顔が浮かぶ。

 俺が精神的に一番キツかった時に支えてくれて、あのクソみてぇな覇天祭を三年間共に駆け抜けてくれた、感謝してもしきれない最高の相棒。


(生きるのにポジティブな目的モチベーションがあるのはいいことだ)


 ……それなりに長く浸かっていた気がする。

 逆上のぼせかけてるのを認識して思考を止め、のそのそと浴槽から上がった。

 バスタオルで全身を軽く拭いてから水滴を対象に設定、皮膚との摩擦を消し残りを肌から払い落とす・・・

 髪を温風で雑にきながらタオルを洗濯機に放り込み、寝巻き上下ジャージに着替え終わったところで魔法を切る。


(結構節約してんのにこれで残り魔力2割くらいか。……まぁ全然充分だな)


 結局のところ時短でしか使ってねぇし、使えなくても困ることは別に無さそう。

 便利。ロマンも何も無いが一旦それに尽きるか。戦闘によかこういう平和なことに使う方が何万倍も生産的だ。


(取り敢えず明日は米買って換金手段模索してあとはエミの身b「──アランアランアランアランアラン!!!!!」

「夜だから声量落としてね、何?」


 ──さて。ここで少し魔法についての話をしよう。

 古来より異世界転生・転移作品において、現代日本人は漫画やゲームを参考に魔法をイメージしてきたが、それは俺も変わりない。

 時には実利で、時には憧れで。様々な作品を参考にパクり幾つかの魔法を開発してきた訳なのだが……ここで一つ、完全に想定外の事故・・が起きた。


 この時の俺は勘違いしていた。

『ああ、そんなに慌てて走ってくるくらい呪術廻戦面白かったんだなぁ』と、布教に成功した時特有のぽわぽわした仏の顔で、彼女から来るであろう喜ばしい感想を待ち侘びていたのだ。


 よく見ていればガン焦りしてこめかみヒクつかせているのが分かったものを、風呂上がりでゆるくなった思考力も相まり気付きもせずに、何の準備も覚悟もしてないノーガードの状態で……エミは迫真の顔と声で──こう叫ぶ。




「あんたの魔法、漫画にパクられてるんだけど!?」

「ブーーーーーーーーーーーっ!!!(クソ汚い吹き出し音)」




 ──異世界合わせて23年生きてきて、この日俺は間っ違いなく人生で一番大爆笑した。



─────────────────────

逆なんだよなぁ


用語解説:カグラバチ

全人類取り敢えず二巻まで買え。その後『カグラバチ 泣き地蔵』で検索して絶頂しろ

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異世界から持ち帰ってきた親友をオタク沼に落とそうと思う ニキ @NIKI0966

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