第0話第3章
センター街からさらに入り組んだ裏路地へ入っていった先。隠れ家のような居酒屋やBARとラブホテル街が立ち並ぶ先にあるクラブに、燈⼈と呼ばれた男がいた。アニソンのアレンジがけたたましい音量で鳴り響き、その音に合わせて踊り狂う人々が多数。男はそんな喧騒からは少し外れたカウンター席で、ひとり瓶ビールを飲んでいる。
「やっぱり……何かの間違いだよな……」
喧騒の先、ホールから伸びた螺旋階段から僅かに見える2階フロアの方へと視線を上げるも、すぐに目の前の酒に落とす。
「よし……!」
再び意を決した男は残った酒を飲み干して、螺旋階段へと歩みを進めた。
螺旋階段の先はVIPフロアとなっており、登り切ろうとした男は明らかに柄の悪い見た目の店員たちに道を塞がれる。
「ここから先は予約した方のみ入れるんですけどぉ」
だるそうに告げる柄の悪い男たちに尻込みしつつも、その間から先へ視線を向けると男がよく知る女が知らない男に抱きついていた。
「やっぱり! お前だったのか!」
「おい! なんだよてめぇ!」
女の元へ駆け寄ろうとする男を店員が押さえ込む間、女に抱きつかれていたホスト風の見た目の男が近づく。
「なんだよ、やっぱりまだ振ってなかったんじゃん」
驚きの表情で固まる女を振り返りつつ、床に押さえつけられた男の胸ぐらを掴み上げて冷めた表情でつぶやく。
「てめぇの女を取り戻そうってか?」
「は、はなせよ! くそっ!」
恐怖心を感じつつも精一杯の強がりでホスト風の男に対して啖呵を切ると、
「ほら」
急に手を離されホッと安堵の気持ちが湧くと同時に、目の前の男が小さなナイフを取り出したのに気づく。
「あのさ、迷惑だからもう近づかないでくれない?」
ナイフを手にペチペチと叩きつつ、じわじわと後ずさる男に迫る。螺旋階段の手すりまで後ずさり追い詰められた男は、目前に迫る恐怖から逃れようとするあまり、その手すりから体を乗り出してしまう。
「おい! あぶねぇぞ!」
思わず店員が声をかけるも、
「えっ……あっ」
アニソンが原曲の面影もなく鳴り響くホールに、落下した男の身体が発した鈍い音と気づいた客の悲鳴が重なった。
「俺、死んでない……?」
目を開けるという行動を認識した男が、次に認識したのは自身がまだ死んでいないという事実。倒れた体は動かない。なんとか視線だけでも動かそうとした刹那、突如男の視界に入り込む影。
「ちーっす」
「えっ、だっ誰……?」
理解が追いつく前に、もう1人の少女が視界に映る。黒いスーツを着た少女は無表情で手にしたペーパーナイフを男に向けた。
「剪魂、開始いたします」
手にしたペーパーナイフが男に向かって振り下ろされるとき、断末魔の叫び声が響き渡ったがそれを聞いた人はいなかった。
■■■
「だーからー! 仕事はしたでしょうがー!」
「ホウ・レン・ソウ! 報告・連絡・相談をしろって言ってるの! 既読無視しない! 電話に出る!」
翌日。ロンとエレンキスは口論の場所を事務所――五百釘神依木公園前御許死神執行事務所こと通称・五依(ごより)に移していた。
「きんむじかんがいでーす! そういうってパワハラって言うらしいでーす!」
「くっ……そういうことだけは覚えて……!」
「まあまあ、ふたりともその辺で」
出社直後からかれこれ1時間は続く不毛なやり取りに、さすがに痺れを切らした御許が仲裁に入る。
「そうだそうだ! パワハラ上司は出世しないぞー」
「なっ......! た、確かにそういうことにも気をつけないといけないとはわかっているけれど……」
「あっ、今日の自撮りあげ忘れてた!」
ロンは上着からスマホを取り出すと恐ろしいスピードで自撮りアングルを決め込む。
「とりまー」
「って! 勝手に撮らないでよ!」
口から小さな炎の塊を吐き出しつつ、バッチリ決め込んだロンとその後ろに怒り顔で写り込むエレンキス。
「うっさいなー。あとでトリミングしておきますよー」
「はぁ……。そういう問題じゃないでしょう、もう……」
何を言っても響かないロンに対して、半ば諦めるようにため息をつき右手で頭を抱えるようにするエレンキス。そんなエレンキスを再び慰めるように机上から前足をくいくいとさせている御許だった。
エレンキスがこの五依に出向して約2週間が経つ。比較的剪魂業務量が少ない現世東京・渋谷エリアを担当している五依は、ELM社系列の死神執行宦業務代行フランチャイズとしても末端に位置する。
本来であれば本社付の正社員死神執行宦であるエレンキスが赴任する規模ではなかったが、現場経験を多く積みたいという希望をエレンキス本人が人事部に出したことによって、新人研修後に配属された。
配属される前はノンキャリアである自分がELM社の中で地位を築いていくために誰よりも実績を上げようと意気込んでいたものの、現実は実績云々の前にバイトとして配属されたロンという死神執行宦の勤務態度の悪さに手を焼き続ける日々だった。
明らかにふざけているロンの履歴書を見た時には破り捨てようと思ったものの御許による「まあ、こういう子を教育するのもいい経験になると思いますよ」というひと言で採用が決定。面接では比較的おとなしくしていたものの、実際に試験期間として勤務させてみれば連絡は適当、仕事はそつなくこなしつつもサボり癖が目立つ業務態度にエレンキスのストレスは溜まり続けるのだった。
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